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異世界指南書  作者: 鬱ゴリラ
第3章 火の巻
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第2項

 この世界には魔法がある。それが元の世界との最も分かりやすい差異の一つであろう。

 ある時は火を起こし、またある時は壁を発生させて身を守るなど、抜群に汎用性の高いその能力の存在が、二つの世界の生活様式に大きな差をもたらすことは当然の成り行きと言ってよい。


 例えば炊事である。

 実は魔法を使えない者もそれなりにいるこの世界であるが、使える者にとっては魔力を消費して火を起こすのは初歩的な魔法であるため、炊事を行う際でもパパっと火を着けてしまう。

 対して、使えない者であれば当然火付け石などで火種を作るわけであるが、実際には家庭内に一人も魔法を使える者がいないという環境は珍しい。

 そのため、同水準の文化レベルで元の世界とこの世界とを比較すると、この世界においては火付け石などというものは極めて価値が低く、店の片隅で投げ売りされているのが常なのである。

 

 同様の理由から、この世界では火薬というものは一般的ではない。

 勿論存在はしているのだが、その位置付けとしては完全にイロモノ扱いであり、「なんかいろいろ混ぜてたら爆発する粉出来たらしいぜウケるー」程度の認識しかないのであった。


 そんな玩具にも等しい代物で堅牢な壁を破壊したとするヨシオの推理には、長くこの世界の文化に親しんできた私も少々面食らってしまった。


「どうかしたのか? みんな変な顔して」


 私達の腑に落ちない表情を見て、ヨシオ自身もまた腑に落ちないといった表情である。


「火薬って、あの火薬ですか?」言いながら、セシリーは瓦礫を触っていた手を慌てて引っ込める。「ああいう物を大量に持っているって……どういう人なんでしょう……」

「トイレの壁とかから作るんでしょー? バッチいなぁ!」


 物の本によれば、火薬の原料である硝石は自然界からの産出はあまり多くはなく、元の世界の中世ヨーロッパなどにおいてもその調達が課題であったという。しかし、植物に人畜の排泄物、つまりウ○コや尿などを混ぜ合わせることで精製されることが判明してからは、火薬の生産は大いに盛んになり様々な用途に用いられるようになっていったのである。


「この世界だと、火薬ってそんなに珍しいのか」事情を把握したヨシオが腕組みしながら言う。「ならこれは、大きな手掛かりになりそうだな!」


 確かに火薬の所有者というだけでも随分対象が絞られるし、その中でこの家を狙う理由がありそうな者が分かれば、かなり真相に近付けるだろう。私は、その線から家主に話を聞くことにした。


「この辺りで、火薬を大量に所持している人をご存知ありませんか? それから、そういう人に狙われたり恨まれたりする心当たりとかは……」

「そんな奇っ怪な者は聞いたこともないでふ。それに恨まれるだなんて、とんでもないでふよ!」


 唾をビュンビュン飛ばしながら、語気を強める家主の顔は少し紅潮していた。


「ボキはちょっと頭の悪い庶民共から金を巻き上げて財を築いただけで、人に恨まれる覚えなんてこれっぽっちもないでふ! それにこんなに慎ましく生活しているというのに、いったいどうしてボキの家が狙われたのか皆目見当もつかないでふ!」

「あー、なるほどぉー……」


 要するに、どこの誰に狙われても全然おかしくないということである。盗難被害自体には同情するが、何の手掛かりにもならない上に、どうも因果応報という気がしてきた。


「とにかく早く犯人を捕まえて、釜茹でにしてやってほしいでふ! 以前にも何度か盗みに入られているんでふが、キンカタガミの役人は全く使えないんでふよ! ボキの財宝には我が家の家紋が刻印されているというのに、なんで未だに足取りすら掴めないんでふか!?」

「こ、刻印ですか?」


 さらにビュンビュン飛んでくる唾を避けながら問い掛けると、「これでふ」と家主は懐から文庫本ほどの大きさの金塊を取り出した。

 その金塊の表面には、翼を広げたブタ顔の天使のような絵が刻まれており、到底他のものと取り違えることはないと思われた。


「もし犯人を捕まえてくれたら、この金塊を5秒間手に持つ権利をあげるでふ。期待してるでふよ!」

「あ、あはは……。頑張りまーす……」


 必死に作り笑いを浮かべつつ、私は内心「誰かこの金塊も盗んでくれないかな」と期待した。



 結局その後はろくな手掛かりは掴めず、私達は家を後にした。

 辺りはすっかり暗くなっていて、閑静な住宅街が一層静寂に包まれていた。


「なんだかんだで、分かったのは火薬のことだけかぁ」ヨシオはつまらなそうに手を頭の後ろで組みながら歩く。「もうちょっと手掛かりがないと、全然推理物っぽくないな」

「火薬のことをしらみ潰しに聞いて回れば、いずれは何かにたどり着くだろうけど、それはさすがになぁ……」


 いくら対象者が絞られるとはいえ、この巨大な都市から火薬を持っている人間を全て割り出すなどというのは、そもそも部外者である我々には途方もないことである。ましてや、今は魔王討伐という大仕事の最中なのであり、これ以上の深入りは無謀に思えた。


「もういいじゃん。別にアタシらが解決する必要ないし」


 金塊の出現時には目玉が金色になっていたユーミだったが、その頭の中はすでに今夜の夕食のことで一杯のようだ。


「火薬のことだけでもこちらの騎士団の方にお伝えすれば、十分お役に立てると思いますよ」


 ちょっと落胆気味の私とヨシオを気遣って、セシリーは優しい言葉をかけてくれる。

 正直被害者とのやり取りでやる気を削がれたこともあり、私達はすっかり諦めムードが漂っていた。

 しかし、今晩の宿を探すため、そろそろ高級住宅街を離れようかと考えていた矢先、それは起こった。


 轟音。静寂を引き裂く炸裂音。

 小石を踊らすほどの空気の波が、何の前触れもなく私達の鼓膜を揺さぶった。


「ひゃぁぁあ!? なんだなんだなんだステーキ!? シチュー!? ローストビーフ!?」

「おおお落ちつおち落ち着け!」


 ユーミと自分自身を落ち着かせつつ周囲を見渡すと、50mほど離れた邸宅から噴煙が上がっているのが見える。


「あっちだ! 急げ!」


 言うが早いかヨシオは噴煙を目指して駆け出した。慌てて後について走り、ちょうど爆発があった邸宅の門に差し掛かった時、ヌッと門から人影が現れた。


「お! 貴様が犯人だな! 観念しやがれ!」


 人影をその目に捉えるやいなやヨシオはそれを犯人と決めつけたようだが、私にはそうは思えなかった。盗みを働いた人間が、堂々と門から出てくるなど有りうるだろうか。


「待てって! 関係ない人かも……」


 私が言いかけた時、雲の切れ間から月が顔を出した。月光によって、全身黒タイツに頭から被ったスカーフを鼻の下で結び、唐草模様の風呂敷一杯に財宝を担いだ大男の姿が明るみになった。


「あ、もう絶体こいつだ! ヨシオ! 逃がすな!」

「まっかしとけぃ!」


 答えるなり、ヨシオはとてつもない速さで犯人に飛びかかっていった。常人では目で追うことすら難しいほどの動きだったが、なんと犯人はその巨体にも関わらず素早い身のこなしでヨシオの突進をギリギリで避け、盗品を担いだままシュタタタと脱兎のごとく走り出した。


「な、なんだこいつ!? すんげぇすばしっこいぞ!」


 直ぐに後を追うヨシオだったが、なかなかその差が縮まらない。とはいえ、大量の荷物を背負っているせいか犯人のペースは徐々に落ちてきていた。

 これは時間の問題だな。どうにか二人を見失わないように走りながらそんな事を考えていると、犯人は黒くて丸い拳大の物体をヨシオの方へ転がした。すると、その物体は先程と同じような轟音を撒き散らすと同時に火を吹いた。

 

「うお!? あぶねぇ!」


 直撃はしないものの、ヨシオの速度を鈍らせるには十分すぎる威力を持つその爆弾を、犯人は2個、3個と続けて転がしてくる。自在に爆弾を操るその所作には余裕すら感じられた。


「コンニャロ、いい加減にしろ! ……でい!」


 タイミングを合わせて、ヨシオは転がってくる爆弾を蹴り飛ばした。蹴り戻された爆発は犯人の直ぐ側で炸裂し、爆風によって犯人は近くのドブ川に転落した。


 いつの間にか街の繁華街まで来ており、酔客が捨てたあんな物やこんな物で一杯のドブ川は水嵩が浅く、一瞬怯んだ犯人も直ぐに体勢を整え再び逃げる構えを見せた。

 しかしそこへヨシオが飛び込み、


「ライトニング!」


と叫ぶと、ヨシオの指先からバチバチと稲妻が走り、不純物で一杯のドブ川を電流が瞬く間に流れていった。


「あばばばばば!!」


 悲鳴をあげ、犯人はその場に水飛沫をあげて倒れた。一瞬昔のコント番組のようにガイコツが丸見えになったような気がするが、これは恐らく気のせいである。

 どうにか追い付いて犯人を川から引き上げにかかる私達であったが、2mを越すその巨体に大変難儀させられた。ちなみにヨシオも一緒に感電したので、こちらの引き上げも大変難儀であった。


 犯人を縛り上げるのとほぼ同時に、二人とも意識を回復した。そして、薄々感付いてはいたものの、犯人が被っているスカーフを外すと、それは昼間に情報をくれた酒場の店主であった。


「やっぱりこの人かぁ……。まぁこんなデカい人、そうそういないよね」

「こいつめ、なんで盗みなんかしやがったんだ? おい!」

「……」


 ずぶ濡れのヨシオが問い掛けるも、男は俯いて押し黙っている。伝達方法はともかく、昼間は親切に情報をくれた人が真犯人だったという事実には、この私とて心がささくれだつ思いである。

 しかしながら、この世知辛い世の中を必死に這いつくばる人々のうちの誰かが盗みを働いたとしても、それを殊更に責め立てる権利が自分にあるのだろうかという思いもまた、この胸に込み上げてくるのであった。


「……まぁ、この先は本当に俺達の出る幕じゃないよ。後のことはここの騎士団にまかせよう」


 それから騎士団の詰所まで男を連行して役人に引き渡したが、物言わぬ大男は終始大人しく従っていた。



 街の宿屋で一泊した翌日、私達はキンカタガミ領主ルッサ·パカーンに盗賊捕縛の謝辞のため呼び出しを受けた。何やらお決まりの流れになりつつあるが、今回は貴族であるセシリーも一緒なのでちょっぴり気楽なのは私だけの秘密である。


「なんとあの賊を捕らえてしまうとは、勇者の名に違わぬ活躍よのう。ホッホッホ」


 上機嫌に笑う領主は、全身が金ぴかの装飾で輝く実にゴウジャスなご老体で、同じく金ぴかに輝く巨大な城の主に相応しい出で立ちである。その姿に、ユーミの目は再び金色に染まっていた。


「セシリアも息災で何よりであるが、あまり無茶をしてはならんぞ? それから、父君には『まだまだ負けんぞい!』と伝えておくれ」

「確かにお伝えいたしますわ」


 二人ともニコニコ笑いながらも、どことなくピリッとした緊張感が辺りを包む。これが上流階級の「お付き合い」というものなのだろうか。


「あのーところで、あの盗賊の処遇は……」

「うむ、それなのだがな」


 出来れば寛大な処罰で済ませて欲しい、そう考えるのは、やはり昨日の酒場でのやり取りがあったからである。罪を犯した事実は消えることはないが、私はどうしてもあの男が根っからの悪人だとは思えなかった。しかし、そうした私の祈りは無駄なものになる。


「すまぬ、実はうっかり奴を逃がしてしまってのう」

「あー…………え、逃がし……えぇ!?」

「警備の者がちょーっと目を離した隙にのう。いやー参った参った! ホホホ!」


 とんでもない失態だというのに、領主は相変わらず上機嫌で立派な髭をイジイジしている。部外者としては爆笑をかますこともやぶさかではないが、自分の民が被害を受けている当の領主が何故こうも笑っていられるのだろうか。


「まぁ、そち達は気にせず旅を続けてくれ。あとはこちらの問題だからの」


 口を挟み込む隙もなく、私達はグイグイと押し出されるように城を後にした。



「なんだか釈然としないな。自分達の苦労はなんだったんだ?」 


 街を歩きながらプツプツと不満を漏らすヨシオだったが、流石に今回は無理もないことである。ようやく捕まえた犯人をこうもあっさり逃がしてしまうとは、本当にキンカタガミの騎士達は無能なのではなかろうか。


 どうにも納得出来ない心境の中、ふと目に止まったのは昨日最初に声をかけた商店主の店だった。昨日は気が付かなかったが、街が人々で賑わう一方その店はとても繁盛しているとは言い難く、その割りには店構えはしっかりしている。

 ちょうど元の世界で何故か潰れない婦人服屋のような風情で、不思議に思った私は店を訪ねてみた。


「こんにちはー」

「うわっ!?」


 店主は入り口のすぐ側にいたらしく、急に入ってきた私に驚いて手に持っていた物が床に滑り落ち、カランと音を立てた。


「あ、すいません急に。……あれ? これって……」


 見ると、男が落とした物は金塊であった。しかも「豚顔の天使マーク」が入っている。


「これは、一昨日盗まれた金塊では? どうしてこれをあなたが?」

「……」


 不穏な空気が流れる。

 そして気がつくと、いつの間にか店の周囲が10人程に囲まれていた。

 どうやらただ事ではないぞと考えていると、店を囲む者の一人が「ええじゃないの」と小声でポツリと呟いた。すると、また別の者も「ええじゃないの」と呟いた。さらに店主も「ええじゃないの!」と声をあげた。

 

 訳が分からず戸惑っていると、騒ぎを聞きつけたのか街の住民が次々に集まってくるが、その人々も口々に「ええじゃないの!」「ええじゃないの!」と声を張り上げている。やがて人が人を呼び込むように、老若男女の区別なく街中の人々が「ええじゃないの!」「ええじゃないの!」と大合唱を始め、仕舞いには犬や猫から街を守る騎士団の人間までがより集まり、私達は人の群れにもみくちゃにされてしまった。


 つまるところ、「ストンバリー」とは悪辣な商人から奪った金品を貧しい街の住民に分け与える義賊なのである。もちろんおおっぴらに認める訳にはいかないが、その存在は街の人々はおろか騎士団や領主までもが先刻ご承知なのであった。規則を守ることが、必ずしも正しいとは限らない。よくよく吟味すべし。


 そんな事とは露知らず、人波に揉まれて「なんじゃこりゃ!?」と狼狽える私達に、大きな人影が近づいてきた。


「オイラを捕らえるとは大したもんだな、気に入った。いつか困ったことがあったら、オイラに声を懸けなよ。きっと力になるぜ」


 そう言い残し、人影はまた何処かへと消えていった。その言葉で、おおよその事情を察した私とヨシオは、お互いの顔を見合わせてこう叫んだ。


「「まともに喋れるんかい!!」」


 熱い人々の情念に乗り、私達はキンカタガミを後にした。

ヨシオは推理小説的な展開を所望していましたが、残念ながら作者にそんな技量はないというオチであります。

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