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温泉センター

 月一回、平日の午前中から温泉センターに来る。

車で15分。駐車場余裕、回りは木々に囲まれ、市街地のわりに静か。

施設内には、マッサージ、床屋、食事処、仮眠室、あり。建築和モダン。清掃行き届き 平日850円、土日祝950円。充分だ!

 私はかなりこの温泉センターを気に入っている。



 仕事と子供たちの学校行事が立て込んだ月末の火曜、今日は温泉センターに行くと決めていたにもかかわらず、朝ママ友から相談ラインが入って、その対応で出遅れてしまった。いつもは10時に入店するのだが、現在10時45分。幸いなことにいつもの駐車スペースは空いていた。


神よ! 


 靴を脱ぎ靴箱に入れ鍵を閉め、フロントにて850円を払い、靴箱の鍵を人質ならぬ鍵質かの如く、脱衣所のロッカーキーと交換する。

「未払い分を払い終えるまで、一歩たりとも外には出さぬぞ!」

ロッカーキーを渡すフロントの女性の笑顔が、こう言い渡している地獄の門番ように感じるのは、私だけではないはず。

 

 いつものように風呂に行く前にフロント横の床屋に行く。

 床屋…男だけの桃源郷にしておくのは憎たらしいじゃありませんか!

一般的な街中の床屋には行かないが、温泉センターの床屋は行かないのはもったいない。カットやパーマをするわけではないが、そう!エステ!

この床屋では、顔のマッサージ540円から、という破格値である。

入り口前に「本日、大田休み」と、立て札が。

“大田が休みか。だが、コバヤっちゃんはいるな。”

今日は混んでいるらしく、コバヤっちゃんは忙しそうにしていた。

小林という彼は、かなりぽっちゃりで見かけもあまり気にしないタイプの、ちょっと地味な理容師なのだが、顔のマッサージがめちゃくちゃウマイ。女性店員もいるが、、私が勝手に心の中でコバヤっちゃんと呼んでいるその彼がナンバーワンエステティシャンであることはまぎれもない事実だ!他人に意見を聞いたわけではないが。

ったく、赤の他人に勝手にあだ名を付けられてるなんて、なんて世の中だ。

カワイソウナコバヤシサン。

ハッ!世の中を憂うより、予約を入れなくてはっ!


「一番早いご案内で、11時45分からになります。」

コバヤっちゃんは申し訳なさそうな表情を添えて私に言う。

顔面から気遣いが出来るなんて、さすがコバヤっちゃん。世界中から評価されなくても、私はあなたの人間性と技術力を高く評価してるからねっ!

いや、他にも彼を高く評価してはる人、ぎょうさんおりますって!

心の中のエセ関西人とはおさらばして、私は11時45分に予約を入れた。

タイムリミットは1時間。いいじゃないか。温泉とサウナ一回くらいは入れよう。毛穴全開にして、あいまみえようぞ、小林!


 さー! グズグズしてる時間はねーぞっ!


 素っ裸になり体重計に乗る。帰るときに体重が減っているのを見てほくそ笑むための下準備だ。髪は最後に洗う方が毛穴の汚れが落ちそうなので、頭の天辺でおだんごにする。

“シャー!テッペンとったぞー!”

体だけ念入りに洗い、湯船にちゃぷぅ~ん。


「………。」


ファーストバスだけは、何も考えられませんね。完全瞑想中。ゾーンにハイッター!


 次はスチームサウナだ。私はドライサウナが苦手で、いつもスチームに入っている。ドライは、入っていると鼻の奥が何故か痛くなるのと、常連のボス客が多いので、へタレな私は、なんとなく居心地が悪く感じてしまうのだ。ボスたちの中でもサウナカーストなる物が存在していて、カースト頂点に存在するバラモンは、あばら骨がうっすら出て、色黒で眼光するどく、全てを見通すような奥深い瞳でサウナ最上段に君臨している。その心の裏側まで見透かすかのような眼光の前では、もはや私はシュードラと言えよう。鞭に怯える奴隷の如く隅で固まっていることしか出来ない。


 という事で、水分補給した後は、スチームサウナでリラックス。スチームサウナには桶にアンデスの塩が山盛りに置いてあるので、それを使ってマッサージが出来る。


しかし! 私のとって、塩サウナとは、もはやリラックスだけの場ではない。


 そこは、神聖な除霊の場なのだ。

霊能力も心霊体験も全くないが、なんとなく体が重かったり、ネガティブな思考になりがちだったりするとき、ふと、霊が憑いているのでは、と思うのが人の常。そんな時は、アンデスの塩で全身除霊するのみ!

悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散!

塩で体を清めまくると、悪霊は出て行くし、肌もツルツルになるという副産物もあって一石二鳥。ん、むしろそちらが主産物か?


 現在11時20分。床屋に行くにはまだ早い。

超微細気泡で真っ白な湯の“シルクの湯”で時間を潰すか!

シルクの湯には、すでに3人のおばさんグループが入っていた。私は邪魔にならぬよう、隅の方に陣取り、目をつぶって超微細気泡を堪能していた。ここは露天で、建物裏の森も見えて気持ちがいい。超微細気泡のおかげで湯はカルピス並みに真っ白だ。足を開いてだらしない格好をしていようが、他人からはわかるまい。

 目をつぶってじっとしていると、おばさんグループの話が耳に入ってきた。

「修羅場じゃない!」

「かなり揉みあいになったらしくって…。」

…どうも、おばさんグループの知り合いの男が愛人を作り、愛人が男に離婚を迫って、煮え切らない男にシビレを切らし、本妻の家に乗り込んだらしいのだ。その男と本妻、愛人も、このおばさんたちと同年代らしいので、初老であろう。最近テレビなどで、老いらくの恋の話題をよく耳にするが、なんとこんな身近にも存在しているとは…。

んで? んで???

「それがね、その旦那と奥さんと愛人って、西高校の同級生らしいのよ!」

「同窓会で愛人と再会して、盛り上がっちゃったんですって。」

…禁断の不倫と人生最後の恋、燃え上がっちゃったんだね。

「旦那のお父さんが寝たきりで家にいて、奥さんが介護してたんだけど、二人を置いて旦那、愛人の家で同棲始めたんですって!」

「えー!」

…えーーーーーーー!旦那鬼~!鬼畜~!ありかそれ~!

「奥さん、しばらく耐えてお舅さんの介護してたんだけど、容態悪くなって入院しなくちゃいけなくなったんで、旦那さんに一度戻ってきてと言ったらしいのね。

で、旦那は家に戻ってお父さんの入院手続きとかやってたら…。」

「………。」

一同息を殺して話の続きを待っている。

私も温泉に浸かるカピパラの如く目をつぶってお湯に癒されているフリをしているが、耳はダンボになっておばさんの話に焦点を合わせている。

それで?

それからぁ~???

「愛人が、思いつめたのか、そのときはもう頭おかしくなってたみたいで…。

包丁持って本妻のいる男の家に乗り込んできたのよーーー!」

「えーーーーーーーー!」

私を含む一同ドンビキ。 

ストーリーテラーのおばさんは一息入れ、話のクライマックスを続けた。

「刺したのよ…。」

「!!!」

「刺したの!男の脇腹にブスリと!」

「ひぃーーーーーー!」

私を含む一同のけぞる。

「で、どうなったの?警察来て大騒動だったの?」

「それが、さすが西高出身だけあって…。」

ここで補足・西高校とは、この辺りで一番の進学校であり、その偏差値は70を超えている。卒業生は旧帝国大やその他一流大学に進学し、官僚や一流企業役員、医師、弁護士など、多数輩出している。

「西高時代の友達の病院に行って、こっそり縫ってもらったんですって!」

「すごいわね!それ!」

「西高って、頭いいんだけど、けっこうそういう痴情のもつれとかあるみたいで、そのときは同級生同士でそれぞれの分野から助け合ったりするらしいのよ!」

…私の耳は、おばさんたちの話に釘付けになっている。いくら体がふやけてのぼせようとも、金縛りのようにその場から離れられない。

「そこからなのよ!」

…何が?

何がー?

 さらに面白そうな話が続きそうなところで、非情にもエステの時間が来てしまった!

この身が二つあったなら!

誰かー!

助けてくださーい!


 泣く泣く私はコバヤっちゃんの待つ床屋にいったのであった。

「たぬきな彼女」連載中です。^^

よろしくお願いします。^^

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