解答篇
始は悠々とした足取りで、ミス研部長に歩み寄る。
「おや、きみは雪子さんの連れの」
「金田です。どうも」
「きみで三十七回目の挑戦だよ。みんな苦戦しているようで嬉しい限りだ」
悠然と笑みを湛える櫻井。始は挑発的に鼻を鳴らす。
「残念ですが、三十八回目が最後の挑戦ですよ」
「ほう、随分と自信ありげだな。聞かせてもらおうじゃないか、探偵金田くんの推理を」
櫻井部長は余裕綽々の表情だったが、始の推理を聞いているうちに次第にその顔から笑みが消えていく。始が櫻井の耳元から口を離し「どうですかミス研部長、俺の推理は」と問いかけると、彼は細長い息を吐き出しその場で両手を大きく三回打ち鳴らした。
「探偵諸君! 残念ながら、本日のイベントに幕を下ろす瞬間がきてしまった。『動物音楽隊の悲劇』の真相を見事解き明かした者が、ここに一名」
唖然とする始に手のひらを向け、櫻井は朗々とした声を張り上げた。
「金田始くん。きみが本日の名探偵だ」
櫻井に促され、始は一同の前で解答篇を披露することになった。二十数名の好奇の視線を受け、始は緊張をほぐすために大きく肩を上下させる。
「ええとですね。この謎を解く大きなポイントは、ずばり『日本人の機転を利かせること』にあります」
どういう意味だ、と誰からともなく呟きが洩れる。始はごほんと咳払いをすると、
「いいですか。この問題で重要なのは、殺された九人の隊員と殺されなかった一人の隊員との違いは何か、ということです……ところでみなさん、『動物音楽隊の悲劇』の問題文をちょっと思い出してみてほしいのですが」
始は問題篇がプリントされた用紙を指で弾くと、
「この最初の一文をよく見てください。『あるところに、十人の動物で構成される音楽隊があったとさ』。ここで気になる部分がありませんか」
「そういえば、動物なのに『十人』って人間みたいな数え方をしているわね。まあ、そういう表現法なのでしょうけれど」
ぬいぐるみの存在に最初に気付いた女子生徒が、おもむろに意見を述べる。
「そうです。まさにそれが、謎を解く大きな手がかりだったのです」
探偵一同は怪訝な視線を交し合う。始は用紙をひらひらと振りながら、
「いいですか。問題文の中で、音楽隊の動物たちは人という単位で数えられています。しかし、本来であれば動物を数えるときの単位としてはふさわしくない」
「そうだな、普通は一匹、二匹……と数えるものな」
始のすぐ目の前にいた眼鏡の男子生徒が独り言のように呟く。
「ええ。しかし、『動物音楽隊の悲劇』に登場する動物をよく思い出してください。ヒツジ、ライオン、ウマ、ウシ、ヤギ、ゾウ、クマ、カンガルー……これらを数えるとき、みなさんならどう数えますか」
「あっ、そうか。頭だ! 馬を数えるときには一頭、二頭と数えている」
眼鏡の男子生徒が鋭い声を発した。始はこっくりと頷くと、
「その通りです。動物の数え方というのは意外と複雑で、頭と数えたり匹と数えたり様々なパターンがあります。ただ、『動物音楽隊の悲劇』中の動物たちは、ただ一種類を除いてみんな頭の数え方をするのです。その一種類というのは」
「ウサギ……ウサギは一羽、二羽と数えるわ! 一頭、二頭なんて数え方はしない」
女子生徒の声が引き金となり、室内にどよめきが生じる。無言で始の推理に耳を傾けていた櫻井が「諸君、静かに」と厳かな声で喧騒を鎮めた。
「ご指摘の通りです。ウサギだけは、動物音楽隊の中で唯一頭という数え方をしない。つまり、老夫婦に頭をかち割られずに命からがら逃げ延びたのはウサギだったというわけです」
誰のものでもない感嘆の吐息が聞こえてくる。始は背後のスクリーンを振り返ると、
「実は、このスクリーンに映し出されている絵にもヒントが隠れていました。ウサギが持っている楽器はコントラバスというそうですが、聞くところによると音楽隊の楽器の中では一番大きな楽器だそうです。反対に、クマが持っているフルートは比較的小さなサイズの楽器だとか。実はこの楽器の振り分けにも重要な意味があったんです」
「どういうことだよ」
集団の中から飛んだ疑問に、始は塾講師のように淀みない調子で答える。
「この振り分けは、ウサギの実際の大きさをイメージさせにくくする意図があったのです。そもそも、動物を数えるときの『頭』と『匹』の使い分けをご存知ですか」
始の問いかけに挙手する者はいない。誰もが自信なさげな顔でひそひそ話をしている。
「一説によると、対象の動物が人間が抱えられる大きさかどうかによって数え方が変わるのだそうです。人間が抱えられるくらいの大きさであれば『匹』、それより大きい場合は『頭』というふうにね。つまり、絵の中のウサギに敢えて不釣合いなコントラバスを宛がうことで、ウサギだけが他の動物と比べて小さなサイズ感であることを分かりにくくするカムフラージュだったのです。ウサギだけが他の動物と数え方が違うとすぐには気付かれないためにね。ちなみに、櫻井部長ご自慢のぬいぐるみも同様の役目を果たしていました。よくよく見ると、あの楽隊のぬいぐるみは皆同じ背丈に統一されています。ぬいぐるみという物自体、もともとデフォルメ化されたものなので上手い具合に違和感を隠していましたが、あれもウサギと他の動物とのサイズ差を誤魔化すために用意されたもの……というのは、俺の勘繰りすぎでしょうかね」
始はミス研部長に向き直ると、仰々しい仕草で一礼する。
「Q.E.D.――俺からの推理は以上です。いかがでしたか?」
「凄いわ始! やっぱりあなたは名探偵ね」
雪子が始の腕にしがみつく。制服を通した柔らかな感触を堪能しながら、表面上はあくまでクールに「まあな」とだけ返す。
「でも、いいなあ。櫻井先輩のお父様が運営するホテルといえば、国内でも有数の高級ホテル。そこで料理長を務める藤堂シェフといえば、ヨーロッパのミシュラン三ツ星レストランで修行を積み重ね、大胆な見た目とそれに反して繊細な味わいの料理が世界で評価されているのよ」
「相変わらずミーハーだな雪子」
「いいじゃない。ね、料理の感想すぐに聞かせてよ」
立派な口ひげを生やした藤堂シェフが、料理を乗せたワゴンを運んできた。クロッシュ(料理の上に被せるドーム型の蓋)は銀色に眩しく輝き、惜しくも景品にありつけない探偵一同はごくりと喉を鳴らす。
「では、本日の景品をたんと召し上がれ」
シェフがクロッシュをさっと持ち上げる。黄金の焼き色がついた大ぶりの肉が、皿の上で白い湯気を上げていた。
「おお、すげえ美味そう」
口の端から垂れる涎をぬぐい、始はナイフとフォークを手に取った。慎重な手つきでナイフを入れ、一口頬張る。クセのない淡白な味が口内に広がった。噛みごたえはあるが決して硬くはない。始が今までに食べたことのない不思議な味わいの肉料理だ。
「うむむ……この何とも表現できない味、高級な感じだぜ。普通じゃ絶対食べられないぞ」
「もっと上手にグルメリポしろよ」
眼鏡の男子生徒が笑いつつ野次を飛ばす。始はべえと舌を出すと、
「うるせえな、至福の時を邪魔するな……ところでシェフ。これ何の肉なんですか。珍しい種類なんですかね」
始の斜め前で彫刻のように静止していた藤堂シェフは、口髭を指で整えると恭しく頭を下げる。
「はい、こちらはいわゆるジビエ料理でございます」
「じ、じび……?」
「ジビエ料理。野生の鳥や獣を狩りその肉を使った料理のことです」
「へえ、野生の鳥や獣ね。まさに食物連鎖だな、よくよく感謝して食べないと」
始は今更のように両手を合わせ、さらにシェフに疑問を重ねる。
「んで、これは何の動物の肉なんですか」
始の後日談によると、そのときシェフの顔に浮かんだ微笑は何とも言えず恐ろしく、冷たい指先で背筋を撫でられたような感覚に襲われたのだという。
「ラパン……つまりウサギの肉でございます、金田さま」
四月最後のミス研謎解きイベントは、金田始の絶叫によって幕を閉じた。




