問題篇
三題噺企画、第二弾です。キーワードは【帽子×いちご(苺)×ぬいぐるみ】、相変わらずのミステリーです。
なお、今回は「読者への挑戦」を挟んでいます。解答篇は4/26(金)に公開予定。ぜひチャレンジしてみてください。
※本作品には、残虐性のある描写が僅かに出てきます。予めご了承ください。
「……め……じめ……はじめったら!」
後頭部に鈍い痛みを覚え、金田始はむっくりと頭を起こす。
「何だよ雪子。せっかくの貴重な昼寝時に」
「何が貴重よ。授業中でも堂々と寝ているくせに」
八重雪子は始を見下ろし、盛大な溜息を吐く。
「覚えているでしょうね。今日の放課後のこと」
「今日の放課後? 何かあったっけ」
「もうっ、やっぱり忘れていたのね。ミス研のイベント、一緒に参加するって約束だったじゃない」
雪子は丸めた用紙を始の頭に軽く振り下ろす。
「あ、痛い。暴力反対」
「バカ。ほら、ちゃんとこれ見て概要を把握しておいてよね。何といったって、今日のイベントの景品は超豪華なんだから。期待しているわよ、名探偵さん」
雪子は自慢の艶めいた長髪を払いながら、始から遠ざかっていく。「名探偵」金田始はボサボサの頭髪を掻きながら、雪子から押し付けられた用紙に目を落とす。その瞬間、昼休みの終わりを告げるチャイムが教室に響き渡った。
「紳士淑女のみなさま。本日は我がミステリー研究部のイベントに足をお運びいただき、誠にありがとうございます」
眉にかかる前髪を気障な仕草で払い、二枚目の少年は一同に微笑みかける。
「私は、盟宮高校ミステリー研究部部長の櫻井京也です。我がミステリー研究部、通称ミス研は、月末最後の金曜日の放課後、校内の生徒を集めてミステリーイベントを開催しています。ミステリーや謎解きの好きな方、己の頭脳明晰を自負する方、景品に目が眩んだ方。どんな参加者も大歓迎です。いかなる動機であれ、ここに集いし者たちは大いなる『謎』に立ち向かう勇者も同然なのですから」
舞台役者のような淀みない調子で熱弁をふるう櫻井。始は隣に立つ雪子の腕を突きながら、
「いつまでかかるんだよ、この長ったらしい演説」
櫻井部長の長広舌にうっとりと聞き惚れていた雪子は、始の手をぴしゃりと叩く。
「あと少しなんだから我慢しなさいよ」
「何だよ、放課後の貴重な時間を割いて付き合ってやってんのに」
「帰って漫画読みながらお菓子食べながらゴロゴロするだけの、一体どこが貴重な時間なのよ」
そうこうしているうちに、櫻井の前置きは済んだらしい。始は前に立つ生徒から一枚の用紙を渡された。
「ではみなさん、お手元に渡ったものと、併せて前方のスクリーンをご覧ください」
始と雪子は、ミス研部室の出入り口の扉に近い位置にいた。前方には二十名前後の生徒が立ち並んでおり、背伸びをしなければスクリーンがよく見えない。
「本日みなさんが挑む謎は、題して『動物音楽隊の悲劇』。あらすじを簡単に紹介すると、ある小さな村に演奏会のため訪れた動物の音楽隊が、村に住む老夫婦に惨殺されてしまうというストーリーです」
始は「うへえ」と顔をしかめる。
「さすがミステリー研究部だな。えげつない話だぜ」
「動物の音楽隊というと、ブレーメンの音楽隊を思い出すわね」つま先立ちをしながら前方のスクリーンに目を凝らす雪子。
「ブレーメンて、何だそれ」
「知らないの? グリム童話のお話よ。人間に見捨てられたロバと犬と猫と鶏が、町を抜け出して音楽隊を結成するの」
「へえ」
「……では、みなさんにはスクリーンに映し出された絵と、お持ちの資料を基にこの謎を解決してもらいます。今回見事に謎を解き明かした者には、私の父が経営するホテルのシェフ、藤堂三朗のスペシャル料理がご馳走されます。さあ、名探偵諸君。ぜひ挑戦状を受け取ってくれたまえ!」
櫻井の高々とした宣言を合図に、二十数名の名探偵は一斉に手元の紙に視線を落とした。
*-----------------*-----------------*-----------------*
あるところに、十人の動物で構成される
音楽隊があったとさ
楽隊を率いるのは、ヴィオラ奏者のロバ
メンバーは、ヒツジ、ウサギ、ライオン、ウマ、
ウシ、ヤギ、ゾウ、クマ、カンガルー
みんな仲良しの音楽隊
ある日、動物の音楽隊は小さな村にやってきた
人のいない寂しい広場に集い
楽器を手に音を奏でる
ヴァイオリンの優雅な調べに
道行く人は耳を澄ませる
続いてトランペットの華やかなファンファーレ
少女の歌声を思わせるフルートのメロディ
いつの間にか、広場には大勢の人だかり
みな一様に目を閉じて
音楽隊の演奏にうっとり聞き入る
花も木も草も風も
動物たちの奏でる音に上機嫌だ
音楽隊は村人に歓迎される
豪華な食事に舌鼓
温かいベッドで体を休め
長旅の疲れも吹き飛んだ
次の日も、音楽隊は広場で演奏
寂れた村は活気に満ち
村人は音楽隊を崇め奉った
だが、村の外れに住む老夫婦は
音楽隊を気に入らない
「なんだ、毎日煩い音を立てて」
「耳障りったらありゃしない」
「そうだ、あんな奴らは村から追い出すべきだ」
「村の静けさを取り戻すんだ」
星の輝く夜、老夫婦は村の広場にやってくる
広場のテントの中では
音楽隊たちが夢の中
老夫婦の手には大きな鎌
「なあに、ちょっと脅かしてやるだけだ」
足音を殺してテントに近づく
そのとき、テントから飛び出したのは
楽隊隊長のヴィオラ奏者
老夫婦は鎌を振り上げ
ロバの頭に刃を突き刺す
「逃げろ! 逃げろ!」
ロバの断末魔に目を丸くし
動物たちは飛び起きる
だが、時すでに遅し
テントの入り口には
血塗れた鎌を手にする老夫婦
「ちょっと脅かすだけのつもりだった」
「だが、こうなった以上は手遅れだ」
老夫婦は再び鎌を振り上げる
テントの中に逃げ場はない
動物たちは互いに身を寄せ合い
最後の命乞いをする
そんな彼らの声にさえ
老夫婦は耳を塞いだ
やがて、テントの中は血の海に
折り重なった動物たちの死骸
音楽隊のバッジと帽子は
主の血の色に染まっていた
老夫婦はテントを去った
テントの中は恐ろしい有様に
だが、死骸の山から一人だけ
一命を取り留めた者が這い出てきた
彼は自らの体に潰したイチゴを擦りつけ
死んだふりをしていたのだ
彼はテントを抜け出して
村人に助けを求めた
老夫婦は取り押さえられ
広場で村人の野次を浴びながら斬首刑
「当然だ、あんな惨いことをしたのだから」
村人はさめざめと涙を流し
九人の音楽隊に鎮魂を捧げる
残された一人きりの音楽隊は
仲間のためにレクイエムを奏でた
【名探偵への挑戦】
最後の一人の音楽隊員は、なぜ殺されずに済んだのでしょう。理由は、その隊員と他の隊員とのある違いにありました。
殺されなかった隊員とは誰か? その隊員と殺された九人との違いは何か?
名探偵諸君、この謎が解けるでしょうか。
*-----------------*-----------------*-----------------*
「最低だな、この老夫婦。音楽隊の音が煩いからってだけで惨殺事件を起こすなんて」
用紙に唾を吐きかねん勢いの始に、雪子は苦笑する。
「あくまでフィクションだから。感情移入しすぎよ」
「こんな話を作った奴の神経を疑うぜ」
「そんなこと言ったら、推理作家はみんな最低の人種ってことになるじゃない」
雪子は呆れた顔でクラスメイトを見やる。
「それより、問題は一人だけ殺されずに済んだメンバーよね。一体誰なのかしら」
「その前にさ、スクリーンに映っている絵をよく見ておこうぜ。あれも何かしらのヒントなんだろうから」
始と雪子は人の群れを掻き分け、部室前方のスクリーンに近づいていく。
「ふうん。それぞれの動物が楽器を持っている絵か」
「これも、事件の謎を解くカギになるわけね」
雪子は資料の裏の白紙に、メモを書き込んでいく。
ヒツジ:ヴァイオリン
ロバ:ヴィオラ
カンガルー:チェロ
ウサギ:コントラバス
クマ:フルート
ヤギ:クラリネット
ウシ:ホルン
ライオン:トランペット
ゾウ:トロンボーン
ウマ:ハープ
「っても、俺楽器のことよく分かんないから、これがどうヒントになるのかもさっぱりだな」
雪子の控えたメモと、問題篇が印刷された紙を見比べる始。
「スクリーンに映っている動物のイラスト、可愛いわねえ。ウサギがコントラバスでクマがフルートなんて、何だかギャップがあって面白いわ」
「ギャップ?」
「コントラバスは低音を担当する楽器なんだけど、問題に出てくる楽器の中じゃ一番大きな楽器なのよ。逆に、クマが持っているフルートは比較的小さいほうだから、普通は逆の感じがするのよね」
「鋭い着眼だね、八重雪子さん」
二人の背後で、上品なテノールの声が響く。雪子は小さな悲鳴を上げて振り返った。櫻井部長が白い歯をのぞかせて微笑んでいる。
「櫻井先輩」
「さすがはミス研のアガサ・クリスティ。すでに真相に一歩近づきつつある」
「え、そうなんですか」
頬に手を当て、嬉しそうに笑い返す雪子。そんな二人の仲睦まじい様子を、始はじとっとした目で睨む。
(雪子のやつ、景品よりも櫻井部長目当てなんじゃねえのか)
ミス研部長に嫉妬を燃やす始。その傍で、参加者の一人の女子生徒が脇に移動させた机に近寄る。
「あら、こんなところにぬいぐるみが」
「ああ、それは問題篇に出てきた動物たちのぬいぐるみですよ。雰囲気があるでしょう」
櫻井は悪戯っぽく笑う。十体のぬいぐるみは、いずれも楽隊の帽子を頭に被っていた。そのうち一体の帽子を脱がせた女子生徒は驚きの声を上げる。
「このぬいぐるみたち、頭の部分が真っ赤よ」
「ええ。老夫婦に襲われたとき、頭をかち割られたという設定ですからね。そのあたりも忠実に再現しているんです」
「随分凝った演出ね」女子生徒は肩を竦め、ぬいぐるみを机に戻した。ミス研部長はスクリーンの前に歩み寄ると、名探偵一同に向かって両手を広げてみせた。
「さあ、制限時間はあと一時間。最初に謎を解き明かす名探偵は誰でしょうか」
答えを思いついた者は、順に櫻井部長に耳打ちするルールになっていた。不正解だった場合は美しいテノールボイスで「残念、名探偵」と囁かれ、再び謎と格闘することになる。
「あ、私分かったかも」
用紙にひたすら書き込みをしていた雪子が、不意に呟きを洩らす。
「え、何だって雪子」
「ねえ、問題解けたかも」
始の目と鼻の先まで顔を近づける雪子。ニキビ一つない陶器のような滑らかな肌。始は心臓の高鳴りを必死に抑えながら雪子から顔を離す。
「よし、俺が聞いといてやるから言ってみろ」
「まずね、登場する動物全員を英語に変換してみるの」
ヒツジ:sheep
ロバ:ass
カンガルー:kangaroo
ウサギ:rabbit
クマ:bear
ヤギ:goat
ウシ:cow
ライオン:lion
ゾウ:elephant
ウマ:horse
「それから?」
「問題篇の中にあったでしょ。生き延びた一人は、自分の体に潰したイチゴを擦りつけて死んだと見せかけたって。そこで、今度はイチゴを英語に変換する」
「strawberryだな」
「そして、このstrawberryのスペルに使われているアルファベットが一文字も入っていない動物を探すのよ。すると」
動物の一覧に、一つずつバツ印をつけていく雪子。
「見て。ライオン(lion)だけは、strawberryのどのアルファベットも使われていない。つまり、十人の音楽隊の中で生き延びたのはトランペット奏者のライオンだったのよ」
生き生きと輝く両目で始を覗き込む雪子。だが始は、雪子に用紙を突き返しながら舌を鳴らした。
「まだまだ甘いね、雪子くんは」
「どういう意味よ」
「どうせなら、strawberryのスペルが全部使われている動物のほうが正解に近いんじゃないのか? 生き延びたやつは自分の体に潰したイチゴを擦りつけていたわけだし」
「そ、それもそうね。となると……」
「strawberryのスペルが全部入っているのは、クマ(bear)だな」
雪子は無言でガッツポーズをすると、櫻井部長のもとに駆け寄る。リップクリームを塗った雪子の唇が、櫻井の耳たぶに触れるか触れないかまで接近した。心なしか、ミス研部長の色白な頬が僅かに赤みがかっている。始は気が気でなかった。
やがて、雪子はトボトボとした頼りない足取りで始のところに戻ってきた。顔には明らかな落胆の表情を浮かべて。
「不正解だったわ」
「顔を見りゃ分かるよ」
「自信あったのにな。あ、でも櫻井先輩がヒントをくれたわ」
「あいつ、やけに雪子に甘くないか」
「そうかしら」当人はとぼけた顔でやり過ごす。
「あのね、何かに変換するって発想は悪くないんですって。ただ、日本人なら日本人の機転を利かせてみろって。あと、この部室にも謎を解くヒントが用意されているとも言っていたわ」
「日本人の機転? どういうことだ。それに部室にもヒントがあるって」
始は室内を見渡した。教室の左右に寄せられた机と椅子。その奥には天井まで届きそうな高さの本棚。ざっと見たところ、国内外のミステリー小説で埋め尽くされているようだ。前方のスクリーンには、十匹の動物が楽器を手にしたポップなイラストが映し出されている。それ以外に特筆すべきものはない。
「そういえば、あのぬいぐるみ」
机に並べられたぬいぐるみの前で足を止める始。ヒツジ、ロバ、カンガルー、ウサギ、クマ、ヤギ、ウシ、ライオン、ゾウ、ウマの十体が楽隊のコスチュームに身を包んで、頭には楽隊用の帽子を乗せている。ヒツジのぬいぐるみを手に取って帽子を取ると、頭の部分に血のりを模した赤いフェルトが縫い付けられていた。他の九体も同様だ。
スクリーンに視線を移す。すべての動物が後ろ足で立ち、楽器を手にしているイラスト。そのまま絵本の表紙に使えそうな完成度の高さだ。十匹全員が同じくらいの背丈で描かれているのは、どこか現実離れしているが。
「待てよ。もしかすると」
「どうしたの、始。何か分かったの」
始の手からヒツジのぬいぐるみを取り上げる雪子。顎を撫でながらスクリーンを凝視していた始は、やがてミス研のクリスティの肩にゆっくり手を置いた。
「解けたぞ。動物音楽隊の悲劇、その真相はすべて解けた!」
==========================================================================
【読者への挑戦】
手がかりはすべて開示された。あなたは金田始が辿り着いた真相を、見破ることができるか。タイムリミットは五日後。音楽隊に起きた悲劇の謎をぜひ解き明かしてほしい。健闘を祈る。




