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ニンゲンノアイ

 破壊。


 一向に止む様子のない銃弾の雨とミサイルの雷は、窓ガラスの向こう側で戦う友のヘルメットをも貫いていった。


 破壊。


 建物に隠れている僕も、もう駄目かもしれない。コンクリートの天井にはもう()()が入っている。


 破壊。


 ガラガラと崩れてきた瓦礫に生き埋めになった。あぁ……苦しい。助け……て……。……。









 *








 まだ、僕には意識があるらしい。身体中が裂けそうに痛く、いや実際裂けているのかもしれない。仰向けで倒れている僕の視界に写るのは粉々に砕けたコンクリートと針金ばかりであったが、その隙間から顔を覗かせる日光が、あの夜を越えて僕は生き残ったのだというのとを、いよいよはっきりと実感させた。


 ざく、ざく、と瓦礫を踏む足音がこちらへと近づいて来る。巡回ロボットかもしれない。あぁ今度こそ駄目だ。この距離なら精密な銃撃で一発だろう。あぁ……メイ。ごめんよ。



 足跡が僕の真横で止まった。―いや、おかしい。軍事用のロボットは、まだ人間が開発していた頃の名残で、行動や思考の際にはその結果を逐一機械音声で確認するはずなのだ。ならばまず考えられるのは故障したロボットがやって来た可能性だ。だが親人派の「欠陥アンドロイド」にしても、気の触れた「バグ・ロボット」にしても戦戦場と化した、ここアンドロイド住宅地第八区までたどり着くことはまずないだろう。あるいは……まず、ありえないのだが、助けが来たのかもしれない。数日前、レジスタンスはほぼ壊滅したし、昨晩共に生き残った一人の仲間も死んだ。まぁ、助けが来る格率は限りなくゼロに近いだろうけれど。


 あぁ、もう、僕は死ぬのだ。やり残したことはないがやりたいことは山ほどあった。鉄骨の山の横ではなく「教会」で式を挙げたかった。錠剤ではなく「料理」をもう一度食べたかった。そしてなにより、メイとの間に子どもが欲しかった。


 全てはもう、叶わない。夢なんて現実に覆い被さる埃をみたいなものだった。ふっと息を吹けば空気中でばらばらに散ってしまう。姿を表した現実に僕は勝てやしなかった。













 そのとき、頬に何か温かい感触。これは……舌、だろうか。舐められている気がする。そしてヴォウ、と鳴き声を一つ。


 間違いない、犬だ。けれどなぜここに。安全区の外には基本的に動物が存在しないはずなのだ。僕は慌てて視界の隅に写る犬へと目を遣る。

 この目は……いや、見間違えるはずがない。紛れもなく僕の愛犬。シュートだった。


「お前、どうしてここが」


 シュートはしばらくヴァウ、ヴァウと鳴いていたが、僕の言葉を理解したのか、鳴くのをやめて首を後ろに向けたようだ。その向こうに何かあるのか、いるのかは分からない。なんたって、瓦礫に埋もれているため、周囲の景色を見渡せられないのだ。

 もうどのみち死ぬくらいの傷を受けているはずだから、このまま命が尽き果てるのを待ちぼうけていてもいいのだが、シュートがこの場にいることがどうも気にかかる。


 シュートは、僕の妻メイとともに安全区に置いてきたはずだ。だって安全区は文字通り安全で、人間の区長によって統治されているのだ。それに研究目的以外の機械達の介入はまずあり得ない……はずなだ。なのにどうして。


 もし、不可侵条約が破られて安全区が攻撃されたのたとすれば……。僕の体は気づけば動いていた。左腕はちきれていたものの、瓦礫をどかすのに右手一つで十分だった。幸いにも無事だったあちこち骨折している両足て無理矢理立って、目の前にいたのは――メイだった。


「メイ……。どうして」


「ユウ。生きてたの。良かっ……た……」


 僕と彼女はしばらく大声で泣きあった。そして少し落ち着いてから僕はここに至るまでの経緯を聞いた。


 まず安全区は破壊されたらしい。国会から、やがては国連からも人間がいなくなっていき怪しいとは思っていたが、ついには安全区の区長までもが機械になったのだ。ここ十数年守られていた不可侵条約は破棄され、人間は事実上害獣となった。そしてメイは、シュートとともに街が爆撃される数日前に、命からがら逃げ出してきたらしい。ここ数週間アンドロイド居住区にレジスタンスの団員として立て込もっていた僕は、全く知らない話ばかりたった。



 一通り話終わった後、メイがおもむろに口を開いた。


「ユウ、覚えてる? まだここが河川敷だった頃のこと」


 彼女の震えた声はか細く、激しすぎる風に吹かれて今にも消えてしまいそうだった。


「もちろん。忘れる訳がないさ」


 あぁ、覚えているとも。この滑走路が芝生だった頃、あの兵器工場が学校だった頃、僕らはこの辺りでよく遊んだものだ。


「ケンは……死んだよ。僕の目の前で」


「そう。あんなにたくましかったのに」


 彼女はさほど驚かないようだった。きっと悲しみのあまり、感覚が麻痺しているのだろう。


「これから、どうする?」


「うんと楽しいこと、しましょ。憧れだった海外旅行に行って、ご馳走をたらふく食べてそれから……」


「煌めくステンドグラスの下で結婚式、だね。あと男の子が欲しいな」


「女の子よ。うんと可愛い女の子」


「だとすれば名前はどうする? 僕は、アイがいいと思うんだけど」


「アイ、いい名前ね。きっと優しい子ね」


「うん。優しい子が生まれるよ」


「機械がなければ、ね」


 彼女がポケットから取り出した手榴弾は、日光を反射して煌々(こうこう)と輝いていた。









 *










「コチラ、アンドロイド住宅地第八区。二匹のニンゲント一匹の犬ノ遺体ヲ発見。手榴弾ニヨル集団自殺デアルト思ワレル。データ照合ノ結果、排除シ損ネタレジスタンスノ団員ト、先日安全区カラ逃ゲ出シタ研究用個体、及ビソノ家畜デアルト断定。コレニテ、全人類の消滅を確認シタ。二匹ノニンゲンハ死亡直前に泣イテイタ模様。死亡理由ハ不明。繰リ返ス。死亡理由ハ不明」

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