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異世界指南書  作者: 鬱ゴリラ
序章
1/17

晩秋の空 新緑の道

 諸君は、異世界に憧れたことはないだろうか。今ある現実から遠く離れた世界で、これまでにない程の活躍をする自分を、夢見たことがあるのではないだろうか。


 昨今の潮流として、そうした異世界に赴く者は何の変哲もない普通の人間であることが多い。「お、それ俺だわ」と思った諸君の中には、自分にもそんな機会があれば、すぐにでも活躍出来るのに!と考えている人がいるだろう。

 しかし、それは甘い。甘過ぎる。そんな危険な考えでは、いざ彼の地に足を踏み入れても、早々に悲惨な結末を迎えてしまうことは必定である。


 そのようなことにならないよう、諸君には私の経験を踏まえた、異世界における教訓を御指南申しあげたい。とは言え、その是非を判断するのは、あくまでも諸君御自身である。

 よくよく吟味すべし。





「こんなはずじゃあないんだよなぁ……」


 深まる秋の夕日を背に、通学路の終盤に差し掛かった歩道橋の上で、そう呟いたことをよく覚えている。

 その日に何か不幸があったわけでも、昼の弁当が不味かったわけでもない。

 授業は分からないなりにしっかり受けたし、友人達とのそれなりの会話も、ぼんやりと盛り上がった。

 だが違う。


「俺の人生には、決定的に足りないものがある」


 これは口に出したわけではない。この頃の私の心の中を、常に被っていた言葉である。

 一般的に世の中には、恵まれている者とそうでない者がいるとされている。

 彼らはそれぞれ楽しいなり悲しいなりに、立派に【一生という物語】の主人公としての道を歩むだろう。

 

では、そのどちらでもない者はどうか。

 私のように恋人もなく、当然の如く帰宅部であり、友達も一応話す程度の奴が数人。体格·体力·知力·顔面その他のレベルや童貞であることまでを含めて、平凡が服をきて歩いているような人間は、どんな人生を送るというのか。


「そらもう、異世界行くしかないよね」


 別に誰にも問われていないのに、うっかり口から溢れたこの恥ずかしい言葉も、よーく覚えている。

 こんなに普通な奴は、異世界に呼ばれて大活躍すると相場が決まっている!

 相場の意味もよく知らない癖に、毎日アニメやゲームにかまけていた私は、そんなことを考えていた。


 

 この世に生まれ落ちて17年、私の人生を指でなぞってみても、引っ掛かるところが一つもない。ツルンツルンであった。

 そんな自分の人生に、いつか転機が訪れると若者が期待するのは仕方がないと私は思う。

 とはいえ、この世界の人口を鑑みれば、私と同じような普通人間が履いて捨てるほどいることは、この時の私でも重々承知していた。


 それでも「我こそは普通を代表すべき存在である!」と考える根拠として、私には親が無かった。

 どうか誤解なきよう、別に不幸自慢ではないし、私の普通性を揺るがすこともない。

 確かに、両親の死は幼心に深く悲しみを刻んだ。

 しかしながら、偉大な父母がそれまで私に注いでくれた愛情は海より深く、私はこれまで親の愛に飢えたことはない。ほんのちょっとしかない。

 そして不幸中の幸いは、私の生活面を支えてくれている養父の存在であった。

 超遠縁の親戚関係にあたるかもしれないという私の養父は、衣食住はもちろん学費·交際費など生活の全てを工面してくれた。

 お陰で私は両親がいなくとも何不自由なく暮らすことができていたのだが、そんな素晴らしい養父の顔を、私は知らない。

 要するに、養父はちょっと変なのだ。

 それは(半分)冗談にしても、養父は様々な慈善事業に出資する変わり者で、私への援助もその一貫だろうと推察される。

 すなわち私という男の人生は、最愛の両親を失い、変態で太っ腹な養父を得たことまでを足し引きして、総合的に鉄壁の普通と言うに相応しいのである。



「こんなに異世界に行くに相応しい奴が他にいるだろうか!?」


 ほどほどの声量でそう叫んだのは、自宅近くの公園まで帰路を進めた頃だった。

 一応回りに人がいないことを確認していたが、微妙に恥ずかしさを拭えなかったことは忘れられそうにない。


 もう自宅はすぐそこであったが、赤々と燃える炎のような紅葉を、惜しげもなく風に舞わせる銀杏の美しさに、思わず足を止めた。

 このまま妄想の熱を我が家に持ち帰るのもどうかと思い、私は、少し落ち葉の雨に打たれることにした。

 公園のベンチに尻を預け、学生鞄から取り出したスマホを、しばらくぼんやりと眺めた。


「まぁ、あり得ないけどさ」


 実際のところであった。

 いかに重篤な妄想病患者といえど、それは有り得ないと知っている。

 自分の空想が実現するほど、世の中は甘くないのだ。

 ただ、この先の人生を想像して、ちょっとその現実から目を反らそうと空想に耽っていただけ。

 そんなところも含めて、私、新山タイキは平凡なのである。


 ふぅっ、と息を吐いて、そろそろ帰ろうかとスマホを鞄にしまった。

 その時、丁度ベンチの裏辺りに置いた足の裏に、窪みのような違和感があった。


「お!異世界へのワープホールか?」


 覗きこんで見ると、無論ただの窪みである。

 1ミリも期待はしていなかったため、さて帰ろうと顔を上げたその時、風の向きが変わった気がした。

 そして目に映ったその光景を、私は生涯忘れることは出来ないだろう。

 その時口をついて出た言葉を、今でも鮮明に再生することが出来る。


「……春……?」


 知らない場所、知らない匂い。

 秋の公園にいたはずの自分の足元には、落ち葉の替わりに青々とした草花が広がっていた。

 遠目には見慣れない街が見えて、ここは小高い丘のようである。

 混乱する頭を落ち着かせるため、何度も瞼を明け閉めしながら、周囲を見渡たす。


 右手には廃墟のようなものがある。

 教科書に載っていたローマ建築のようにもみえるが、あまり熱心に勉強していないため、自信はない。

 左手を見ると、木々が生い茂っている。それはまぁ普通だ。

 しかしデカい。凄まじくデカい。

 沖縄辺りの島にこんな木々が生えている森があったと思うが、住宅街の公園内にそんなものがあったらキャッチボールも出来ないだろう。


「これはひょっとして……」


 何となく事態を察しながら、上空に更なる異常を発見して胸が高鳴った。

 とてつもなく巨大な鳥が飛んでいる。いや、そもそも鳥じゃない。

 RPGゲームで、丁度あんなのをたくさん倒した覚えがある。翼竜というやつだ。


「これは、あれかな……?来ちゃったかな?」


 普通の人ならまだ事態を飲み込めなくてもおかしくない。

 あ、夢か……と、ベタな終わりを望む人が多いだろうか。

 あるいは「ドッキリだろ!騙されんぞー!」と常識の中で答えを出す猛者もいるかもしれない。

 しかし私は、夢にまで何度でも見たその現実を、歓喜と共に受け入れざるを得なかった。


「(異世界に)来たぞぉぉおおおお!」


 両腕を高々と天に掲げ、興奮と驚愕を精一杯押し出したその雄叫びは、この異世界の果てまでも響き渡ると思えた。

 そして確信していた。

 この世界で、自分は多くの冒険と神秘に出会い、勇猛に生きていくのだと。

 自分が主人公である物語の舞台に、ようやく立ったのだと。

 しかし、しかしである。

 この先、決して忘れてはならない教訓がある。


 世の中は、甘くないのである。よくよく吟味すべし。



 そうして、あの歓喜の異世界転移から、かれこれ14年が過ぎた。

 今日も元気に薬草を調合し、商品の在庫チェックにも余念がない私は、道具屋勤務歴14年のベテランである。

 そして、最近何となく気づいたことがある。ようやくとも言うかも知れないが。

 ひょっとして。

 ひょっとしてなのだが。


「俺……主人公じゃない……?」

 普段ろくに本も読まない私ですが、思いの丈を記してみたくなり、筆を取りました。

駄文につき、不快にさせることがあるかと思います。申し訳ございません。

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