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異世界指南書  作者: 鬱ゴリラ
第3章 火の巻
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第4項

 夏。偉大なる夏。

 ロマンス渦巻く魅惑の季節、読者諸君は如何にお過ごしだろう。

 愛しの相手と睦言を交わす、一心不乱に勉学に挑む、今日も今日とて勤労に励んでおいでだろうか。

 或いは炎天下にもめげずに白球を追い、はたまた冷房ギンギンの屋内で、ジュースを片手にゲーム三昧の背徳に耽るのもいいだろう。

 どれもみな一様に素晴らしい、少なくともこの私の現状よりは。


 現在私は、絶賛断崖絶壁にへばりついている。厳しい真夏の紫外線の中でも、肝が冷え冷えならばあんまり気にならないというこの新境地、諸君にも是非堪能して頂きたいが無理強いはしない。

 崖下では巨大な砦の中を大勢の魔物が行き来しており、崖の上に視線を移せば、声を殺してこちらを見ている三人の姿を確認できる。

 それなりに心配そうな金髪美人、おふざけ半分のアンチクショウ、完全に楽しんでいるクソガキのラインナップには、この暑さで無くとも目眩がしてきた。


「……おーい、大丈夫かー? 今から降ろすぞー?」

「大丈夫な訳ないだろ! 死ぬかと思ったよ!」

「シー! 大っきい声出しちゃダメだよ!」

「もう少しの辛抱ですからねー、頑張って下さーい」


 何ゆえこんな事になってしまったのか。筆舌に尽くしがたい思いではあるが、それでも説明せねばならないだろう。

 時は1時間ほど遡る。



 西方の大都市マントヨーインへと向かう街道沿い、私達は遠目から魔軍の大砦を眺めていた。


「あれがその砦ですがねぇ」宿屋の親父が渋々と言った。「あたしゃあんまり近付きたくないんですが……。なんせあの中には1000近い数の魔物がいるってんですから」

「そりゃあ俺達だってそうですけど……」


 モサモサと腕毛が生えた手が指し示す先には、石造りの強固な外壁に囲まれたドデカい建築物が、山を背にしてそびえ立っている。外壁の上には見張りの魔物が行き交っていて、大型の投石機が10機も取り付けられている。その上中心部には強力な魔力探知機が鎮座しており、対空防備も抜かりない難攻不落のその有り様は、さながらバースデーケーキの様にも見えなくもない。


「旦那方は、マントヨーインにお行きなさるんでしょう? わざわざこんなとこ通らんでも、船で迂回すりゃ安全に行けるってのに。東方の人らの考えはわからねぇなぁ」

「いやまぁ、色々とありまして」


 呆れたように言う親父の目には、私達が「山があったら登っちゃう」タイプの人間にでも見えているらしいが、むしろ「海があるせいで登らにゃならん」という方が正しいのであるから、それは全くの誤解と言って良いだろう。

 要するに、先に進むためにはどうにかしてあの砦を攻略するか、あるいは海を渡って迂回するかを選ばなければならないのだが、後者を選択出来ないのっぴきならない事情がある私達は、砦の攻略法に頭を悩ませていたのである。


 私と宿屋が押し問答している中、当の船酔い勇者は先ほどからジっと砦を睨んでいる。その視線は、砦の裏にそびえる山の方に注がれていた。


「……なあおっちゃん、あの裏山には登れるのか?」

「ええ、砦の反対側からなら。でもあそこから降りようったってそりゃあ無理ですよ。砦側は完全に崖っぷちですから」

「ふーん。ところであの崖、鹿がいるな」

「へ? ……そりゃまぁ、鹿くらいいるでしょうねぇ。こんな離れた所からよく見えますなぁ」

「なーるほど」


 何事かを思い付いた様子のヨシオは不敵な笑みを浮かべる。最近その表情を見れば、おおよそコイツが何を考えているか分かるようになってきたが、その私の直感が「これアカンやつだな……」と告げていた。


「よし、山の裏に案内してくれ」



 山の上から見下ろすと、砦内部の様子がよく見える。しかし目測で100mほどもある崖は角度が殆どなく、私に言わせれば崖というよりほぼ「壁」であった。

 まさかここから攻め入るなど普通は考えられないが、今更常識と照らし合わせたところでそれは無意味なのである。

  

「さーて、ここから奇襲をかけるぞ」

「やっぱりかぁ……」私はガックリ肩を落として言った。「奇襲ったって、こんなとこからどうすんの?」

「ここから少し降りた崖のところに、ちょっと盛り上がってるところがあるだろ?」


 見ると、確かに崖下20m程のところに、ギリギリ人一人が座れる程度の出っ張りが見える。


「あそこまで降りて、そこから砦に閃光弾を放り投げるんだ。そして敵が怯んだ隙を付いて、自分が攻撃を仕掛ける」

「はぁ? いや閃光弾って、そんな物どこに……」

「ここでございます」


 ユーミが、先端に丸いピンが付いた筒状の物体を恭しく頭上に掲げて言った。


「これはキンカタガミ周辺で取れる『蛍光石』を爆薬に仕込んだもので、炸裂すると昼間でも目が眩むほどの光を発するのですぅ」

「ご苦労、ユミえもん」

「こいつ、余計な物を……」


 こんな時に限って無駄な才能を発揮するユーミに恨めしい視線を送ると、「デヘ」とわざとらしい照れ笑いを浮かべる。今すぐこいつを叩き落としたい。


「という訳でニイヤマ、下まで降りてこの閃光弾を投げてくれ」

「え、俺!? ヨシオがやってくれよ。っていうか、ここから投げればいいじゃないか!」

「自分の体のデカさだと、あの出っ張りは小さ過ぎるだろ。それにここから投げると、下に届く前に炸裂してしまうんだ」

「だったら、あ……」


 それなら炸裂時間を調整すればいいじゃないかと一瞬考えたが、何しろそこはユーミの発明品なので、それを言うのは野暮というものである。辛うじて指摘を飲み込むと、私の意図を察したユーミがまた「デヘ」と笑った。本当に叩き落としたい。


「じゃ、じゃあもうヨシオが砦まで飛んで行って敵をやっつけたら……」

「何言ってんだ、魔法を使ったら探知されるだろ。それにいくら自分でも、あの数をまともに相手出来る訳ないだろう? 馬鹿か?」

「ぐぬ……」


 コイツに馬鹿呼ばわりされるとはなんとも屈辱的だが、どうも押され気味であるのは否めない。とはいえまだ理はこちらにあるのだから、ここは冷静に拒否権を行使すべきであろう。

 

「いやでも、俺にはこの崖を降りるのは流石に無理だよ。殆ど壁じゃないか」


 頑として首を縦に降らない私に、「大丈夫だって」とヨシオはなおも食い下がる。

 

「自分が元いた世界の偉い将軍が、こういう崖を鹿が降りてるのを見て『鹿に出来るなら馬にも出来る』って言ったんだ。そしてその将軍は見事に奇襲を成功させたんだぞ。だからきっと大丈夫だ」

「えぇ……」


 そんな日本人なら誰でも知ってるような逸話を担ぎ出されても、説得力はまるでない。そもそも根本的な部分が間違っていることは明白である。


「いや、それは馬とか鹿だから出来たことなんだろ? 俺人間だもの!」

「ふぅ。いいかぁニイヤマ」


 私は至極真っ当な発言をしたはずであるが、そんな私にヨシオは駄々っ子をなだめるように言う。


「自分の国にはな、こういった場合の心構えを示した偉大な言葉がある。『馬鹿になれ』だ」

「ドヤ顔やめろコラ! 別に上手くないよ!」


 キメ顔でヨシオは得意気に言うが、いくらなんでも無茶苦茶過ぎる。

 断然固辞する意思を固めたところで、しかし私の体は横合いからグイと押され、固い意思とは裏腹にその体勢は早速崩されてしまった。


「まぁまぁ、ここは潔く男らしいとこ見せようよー」

「あっテメ、押すなってこの……!」


 体の大きさという項目により、自分にお鉢が回ってくる可能性をユーミがグイグイ潰しにかかる。


「何事も適材適所と言いますものね。ニイヤマさんならきっと出来ますよ」

「ちょ、ちょっと、なんでセシリーまで……」


 ユーミに呼応するように、セシリーの柔らかな手が背中に添えられる。こういう場合に、意外にノリが良いのがこの人の短所であり長所でもあるのだ。


「ちゃんと拾いあげてやるから、心配しなくていいぞ」


 とうとう三人分の魔手が加わり、私は断崖の際まで追い詰められた。


「えっえっ、ちょっと待ってホントに!? 嘘でしょ? あっ」


 ドン! と最後のだめ押しを受けたその瞬間、私の両足から大いなる大地の支えが失われるのを感じた。後ろ向きで背中を押されていたので、誰が最後の一押しを見舞ったのか確証があるわけではないが、ユーミめ後で覚えてやがれ!


 一瞬の浮遊感の後、私の体はすぐ真下の壁面に打ちつけられた。そして、


「あああああああああああああ!!」


 転がる。


「あああああああああああああ!!」


 転がる。


「あああああああああああああ!!」


 縦に転がる。


「あああああああああああああ!!」


 転がる。そして、


「あああああああああああああ……ぐえ!!」


 止まる。


 幸か不幸か目標の出っ張りに着地して、私の体は絶望の乱回転から解放された。しかし、眼下に広がるより絶望的な景色に、私は一も二もなく背中を壁面に吸着させる他なかった。

 そうして場面は冒頭に戻るのである。



「……おーい、大丈夫かー? 今から降ろすぞー?」

「大丈夫な訳ないだろ! 死ぬかと思ったよ!」

「シー! 大っきい声出しちゃダメだよ!」

「もう少しの辛抱ですからねー、頑張って下さーい」


 なんという酷い仕打ちと行稼ぎ!

 直ちにこの不合理極まる所業に対し、大音声で不満を叫ぶ権利が当然私にはあるはずなのだが、とはいえ大声をあげることは出来ないため、私は狭い足場で小ちゃく地団駄を踏んだ。


 そうこうしていると、頭上からロープに括られた閃光弾が降りてきたので、私は不本意ながらロープから外して手に取った。思ったよりもズシリとした手応えがあり、中にはたっぷりと火薬やらなんやらが詰まっていると思われるそれは、既に不気味に黒光りして見えた。


「上のピンを抜いたら5秒で炸裂するからねー。急いで投げてよー」

「チャンスは1度だぞー。しっかりやれよー」

「分かってるよもう……」

 

 呑気にあれこれ注文をつける上の連中に少なからずイラつきながら、私はさっさと作業を終えるべくピンに手をかけた。ところが、これがなかなかどうして外れないのである。一体誰が使う想定で作ったのか知らないが、相変わらず一癖あるユーミの発明品に更にイラ立ちは募っていったが、思えばこれが良くなかった。


「こんの……フン!」 


 鬱憤を込めて一気に力を入れると、「スポン」と勢いよく閃光弾の本体からピンが引き抜かれた。だが同時に、私の手からも「スポン」と本体が勢いよくすっぽ抜けて宙を舞った。


「ああ! やべ! 待って!」


 空中の閃光弾を手中に収めようと私は2回3回と手を伸ばすものの、そんな抵抗も空しくやがて黒光りする我らの希望は的外れな方向に落ちていった。そして、砦内の一軒の小屋の屋根に当たって跳ね、そのまま屋根の隙間から小屋の中に入ってしまった。


「もうー! ダメダメじゃん!」

「なーにやってんだよニイヤマぁ」

「あらー、残念ですねぇ」

「……ごめん」


 言い訳の仕様がない失態に、私はどんな罵詈雑言も甘んじて受ける覚悟をした。

 そんな中、閃光弾が落ちた小屋から一瞬眩い光が漏れ、内部で炸裂したものと思われた。しかし次の瞬間、小屋の中から「ボン! ボン!」と破裂音が響いた。

 破裂音は次第に強くなり、最後には崖を震わせる爆音と共に小屋全体が火柱を挙げて爆散した。


「な、何事だ!? 敵襲なのか!?」「食糧庫だ! 食糧庫が燃えているぞ!」「と、とにかく火を消せ! 早く消すんだ!」


 砦内の魔物達は何事かも分からず右往左往しているが、しかし何が起こったのか分からないのは私達も同じであった。


「ちょっとニイヤマ! 何したの!」

「え、俺が悪いの!?」

「あらー、大変ですねぇ」


 後に判明したところによると、閃光弾が落ちた小屋は砦の食糧庫であったという。食糧庫内には小麦粉やコーンスターチといった粉ものがたっぷりと積まれており、密閉された室内は可燃性の粉塵が充満して大変危険な状態にあったのだ。

 ここまで言えば、諸君はもうお分かりであろう。1度は言いたいあの現象。そう。

 「粉塵爆発」である。


 魔物達と私達が呆然とする中、ヨシオはというと混乱に乗じて砦に侵入し、魔力探知機や投石機を全て破壊してしまった。

 主要な装備を全て壊された砦は、暑さで溶けたバースデーケーキのように哀れな姿になり、やがて陥落したのであった。



 当初の作戦とは多少ずれがあったものの、これにて道は開かれた。

 大きな事を成すに当たっては、細かい差異を気にしてはならないのである。つまり、「大は小を兼ねる」ということである。


 …………なんか違うな。

 ま、いっか。よくよく吟味すべし。

自分で決めておいてなんですが、「1つの章をネタでゴリ押す」というのはなかなかに辛いものがございました。

しかし、地域性というものがございますので、致し方ないことでもございます。

また、本項に「蛍光石」とかいう都合の良いアイテムが突然出て参りましたが、これも地域性というものでございます。

後程ご説明できるかと思いますので、何とぞご容赦下さい。

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