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異世界指南書  作者: 鬱ゴリラ
第2章 水の巻
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第2項

 魔物は、人間を殺す。

 人間もまた、魔物を殺す。


 その宿命は、両者がこの世に存在する以上逃れなられないものであると考えられている。殺されたくなければ、先に相手を殺す。滅びたくなければ、先に相手を滅ぼす。人間と魔物との関係は、そのシンプルな原理で成り立っているというのがこの世界の通念であり、千年もの長きに渡る争いを支えてきた。この世界に生きる誰もが、その非情な現実を受け入れ、当然私もそれを甘受して生きて来ざるをえなかった。


 だが、本当にそれでいいのだろうか?

 選ばれし勇者というものは、世界に変革をもたらす者ではなかったか?

 そんな疑問を抱きつつも、私はこの世界に何らの変化もたらせなかった。

 何故なら勇者とは力ある者であり、この私には、特別な力などなかったからである。



 どれくらいの時間が過ぎただろう。たっぷり数時間は経っているように感じるが、実際には15分がせいぜいといったところか。

 私達は捕らえられた。

 両手は緊縛魔法で後ろ手に拘束されているが、前に偽銀行屋が使っていたものとは比べ物にならないほど強力である上に、体から力が奪われているようである。


「体は大丈夫かい?」


 右隣で同じように拘束されているセシリーに声をかけると「はい……」と力ない返事が返ってきた。


「ヨシオさんは、大丈夫でしょうか?」

「……こいつのことだから、きっとすぐに起きるよ」


 しかし、ダメージは大きいだろう。そう考えながら左隣でうつ伏せに横たわるヨシオに視線を移すが、未だ動き出す気配はない。セシリーの陰でよく見えないが、ユーミはすっかり意気消沈して、先ほどから黙ったままだ。

 周囲はアーマーン配下の魔物達がぐるりと囲っており、彼らは一瞬たりともそのギラついた視線を私達から離さない。当のアーマーンの姿は見えないが、私達の前方に軍用の簡易椅子が置かれていることから、やがてそこに座るのだろうと想像できた。


 そうしてさらに数分の後、兜を脱いだアーマーンがやってきた。

 深紅の鎧とは裏腹にその肌は青白く、額には小さな角のようなものが生えている。それ以外は人類とほとんど差異はないように見えるが、まるで女性のように美しいその顔は、人間離れしていると思えた。

 アーマーンはこちらを一瞥し、「待たせた」と静かに口にしてから簡易椅子に姿勢よく腰掛た。


「三将が一人、アーマーンである」


 短い自己紹介の中に、とてつもない威厳が漂っている。強敵、というよりも、まるで閻魔の逆鱗に触れてしまったかのような、到底理解の追い付かない脅威であると感じられた。


「さて、貴殿らの知るところではないだろうが、我々魔族にも法というものが存在する。そしてその法に照らせば、我が軍に歯向かった貴殿らは、ここで処刑されねばならない。何か言い残したい言葉があれば聞いておこう」


 非情な現実が言い渡された。予想は出来ていた事とはいえ、アーマーンの氷のような物言いもあり、いざ言葉にされると腹の底が凍えるようだ。

 ユーミのすすり泣く声が聞こえる。「本当に、ここまでなんだな……」そう理解してしまうと、何かを言おうとしても、言葉は頭を回り続けるだけであった。

 言いたいことは山ほどあるはずなのに、それがどうしても形にならない。私は改めて、自分の無力さを恨んだ。

 その時、左側から「……ぶんは」とか細い声が聞こえてきた。


「自分はお前のそのツラを、1発ぶん殴りたい……!」

「ヨシオ……」 


 いつから気がついていたのか、身動きの取れない体で這いつくばりながらも、ヨシオの目には未だ闘志が煌々と輝いていた。その姿に、私は背中を押された気がした。


「フン」アーマーンはしばし冷ややかな視線をヨシオに投げ掛けたが、また私に向き直った。「どうした、何もないのか?」

「……ある」私は意を決して答えた。「見逃してくれ」

「!?」


 場がにわかに波立った。セシリー達も呆気に取られている。

 この期に及んで命乞いをするなど、人間でも魔物でも、例え頭を過っても口に出すのは憚られるのが常識である。


「見逃せ、と申すか?」アーマーンは怒気をはらんだ鋭い視線を私に向けた。

「生き延びて、それで何とする? 我らに復讐するか? それは無駄なことだ。また同じ結果を繰り返すだけの、下らぬ行動だ。そんな貴殿らを生かして、何の意味がある?」


 その問い掛けは、まるでこれまでの私の人生を問われているかのように感じられた。この14年、いや31年を振り返って、いったい何が出来た?平凡な生活を変えたいと願って、様々な努力もしたが、結局何も変わらなかった。そんな無力な自分がこの先生きていくことに、いったい何の意味があるというのか。

 だがしかし、この状況では言わせてもらわねばなるまい。死んで花実は咲かないが、散り際くらいは華々しく飾らねば、勇者の名が廃るのである。


「ここを生き延びられたなら、この世の中を変えてみせる」

「世直しだと?」

「そうだ。人間も魔物も、争う必要のない世界にする」

「貴殿、何を言っている」


 私は大見栄を切った。少し前までの私なら、たとえハッタリでもそんな大それたことは言えなかっただろう。


「こんな世の中はおかしいじゃないか! 人間も魔物も、共に生きる方法だってあるはずなのになんで誰も声をあげないんだ! 誰もその道を探さないのならば、俺達が見つける!」

「そんな話を信じられると思うか? 何がそれを証明する?」

「……天だ」アーマーンの圧力に根負けしそうな自分を奮い立たせて私は言った。「そのために、天が遣わした男がここにいるぞ! それが証拠だ!」


 その場にいた誰もが、それはヨシオを指して言ったことだと考えただろう。しかしこの私とて、何らかの意思によってこの世界にもたらされた男ではないのか。その一心こそが、これまで私の心を支えてきたものであった。

 私の途方もない物言いに周囲は唖然としているが、「天だとぉ!?」と発するアーマーンの表情は激昂していた。


「……最後にもう一度だけ聞いておく」言いながら、アーマーンはゆっくりと立ち上がった。「たった数人で、千年続く争いを終わらせると、本気でそうほざくのだな?」

「それが、俺達の天命だ! 文句あるか!」私は最後まで言いたいことを言ってやった。


 これでもう、どう料理されてもこちらこそ文句は言えないな……。そんなことを考えていると、アーマーンは無言で右手を掲げた。すると、私達の後ろに魔物達がそれぞれ並び、剣を上段にかまえた。

 再びユーミの泣き声が響く中、アーマーンの右手が降ろされた。呆気ない最後を覚悟したが、振り下ろされた剣は私達の体を切り裂くことはなく、両手を拘束している光の輪に当たった。

 カン!という甲高い音と共に輪が消滅し、何事か理解できずにアーマーンの方へ目をやると、実に晴々とした顔でこう言うのだった。


「ならばよし!」

 


 ポカンとしていると、「彼らに治癒を施せ」とアーマーンは部下に命じた。


「俺達を、殺さないのか……?」


 混乱する頭でそう問い掛ける私に、アーマーンは「そうだ」ときっぱりと答えた。


「どういうつもりだよ?」


 ヨシオの声色には命が助かった安堵はなく、情けをかけられたことへの苛立ちが滲んでいる。


「このまま魔族と人間が戦って、それでどうなる?」アーマーンが言う。

「両者が決着をつけるには、多大な犠牲を払うことになる。しかしたとえ人間が勝利を納め魔族を全て滅ぼしたとしても、今度は人間同士で醜い争いが始まるのではないのか?」

「それは……」


 否定は出来ないと私は思った。もし今魔物がいなくなっても、人間は自分達の中に新たな敵を見出だすだろう。その程度の愚行は、元の世界でも人類が幾度となく犯してきたのだから。


「人間とは実に愚かな生き物よ。しかし嘆かわしいことに、それは魔族も同じなのだ」

「魔物も同じ……」


セシリーは訝しげに反芻する。人間と魔物が同じ。その一説を、呑み込めないでいるのだろう。


「我らの中にも同族を食い物にして私腹を肥やす輩は後を絶たない。人間がすべていなくなった時、彼らの欲望は魔族内で爆発するだろう。そうして新たな戦乱が生まれるのだ。そんな悲惨な結末しか生まぬ戦いに、いったい何の意味があるという? 私は、魔族と人間は講和すべきと考えている」


 よもや、この世界の全ての人間が恐れている者からそんな思想を聞かされるとは。

 世の中、色々な考えを持った者がいるものである。よくよく吟味すべし。


「しかしそれなら、あなたは何故こんなところで戦っているのですか? あなたほどの実力者なら、その、魔族の内部から変えることだって……」


 私がそう問い掛けると、アーマーンは自虐的に笑った。


「私のような一武人に出来ることなど、知れたものだ。組織というものの中には、変革を望まない者も少なからずいるのだからな」


 溜め息混じりにそう語る姿は、きっと色々な苦労があるのだろうと感じさせた。


「だからこそ、私は待っていた。世界を変える、その切っ掛けをもたらす力ある者が現れるのを、期待していたのだ」

「それが、自分達だってのか?」そう仏頂面で問うヨシオに対して「驕った考えは棄てるのだな少年よ」と、アーマーンは諭すように答えた。

「私一人にすら及ばぬ今の貴殿らでは、とても力があるとは言えぬ。私は種を蒔くに過ぎん」

「種だぁ?」

「そう、種だ。どのように育つものかは分からぬが、少なくとも大人しく殻に籠っていられる質ではあるまい。この先花を咲かせることが出来たなら、その時はあらためて、この頬を撫でにくるがいい」

「……」


 挑発とも、激励とも受け取れるその笑みを、ヨシオは燃える心で静かに見据える。うっかり今ここで咲かれては困るので、私は潮目を変えることにした。


「で、でも、俺達を見逃して、魔族の法に触れないのですか?」

「なに、今日我々は兎狩りにきただけだ。たかだか4匹ばかり取りこぼしたとて、明日まで覚えていられる暇人など我が軍にはいない。異を唱える者が居なければ、私を裁く者は天のみであろうな?」


 アーマーンが惚けたように言うと、周囲の魔物達から「ハッハ」と小さな笑いが起こった。

 敵か味方かまだ分からないが、「とても敵わないなぁ」と素直に感服する他なかった。そんな中、


「……うわぁああ! 死にたくないぃいい!」


 とユーミが声を上げた。いつから失神していたのか、またこの状況を説明すると思うと背中にずっしりと重しがかかったようだった。

 やがてアーマーンは、軍をまとめて風のように去っていった。ようやく訪れた平穏に、私達はすっかりへたりこんでしまったが、ヨシオだけは紅い一団が去る姿を燃えるような視線で見つめていた。


「アーマーン……必ず……」


 続く言葉を飲み下し、ヨシオは悔しさをその手に握りしめた。

 


 その日は泥のように眠った。昼間の出来事や、この先の事を考えるとなかなか寝付けなかったが、一度寝入ると夢も見ないほど深く深く眠った。そんな甘美な惰眠をいつまでも味わっていたかったのだが、ドガン!という轟音によってまどろみの世界から強制退去させられた。


 私は「て、敵襲か!?」と飛び起きるが、どうもそういう気配はない。それでもドガン!ドガン!と音は鳴りやまず、一先ずヨシオを起こそうと思ったのだが、私の隣で寝ていたはずのその姿はなかった。

 よりよってこんな時に……。しかし、どうやら敵が近くにいるわけではなさそうなので、私は一人で音のする方へ向かった。


 少し歩くと小川があり、上流に遡って行くと滝に出た。滝の飛沫がキラキラと太陽を反射させる美しい景色の中に、音の発生源はいた。


「……何やってんの?」

「ん? おお悪い! 起こしたか?」


 音の主はヨシオだった。

 ヨシオは巨大な岩にひたすら蹴りを入れて轟音を撒き散らし、その裏側では関羽と張飛が必死にその衝撃をおさえていた。


「こんな朝っぱらから、自然破壊は良くないよ」

「いや、アーマーンの奴に自分の蹴りが全然通じなかったからな。リベンジに向けて、しっかり鍛えとかないと」

「昨日の今日でよくやるなぁ。でもそんなやり方じゃあ、足を痛めちゃうって」


 到底科学的とは思えない鍛え方に、私は苦言を呈すが、「いや、これでいいんだ」とヨシオは譲らない。


「こうやって足に衝撃を加えると、骨や筋繊維が破壊されて、そしてそれが修復されることによって強くなるんだ」

「へーぇ」


 昔そんな話も聞いたことがあるような気がするが、今でもそんなトレーニング方法が通用するのだろうか。その後もあれこれと蘊蓄を語り出すヨシオは、脳筋なのか理論派なのかいまいちよく分からないが、ともかく、動物愛護の精神に乗っ取ってそろそろ2羽のお供達を解放してやらねばなるまい。


「まぁ先は長いんだし、今日はその辺にしとけって」

「うーん、まぁそうするか。この先も山道が続くしな。足を鍛えるのは程ほどにしとこう」


 そのヨシオの言葉で、私はルートの変更を伝え忘れていた事を思い出した。


「あ、この先は、陸路は使わないことにしたよ」


 アーマーンの話では、この先の山中はまだ雪深く、荷車では街道を通れないらしい。そしてそれとなく、重要な拠点もないことをほのめかしていたので、ここから山の中を調査する必要は無くなったのである。


「という訳で、船で行きます」

「……船?」

お若い方はご存知ないかもしれませんが、アーマーンのモチーフの一つは三国志で「破格の英雄」と称されるあの方です。なおセリフに関しては今後修正する場合がございます。申し訳ございません。

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