表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界指南書  作者: 鬱ゴリラ
第2章 水の巻
13/17

第4項

 その昔、まだこの世界に神も仏もあった時代、パニート国はある王族によって統治されていたという。やがて王は国の統治を各地の領主達に任せて歴史の表舞台から消えたが、その血筋は今もどこかで生き続けているというのが専らの噂である。

 以来、この国の運営はそれぞれの領主達によって担われてきたわけだが、それが千年以上ともなれば、その威光はとてつもないものがある。要するに、領主というものはものすごく偉いのである。


 ややもすると忘れてしまいがちであるが、本来私のような凡人と領主のような貴族が関わることなどそうそうあることではない。立場の違いというものは、時に悲劇をもたらすこともあるが、それによってバランスが保たれているのもまた事実である。お互いの立場をしっかり理解すること、それがこの世界ではとても重要なことなのである。



 連絡係りの男に着いてしばらく歩いて行くと、少し小高い傾斜地の上に一軒の建物があった。それは、他のものに比べて妙に真新しく、突貫工事で建てられたように細部の造りが粗い。入り口は開け放たれていて「仮庁舎」と看板が掲げられており、どうやら一応は領主の執務を行う場所のようである。

 内部はなんの変哲もない家屋のような構造で、その中の一室の前で「こちらです」と入室を促された。私がドアをノックをすると「どうぞ」と返事が返ってきた。


「失礼しまーす……」


 緊張しながら中に入ると、簡素な文机を挟んだ向こう側に男が一人座っている。


「よく参られたね。私が、カイトーシン領主シマム·ブノだ。君達のことはトーカンドからの通信でよく分かっているが、ろくな持て成しも出来ず申し訳ない」

「いえそんな、滅相もないです」


 領主は、私とそう変わらない年格好に見える。その物腰からは、この若さで一領域を統治するだけの才気を確かに感じさせるが、しかし随分とやつれて見えるのは職務の重責のせいだろうか。


「ああそれと、はぐれた仲間を探したいのだったね。捜索手続きの方は私が手配しておいたので、心配しないでくれ」

「えぇ!? 領域様ご自身が!? そ、それはとんだ失礼を……」


 上の者に伝えるって、一番上の人じゃないか!

少し抜けているとは思っていたが、あのセンツーカという人、さてはかなり「アレ」な人なのでは……。


「はっは! 気にしないでくれ。何しろセンツーカのことだからね。あれでもいざ戦場に出れば、1度も傷を負ったことのない程に優秀な将なのだが」

「はぁ……。あ、ありがとうございます」


 にわかには信じがたいが、事務官と見紛うくらいに汚れ一つないあの軍服姿を見れば、納得出来ない話でもなかった。


「本来であればすぐにでも捜索隊を差し向けたいのだが、見ての通り今のカイトーシンにそうした余力はないんだ。すまない」

「そんな、とんでもないです! しかし、この有り様はいったい……。もしや、この付近に魔物の大部隊がいるのですか? あるいは、魔王の本拠地とか」

「いや、この地域に魔物の重要拠点は存在しない。それに、それほどの数の部隊も駐留していない」

「それでは、どうして……」

「我々は現在、海からの魔物の攻撃にさらされている」

「海ですって!?」とても受け入れ難い話に、私は思わず声を荒げた。「いや、でも、魔物は海には近づけないはずでは……?」

「……そう、そのはずだった。だが彼らは、技術力でその弱点を克服したんだ」


 領主は、重々しい胸の内を吐露するように話し始めた。


「彼らは、鋼鉄で出来た巨大な戦艦を作り上げた。その真っ黒な船体から、我々はブラックシップと呼んでいるが、その上では彼らも陸上と同じように動けるらしい。しかも大型の魔導機関を搭載したその船は、随伴艦を牽引したまま高速で航行することが出来る。この1ヶ月あまり、我々は魔物の艦隊からの、魔法による攻撃を受け続けている」

「1ヶ月も……」

「無論我々も必死に抵抗しているが、基本的に人間は魔力では魔物に勝てないからね。こちらからの魔法は向こうに届かず、今のところは防戦一方だ」


 言外に、「まだ諦めてはいない」という意志を滲ませるが、恐らく打開策を見出だせてはいないのだろう。街の様子を見るに、あと1回襲撃があれば陥落は免れないことは、私のような素人でも理解できるほどであった。


「……しかし、カイトーシンがこれ程の窮状に陥っているとは、この1ヶ月トーカンドでは聞いたこともありませんでした。双方は緊密な関係にあるのに、救援を求めることは出来ないのですか?」


 私の問い掛けに、領主は「うん、うん」と頷いてから答えた。


「そうだね、確かに我がカイトーシンとトーカンドは、言わば兄弟のようなものだ。向こうの内情もよく分かっている。しかしだからこそ、頼るわけにはいかない。トーカンドとて、決して戦力に余裕があるわけではないのだよ」


 相手をよく分かっているからこそ、言い出せないこともある。親しき仲にも礼儀あり。よくよく吟味すべし。


「でも、それでは……」

「なに、カイトーシンの民は柔ではない。そう簡単に落ちはしないさ」


 そう言って笑うシマム·ブノに、なんとも言えない切なさが漂う。だが、信頼に値する、守りたい笑顔だと思えた。

 その時、連絡係の男が大慌てで部屋に入ってきた。


「海上より敵襲!」

「……来たか」


 覚悟を決めたように、領主はゆっくりと立ち上がった。



 警鐘が鳴り響く中外に出ると、陽光が煌めく海のはるか向こうから、巨大な船が迫っているのが見える。真っ黒な船体には煙突がついており、もうもうと黒い煙を吐き出して進むそのスピードは、この世界の他のどんな船でも追い付くことは出来ないと思えた。


「あれが、ブラックシップ……」


 その姿は、船というより海上要塞とでも称した方が自然で、希望をも真っ黒に塗り潰してしまうようである。あんなものに、いったいどうやって立ち向かうというのか。私には、すでにこの街の命運は尽きたとさえ感じられた。


 しかし、狼狽える私とは裏腹に、カイトーシンの人々はそこかしこで素早く動き回っている。最後の瞬間まで決して諦めない、そんな力強い意志が伝わってくる人々の波の中で、忙しなく陣頭指揮を取っているのはセンツーカであった。


「動ける負傷者は、民間人を誘導しろ! 他の者は、術者の防壁魔法を中心に隊列を組め! 急げよ! 敵の魔法砲撃が来るぞ!」


 そう檄を飛ばすセンツーカは、まるで先程とは別人のようだ。

 本当にすごい人だったんだなぁ。そんな事を考えていると、見張り台の兵士が、


「センツーカ殿ぉ!」と叫んだ。

「何か! どうした!?」


 尋常ではないその様子に、センツーカ以下他の兵達も息を飲んだ。しかし、


「白旗です!」

「なんだと!?」


 予想だにしない敵の降伏の合図に、皆の目はブラックシップの船首に釘付けになった。私も目を凝らしてその姿を確めるが、船の先端でバカでかい白旗をブンブン振り回している大男は、見間違うはずのないアイツであった。


「どうした? 知っている者かね? 人のようだが……」私の様子がおかしい事に気付いた領主が問いかけてくるのに対して、私は力なく答えた。

「身内の勇者です……」



 船が港に接岸するとタラップが降ろされ、船内からボロボロに怪我を負った魔物達が次々と降りてきた。そして、その後に続いて降りてきたのはセシリーだった。


「ニイヤマさん! ご無事だったんですね!」

「う、うん、まぁね……」


 涙目で再会を喜んでくれるセシリーは、本気で心配してくれていたのだろう。

 それは嬉しいのだが、先ずはこの状況を説明して貰わねばなるまい。


「あのー、それはそうと、これはいったい……」


 私以外の人々もその答えを求めている事に気付いたセシリーが、「実は……」と話し始めた内容は次のようなものである。


 私が海に投げ出され後、程なくしてセシリー達を乗せた船はブラックシップに遭遇した。圧倒的な戦力差がある上に、嵐を受けて満身創痍だったセシリー達は抵抗することなど出来るはずもなく、魔物達に拿捕されることとなった。乗組員を含め全員がブラックシップに移送されたのだが、その際ヨシオのあまりの衰弱ぶりに魔物達も一縷の同情を禁じ得なかったのか、簡単な拘束を施しただけでゆっくりと歩かせた。しかし、ヨシオが1歩ブラックシップに足を踏み入れた瞬間、突如復活し、拘束を引きちぎって暴れまわった挙げ句、逆に船を乗っ取ってしまったのであった。


 勇者の癖に、白昼堂々シージャックとは非道なり!

 それはそうと、当のヨシオとユーミの姿が見えないのは何故だろうか。


「ユーミちゃんが船の機関部からなかなか離れなくて……。ヨシオさんが引き剥がそうとしてるんですけれど、『モノにしてやる! モノにしてやるぞー!』ってすごい形相なんです」

「なんじゃそら……」


 もう呆れ慣れた私ですら他に言葉を見つけられないのに、カイトーシンの面々はこの状況を受け入れられるかどうか心配である。センツーカに至っては無闇に槍の素振りを始めた。


「……まぁなんにせよ、これでカイトーシンは救われた。トーカンドには、大きな借りを作ってしまったね」


 ふぅっと安堵を吐き出すシマムは、本気でそう思っているらしかった。しかし、私にはそれは心外だった。


「何を仰いますか」私は少し大袈裟に首を横に振って言った。「我々は、兄弟ではありませんか。水臭いことを言わないでください」


 シマムは少し面食らったような顔をしてから、柔らかな笑みを浮かべて言った。


「……ありがとう」


 揺れる水面に映し出される私達の姿には、身分の差など、水泡と共に消え失せてしまったように思われた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ