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異世界指南書  作者: 鬱ゴリラ
第1章 地の巻
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第7項

 その者は何も言わず、私の目の前にスイッチを掲げてポチっと押すと、再び 「ピィーンポォーン」という音が辺りに響いた。

 状況が読めず戸惑っていると「お初にお目にかかります」と、女性というには幼い声と共にフードが外され、まだあどけない少女が顔を出した。


「私は、東通りの魔導具工房に勤める者で、名をユーミと申します」


 礼儀正しくそう言うユーミは、見た目の印章よりは大人びた振る舞いをしているが、それでもヨシオよりはいくつか年下であろう。


「はぁ。工房の人が、何の用かな?」


 そう尋ねると、ユーミは少し癖のある赤毛を揺らし「よくぞ聞いて下さいました!」と、急に語気を強め、私は思わずたじろいでしまった。


「実は、魔王討伐を控えるお二方に、是非とも私の魔導具をご賞味頂きたく! 是非とも!」


 物凄い勢いで詰め寄るユーミが浮かべる軽薄な笑みは、どうもに既視感がある気がしてならなかった。


「い、いや、ちょっと……」


 勢いに押されそうになる私の背後から、「おーい、結局誰だったんだ?」とヨシオが顔を見せた。


「あ! あなたが勇者様ですね!? 是非私の魔導具をお試し下さい! そして買って下さい!」


 大人と子どもほどの身長差のあるヨシオに対しても臆することなく詰め寄るユーミに、「な、なんだこいつ? また押し売りか?」とヨシオも押され気味である。


「押し売りなどではありません! 何を隠そう私はこのトーカンド1の天才技士! 私の魔導具を使えば、お二人の勝利は決まったも同然ですよ!」


 声も高らかにそう断言するユーミであったが、つい先日痛い目をみたばかりでA(あったまきた!)T(容易く騙されんぞー!)フィールド全開のヨシオは、「ふーん。ま、自分達には必要ないな。帰ってくれ」と微塵も関心を示さず、私達と彼女の間を隔てる門を閉じにかかった。


「ちょちょ、ちょっと待って! そんなご無体な! まずは物を見て下さいよ! そうすれば納得して貰えますから!」


 小さな体で精一杯抵抗する少女を見かねたのか、「ああもう、なんだよ物って?」とヨシオは鬱陶しそうに応じる。


「フフフ、先ずはこちらです。この『全自動呼び出し機』は、戸を叩くことなく、音を鳴らして人を呼び出せるのです!」


 そう誇らしげに掲げる手には、先程のスイッチが握られている。


「……いや全自動って、押すのは手動じゃないの?」


 私がそう指摘すると、引きつった笑顔を浮かべたまま一瞬の間をおいて、「そ、それはそのぉ、ちょっぴり開発費が足りなくて……」

 と言い訳をするユーミに、「ぜーんぜんダメじゃないか」とヨシオが追い打ちをかける。


「こ、今度のは本当にすごいですよ!名付けて『写魂機』!これは写したものの魂を、紙にそっくりそのまま撮しとることが出来るのです!」


 そう言うと、ユーミは袋から一眼レフカメラのような物を取り出した。


「お、カメラか! これは期待出来そうだな。1枚取ってくれよ」とこれにはヨシオも乗り気だったが、早速撮影に入ろうとするユーミに「でも、撮られたら魂はどうなるの?」と私が問いかけると、ユーミの手が止まった。


「……たぶん、抜ける、かな」


 ボソッと言うユーミに対して「ぅお!? やめろやめろ!!」と慌ててヨシオは門の影に身を隠した。


「まったく、ポンコツばっかりじゃないか……」


 呆れるヨシオに対して「う、うるさいな!アタシだってもっと開発費があれば、もっと良い物作れるもん!」と、先程までとはうって変わってユーミは年相応な反応を見せる。


「ねぇー買ってよー、お金ちょうだいよー」

「あーもう、放せって……」


 ついさっきまで被っていた猫のことなど忘れてしまったのか、ユーミは駄々っ子のようにすがり付いてくる。物凄く鬱陶しいのは間違いないが、割りと簡単に本性を現しただけ、あの偽銀行屋よりは扱い易いと思えた。


「往生際が悪いなぁ。ていっ!」


 私から引き剥がされたユーミは、ヨシオに文字通りつまみ出されて、ポスンと地面に尻餅を着いた。


「いったぁ……。コンチキショー! 絶対諦めないぞー!」

「さっさと諦めろー。じゃあなー」


 門が閉じられると、しばらくは門を叩いたり叫んだりしていたユーミも、やがて立ち去ったようだった。


「はぁ、とんだ天才技士だったな」

「まぁでも、発想は対したものだよ。あんな魔導具を作る技士は聞いたことないし」


 実際に、不完全とはいえインターホンやカメラといった物を作る技術は、この世界では他に類をみない。


「ふーん。でもあれ、欲しいか?」

「絶対いらない」



 私達の家を後にしたユーミは、眉間にシワを寄せて街を歩いていた。


「くっそぅ! 絶対にあいつらから、お金を巻き上げてやるんだから!」


 ユーミは非凡な発想の持ち主であったが、多額の費用がかかることから工房ではなかなかアイディアが採用されず、その才能を腐らせていた。

 開発費さえあれば……。そう常日頃から金銭に対して人一倍熱い想いを抱いていた彼女にとって、魔王の討伐に向かおうなどというお人好し選手権に出れば上位入賞が確実視されるような我々は、資金調達の格好の獲物であった。


「でも、あいつら意外と用心深いんだよね……。前に何かあったのかなぁ?」


 何か作戦を考えないと。しかしなかなか良い手が浮かばないユーミは、目の前の人だかりに足を止めた。


「なんだろ?」


 見ると、そこには騎士団が設置した立て札があった。領主側から街の住民に対して何か知らせがある場合、こうして周知するのが、この世界では一般的である。


「なになに、『南の洞窟付近に大型の魔物の噂。近づくべからず』か……」


 こういった知らせは、本当の場合もあるが、見間違いや勘違いの類いであることの方が多く、その場の人々もあまり深刻には捉えていなかった。

 しかしそんな中、ユーミだけはその白い八重歯を光らせ、「これだ!」と不敵な笑みを浮かべていた。


 一方その頃、私とヨシオは全力でダラダラしており、危うくソファーと同化する寸前であった。


「あーーー。暇だなぁ。ニイヤマー、お茶淹れてくれー」

「ヨシオが淹れてくれよぉー」


 この不毛なやり取りももう三回目を迎えた。いい加減溶け出しそうになってきたところに、コンコンと門を叩く音が聞こえる。


「まーた誰かきたのかぁ? ニイヤマー、見てきてくれー」

「また俺かよ……。しょうがないなぁ」


 渋々とソファーから尻を引き剥がし、私は門に向かった。

 恐る恐る、本当に恐る恐る門を開けて覗いてみると、そこにいたのは意外な人物だった。


「あれ? セシリー?」

「こんにちは」


 花のように佇む彼女の笑顔に、私は少し気分が晴れた。



「どうしたの? 帰ったんじゃ……」

「そうなんですけど、お城に戻ったらお父様とセバスが、何やら書物を眺めながらいやらしい顔で話をしていて……。気持ちが悪かったので、こちらに遊びに来ちゃいました」


 一応擁護しておくと、彼らは防壁の修繕工事が順調に進捗していることを確認してほくそ笑んでいただけなのだが、日頃の行いが悪いとこういう誤解を生むのである。


「そ、そっかぁ。とりあえず立ち話もなんだし、入りなよ」

「ありがとうございます。美味しい紅茶を持ってきたんですよ。……あ、それと、郵便受けに手紙が入っていました」

「手紙?」


 この家に住み始めて、手紙が届いたのはこれが最初である。見たところ差出人も宛名もないが、一先ず私達は、ヨシオの待つリビングに向かった。

 セシリーが部屋に入ると、「あれ?」とヨシオは不思議そうな声をあげる。


「パトロールだって」と私が適当な説明をし、「ふーん、要はサボりだな」とヨシオが適当に応じると、「違いますー」とセシリーも適当にはぐらかした。


 私が手紙を持っていることに気づくと、ヨシオは「なんだその手紙?」と尋ねてきた。


「うちに届いてたんだってさ。でも、差出人も宛名も書いてないんだよなぁ」

「怪しいな。早速開けようぜ!」

「相変わらず無用心な……」と私は言うものの、開けてみなければ何も分からないのは確かであった。「じゃあ、開けるか」


 慎重に危険がないことを確めながら封を切ると、そこには紙が1枚入っており、次のように書かれていた。


『お前達の知り合いの天才魔導具技士は預かった。返して欲しければ2000万ゼニンを持ってこい。洞窟の魔物より』


 とてつもなく頭の悪い内容に、私とヨシオはお互いの顔を見合せ、ふぅ……と深い溜め息をはいた。「……捨てようか」と私が絞り出すと、「そうだな」とヨシオが返した。

 そんな私達を見て「どうしたんですか?」と、セシリーが手紙を覗きこんできた。


「ああ、ただのイタズラだよ。どうにかして、俺達からお金を巻き上げようとしてるんだ」と私が答える。

「よく自分で天才って書くもんだな。だいたい、魔物が『洞窟の魔物より』っておかしいだろ」


 ヨシオからこうもまともなツッコミを受けてはおしまいである。呆れ返る私達であったが、セシリーは「でも、ちょっと気になりますね……」と真剣な面持ちで手紙を見ている。


「どうかした?」

「ええ。南の洞窟で、大型の魔物が目撃されたという噂があるのは本当ですし、明日騎士団が調査に向かう予定なんです。もし噂が本当だったら……」


 セシリーが言い終えた後、しばしの沈黙が流れた。いやまさか、そんなバカな、と思うのだが、しかしどうも引っ掛かるものがある。

 わざわざ騎士団が調査に向かうということは、噂にはそれなりの信憑性があるということではないのか。

 あの少女が魔物に出くわせば、生きて帰ってくることはまずないだろう。

 私は、少し旬順した後、出掛ける支度を始めた。


「……行くのか?」とヨシオが言う。

「ま、ちょっとした肝試しだ。ヨシオ、そういうの好きだろ?」

「まぁ、そうだな」


 そう言って少し笑うヨシオも、体を伸ばして準備運動を始めた。

 何事も、本音と建前の使い分けが重要である。よくよく吟味すべし。


「それでは、私は紅茶を淹れてお待ちしてますね」


 微笑むセシリーに見送られ、私達は家を出た。



 夕闇が迫る草原を、少女は小さな馬の背に乗り駆けて行く。

 南の洞窟に向かう道中、ユーミは自分のこれまでの人生に想いを巡らせていた。

 ユーミには親が無かった。その点は私と似た身の上であったが、違うのは、彼女の両親は亡くなった訳ではなく、幼いユーミを捨てて姿を消したという点である。

 その後孤児院で育ったユーミは、10歳の若さで魔導具工房の門を叩き、以来4年の間にメキメキと腕を磨いてきた。


「別に両親を恨んでなんかいないよ。アタシだって、お金が無かったら同じことをしたかもしれないし。それに、そのおかげでアタシはこの若さで魔導具技士になれたんだから、むしろ感謝してもいいかも」


 後にそう語るユーミだったが、これは少女なりの強がりである。

 そうでなければ、魔導具技士として成り上がって、自分を捨てた両親達を見返してやる!という野望に、これほど執着することはなかっただろう。

 そして、その野望の実現を一気に手繰り寄せるチャンスが、今や目の前にぶら下がっているのだ。

 はやる気持ちを馬に乗せ、ユーミは一心不乱に風を切った。


 洞窟に着く頃には、もう太陽は見えなくなっていた。

 馬を木陰に隠し、ランプを灯して洞窟の入口を照らす。


「後はあいつらが来るまで待って、来たら隙をみてこの煙幕弾を投げて、お金を持って逃げる。よーし完璧!」


 手製の魔導具をポケットにしまい、ユーミは隠れる場所を探すことにした。


「やっぱり、隠れるには洞窟の中だよね……」


 さすがに躊躇いを隠せないが、「おし!」っと覚悟を決めて進み始めた。

 洞窟内は外よりもひんやりしていて、魔物の餌になるような動物などは見当たらなかった。


「さっすがにこんなところに、魔物なんていないでしょー」


 希望的観測を口にして自分を鼓舞するユーミだったが、ふとある可能性に思い当たった。


「あいつら、まさか来ないなんてことないよね……」


 いや、あり得るかも……。冷や汗が流れたその時、足元を何か細長いものが通りすぎた。

 そして次の瞬間、足に何かが巻き付いて、ユーミは逆さまに吊り下げられた。


「ぃやぁぁああ! ナニ!? ナニナニ!?」


 訳も分からずランプを掲げると、7~8mほどはある巨大な食虫植物のようなものが、ウニョウニョと蠢いているのが浮かび上がった。


「ヒッ……。まさか、本当に……?」


 魔物の噂は本当だった。洞窟のような場所では、時おりこうした植物のような魔物が発生することがあるのだが、それはユーミの知るところではなかったのだ。


「やだぁ! 来るなぁ!」


 ユーミは必死に抵抗し、煙幕弾を炸裂させて辺りは煙に包まれたが、そもそも目を持たない植物には全く効果はない。

 やがて腕や首にもツタのようなものがはい回り、身動きが取れなくなったところで、植物は口のような部分を広げた。

 もうダメだと悟り、ユーミは涙を流した。


「なんでいっつも、アタシばっかり……」


 そう呟いた時、煙の向こう側から声が響いた。


「バカバカ! ここで撃つなって! 崩れr」

「バーニング!!」



 ヨシオの叫び声と共に放たれた火球は、周囲を眩く照らしながら植物を炎で包み、同時に洞窟の天上をうち砕いた。

 ユーミを縛っていたツタが千切れ、真っ逆さまに私の上に落ちてきた彼女をどうにか受けとめたのを確認すると、ヨシオは「よっしゃー逃げるぞ!」と落ちてくる瓦礫をドカドカ壊しながら走り出した。


「あああああ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」


 必死にヨシオについて行く私に、腕の中で安堵するユーミの表情を見る余裕はなかった。

 何とか洞窟から這い出した私達は、もうクタクタだった。


「もうダメだぁ……。今日はもう帰って寝よう」


 後始末は明日にして、さっさと帰ろうとする私達を「ちょっと待って!」とユーミが呼び止めた。


「命を救って頂き、ありがとうございます。私は目が覚めました。どうかお二人を手伝わせてください(ケケケ、懐に入ればこっちのもの! 絶対諦めないんだから!)」とユーミは言った。

「そうか、そこまで言ってくれるなら、一緒に頑張ろう(絶対ウソだろうけど、もういいやめんどくせー。せいぜいコキ使ってやろ)」と私は答えた。


 私達は大国の首脳同士のような笑顔で握手を交わし、今ここに、休戦協定が結ばれたのである。

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