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異世界指南書  作者: 鬱ゴリラ
第1章 地の巻
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第5項

 昼下がりの城下町で、大金の入った袋をぶら下げ立ち尽くす男が二人。

 つい今朝方まで時給1200ゼニンで働いていた身としては、もうまったく理解が追い付かない。目玉どころか、鼻の穴まで$マークである。


「これ、そんなに多いのか?」

「俺の人生3回分くらいの額だよ……。さて、どうしたもんか」


 依頼を受けてしまった以上、持ち逃げなどしようものなら今度こそ打ち首は免れない。旅の準備と言っても、何から始めたら良いのやら。


「あ、とりあえずその服、なんとかしようか」

「この学ランか? そういや結構汚れちまったもんな」


 元が洋服とは言え、この世界で学ランはかなり悪目立ちする。ただでさえ目立つヨシオがこの服装では、長旅の苦労は倍増するというものだ。ちなみに、かつて私の学ランだった物は、質の良い雑巾として長く愛用してきた。


「少し勿体ないけど、まぁ郷に入っては郷に従えだな。正直これ動きにくいし」


 その気持ちはとても良くわかる。せめて詰め襟とかいう拘束具だけでもなんとかなりませんかね関係者様。

 勇者としての最初の装備を手に入れるため、私達は早速洋服店を訪ねることにした。



 店に向かう道中、住民達の視線が突き刺さるのを感じる。

「あれって、さっき闇業者を捕まえたやつじゃないか?」「なんでも異人の勇者らしいぜ」「隣のお兄さんは従者かしら」「おい道具屋! ツケ払え!」


 様々な雑音が聞こえてくるが、これが英雄というものなのだろう。いちいち気にしていてはきりがない。

 先ほどまでは住民達に適当に手を振っていたヨシオだったが、さすがに今は静かに歩いている。

 それにしても大人しいな。そう思ってヨシオを見ると、しきりに自分の手を開いたり閉じたりしている。


「どうした?」

「いや、さっきの領主の話だと、この世界の人達って魔法を使うんだろ?自分も使えるのかなと思ってさ」


 そう言うと、ヨシオは腕を伸ばしたり回したりしながら、周囲の視線も気にせず「よっ!」「ほっ!」と気合いを入れる。

 そんな姿をかつての自分と重ね、私は初めて親近感を覚えた。何よりも、自分と同じようにまったく魔法が出ていないことにホッとした。


「うーん、出んなぁ」

「まぁまぁ。魔法を修得するのって、そんなに簡単じゃあないんだよ」


 仲間を見つけてニンマリする私であったが、


「ふーん。ま、そのうち使えるようになるだろ。いや、なる!」


と、根拠のない自信に満ちたヨシオにむしろ焦りを覚えた。こいつなら本当にやりかねない。やだ!置いていくな!


 そうこうするうちに、洋服店にたどり着いた。

 ここはトーカンドでも指折りの高級店で、普段格安店でまとめ買いしている私には縁遠い店である。

 店内に入ると、呼び掛けるまでもなく奥から店主らしき男が、恵比寿神のような笑顔でツツーっと駆け寄ってきた。

 しかし、とても金持ちには見えない私達の身なりを見て、その笑顔は一瞬にして曇り、「あのー、本日はどのようなご用件で?」と訝しげに尋ねてきた。

 服屋には当然服を買いに来るだろうに、と少し苛立ちながら「こいつに合う服が欲しいんですが」と用件を伝える。


「あー左様ですか。しかし、こちら様のご立派な体格に合う服は少々値が張るのですが、何回払いをご所望で?」


 明らかにこちらの支払い能力を疑ってかかる店主にいい加減腹が立ち、私は袋の中の金貨を適当に鷲掴みして、右脇に置いてあるテーブルの上に叩きつけた。


「足りなければ、もう一掴みしましょうか?」


 いくら高級品を扱う店でも、これだけあって足りないことはまずあり得ない。

 予想外の大金を突きつけられた店主は、泡を食ったように姿勢を正して「し、失礼をばー!」と深々と頭を下げてから、商品を取りに店の奥へすっ飛んでいった。

 うーん、なんという心地の良い余韻。お金の力とは偉大なり。



「どうだ? 結構似合うもんだろ?」


 着付けを終えて外に出てきたヨシオの服装は、どこか和装を思わせる濃紺の絹織物で、その長身によく似合っていた。


「まぁー、まぁまぁかな」


 男の容姿を殊更に褒める趣味はないので、賛美はこのくらいでよし。


「さて着替えも済んだし、次はどうするんだ?」とヨシオが言った。

「そうだなぁ。折角だし、武器も揃えようか? これだけお金が有れば、高価な魔法剣なんかも買えるだろうし」


 魔法剣は、その名の通り魔力を帯びた剣である。これは、私やヨシオのように魔法が使えない者でも、それぞれの魔法剣の性質に応じた魔法を放つことができる優れものだ。この世界には、そうした武器や防具以外にも魔法を帯びた道具が多数存在し、それらを総じて「魔導具」と呼ぶ。


「魔物と戦うならやっぱり武器は必要だし、魔法が使えない二人じゃさすがに厳しいよ」と、私は現実的な意見を述べた。しかし、


「なーに言ってんだニイヤマ。男は拳で語るもんだろ?」


 と、当のヨシオは全然乗り気でない。


「それに魔法は自分で使うしな。明日までには使ってみせる!」


 いやいや、それはさすがに無茶だろう。きっとそうだ。本当に、マジで置いていかないで……。


「武器無しで行くのかよ……。でもそれだと、あとは食糧や荷馬車くらいしか買うもの無いんだけど」

「別にいいんじゃないか? 金は多いに越したことないし」


 それは確かにそうなのだが、こんな大金をぶら下げて出歩くのは、あまり得策とは言えない。幸いヨシオという強力な番犬がいるので、強引に奪われる危険は少ないだろうが、長旅をする上では余計なトラブルを引き起こしかねない。


「そうだけど、このまま持ってるのは流石にちょっとね……」


 この余りに余った多額の資金をどうするか。

 そもそもこんな金額を扱ったこともなく、答えを出せないでいる私達に、「あの、もし」と呼び掛ける声があった。


 

 声の主は、羽根つき帽子を被ったやや痩せぎすの男で、年齢は私よりも10歳ほど上に見える。

 身なりが良く、いかにも紳士といった佇まいだが、うっすら浮かべる笑顔はどこか軽薄な印象を受けた。


「失礼ですが、お二人は魔王の討伐に向かわれるという勇者様方では?」と問いかける男に「そうだが、あんたは?」とヨシオが不躾に答える。


「申し遅れました。私は、街外れで銀行を営んでいるトマースという者です。」


 これはあくまで個人的な感想を述べるに過ぎないが、私は銀行というものにあまり良い印象を持っていない。

 彼らは金持ちには媚びへつらい、私のようなド庶民に対しては足の裏で転がしてやるのが当然というような対応をしてくるのである。と、私は思っている。


「銀行屋か。自分達に何か用か?」

「いえね、なんでもお二人が領主様から多額の仕度金を拝領なさったと、小耳に挟んだものですから」


 手を揉み揉みさせて薄ら笑いを浮かべる銀行屋は、どうやら私達の持つ資金が目当てのようである。


「何故そんなことを知ってる? そもそも、あんたには関係のない金の話だ」


 どうにも胡散臭く思っているのは私だけではないらしく、ヨシオの追求にも少し険が乗る。


「職業柄、金の動きには目敏いものでして。それにもう、街中で噂になってございますよ」


 派手な金の使い方をしたせいか、私達が巨額を得たという噂が市中に広がってしまっていた。


「そんな大金をそのまま持っていては何かと不便かと思いまして、こうしてお声を掛けさせて頂きました。当行をご利用頂けないかと」

「ふーん。……ま、確かに難儀してたところだ。しかし、ただ預けるってのはどうも芸がないしなぁ」とヨシオが言った。

 銀行に預けるという選択は私も悪くないとは思う。ただそれならば、もっと信用のおける大きな銀行に預金したいものだ。


「実は折り入って相談がございまして。お二人だけに、いい儲け話をご紹介させて頂きたく」

「儲け話?」


 それまで適当に聞いていたヨシオが、少し関心の色を示すと、「ええ、左様です!」と銀行屋の揉み手も一層力強くなる。


「近年トーカンドでは、魔物の攻勢を受けて周辺の村などから大量の人口が流入しており、その結果地価や建物の値段が上昇しております。また、その動きに連動して、様々な物が値上がりしており、特に金融商品が急騰しているのです」

「あー、それは俺も聞いたことあるなぁ」と私が呟く。


 そのせいで、道具屋の仕入れ値もここ最近高くついていた。


「そこで、ここからが本題なのですが、今当行の商品をお買い求め頂きましたら、特別に! 年25%の金利を確約致します!」

「25ぱーせんとぉ!?」


 思わず上ずった声をあげてしまうのも当然である。年利25%ということは、仮に2億ゼニンを投資すれば、何もしなくとも1年後には5000万ゼニンの儲けが出るとんでもない高利率である。


「もちろん元本は完全保証! 更に今だけ特別に、手数料を半額サービス致します! こんな機会は2度とないですよ!」


 確かにこんな破格の条件の投資など聞いたことがない。

 私は、「そんな条件で、銀行に儲けなんてあるんですか?」と疑問を投げ掛けるが、「それだけ『絶対に』儲かるということですよ」と銀行屋は強気の姿勢を崩さない。

 私の経験上、この手の話はそれこそ『絶対に』信用出来ない。そんなに良い商品があるのなら、そもそもなんで自分でやらないの?という話である。

 うまい話には裏がある。よくよく吟味すべし。

 これは断った方が良さそうだな。そう確信したその時、「よし乗った!」と声をあげたのはヨシオである。


「おお! ありがとうございます! それでは手続きがありますので、お手数ですがこれから銀行までご同行願えますか?」

「もうすぐ日が暮れるからな、急いでいこう」


 どんどん話を進めてしまうヨシオを「ちょ、ちょっと待った!」と引きとめる。


「いくらなんでもこれは怪しいって……。やめとこうよ、な?」

「だーいじょうぶだって! こんな話2度とないぞ? 金は多いに越したことないって、さっき言ったじゃないか」


 確かにそんな話もしたかも知れないが……。自分の武器は買わないくせに何故投資には乗り気なのか。


「心配すんなって。もしこいつがおかしな真似したら、自分がしばき上げてやるさ」

「いやぁ、でもなぁ……」


 確かにこいつなら、万が一持ち逃げされても地獄の底まで追って行きそうではある。

 結局ヨシオの勢いに押されて、私達は銀行屋の後を着いていった。



 人気のほとんど無い街外れの一角に、一際古びたその建物はあった。

 もうすっかり傾いた夕日が窓に反射して、中の様子はうかがえない。


「ここがあんたの銀行か? 随分ボロい建物だな」

「この辺りは土地が安くて賃借費が抑えられるんですよ。私はコスト重視の現実主義者ですので」


 銀行屋はそう言うと、建物の裏手に回って通用口を開けた。

 中に入ると、薄暗い部屋の中はカビ臭く、瓦礫やゴミがそこらじゅうに転がっている。


「なんかおかしいな。……おい、他に従業員とかいないのか?」


 ヨシオが問いかけた瞬間、バタン!と通用口が閉じられ部屋が真っ暗になった。   

 同時に、手足を光る輪のような物でギリギリと締め上げられ、バランスを崩してその場に倒れこんだ。

 「うおっ!?」という呻き声からして、どうやらヨシオも同じ状況のようだ。

 ぼうっ……とランプが灯され、銀行屋の薄ら笑いが浮かび上がった。


「これがどういう手続きだってんだ? ええ⁉」とヨシオの怒号が響く。

「勿論そんなものは無いとも。君達がすべきことは、私に金を渡して速やかに死ぬことだ」


 言うまでもなく、まんまと嵌められたわけだ。私は、揺らめく灯りの側で勝ち誇る詐欺師に対し、「こんなことして、ただじゃ済まないぞ!」と負け犬のようなセリフを吐いた。


「心配はいらない。後はこの書類に君達の掌紋を押せば、君達は私に金を譲ってから勝手に死んだことになる。その為にわざわざここまで連れてきたのだから」


 何やら書かれている紙をピラピラと弄ぶこの男の様子では、この先の後始末のことまでも準備万端といったところか。


「舐めんなよこのボケぇ‼」


 ヨシオは力まかせに拘束を解こうとするが、詐欺師は「フハハハ! 無駄だよ」と余裕の表情を崩さない。


「その緊縛魔法はグリーズ5体が同時に引っ張っても壊れないものだ。力でどうにか出来るわけがないだろう?」


 グリーズとは、その名の通りグリズリーに似た魔物であるが、この世界に生息するヒグマと比べても二回りは体が大きく、力も数倍強い。絶対に破られないという自信から、詐欺師は「まったく魔法も使えない猿は本当にチョロいなぁ!」と更に余裕をかます。

 しかし、先ほどから「ぬうぅぅぅん!!」と力み続けるヨシオを拘束する光の輪が、ビキビキと音を立て今にも千切れそうな様子を見て、さすがに顔色が変わった。

 

「な、なんだこいつ……。本当に人間か? ……念のためだ、もう少し足しておくか」


 そう言って、詐欺師が掌をヨシオに向けると、更に二本の輪がヨシオを締め上げた。


「ぐぬ……。くっそがあああ!」

「はぁ、ふぅ……。まったく2回も使わせやがってこのバカ猿が!!」

 これではいくらヨシオでも抜け出せまい。「ちくしょう……」と私が絶望する中、「決めた」と呟いたのはヨシオだった。


「……何か言ったか?」

「決めたぞ! 貴様は魔法でぶっ倒す‼」


 一瞬言葉を理解出来なかった。魔法?魔法といったのか?


「バカめ! 出来るわけがなかろう! まぁ仮に使えたとしても、手足を縛られてはどうすることも出来ないがね! フハハハ!!」

「絶対にやってやる! ぬあああああ!!」

「ハハハハハハハハハハ‼」

「があああああああああ‼ ……んが!?」「ハハハ……ぅあ! ぎゃああああ‼」


 ヨシオの絶叫と詐欺師の高笑いが交差したその時、突然ヨシオの口から巨大な火球が放たれ、詐欺師の体を包んだ。


「あ、出た」


 ヨシオがそう呟くと同時に、すぅ……っと私達を拘束していた輪が消えた。


「えぇ……」


 戸惑う私をおいてけぼりにして、勇者は魔法に目覚めたのであった。

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