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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
15歳の章
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西方辺境伯領への出張14日目


「はい? 塩ですか……」

 それはクリムト村へとやって来て2週間が過ぎたある日のこと。

 村周辺の下調べも完了し、残る仕事も報告書の作成を残すのみとなり、少し手の空いていた僕は一人の村人から相談を受けていた。

 何でも村の塩の貯蓄量がどうにも不安であるらしい。塩は人間が生きる為には必須の物資だが、同時にこの王国でも西の果てにある地方では結構な貴重品でもある。


 塩の商いは割と大きな利益を生む為に扱う商人も決して少なくはないのだが、つい最近まで未開拓地だった僻地に来たがる物好きともなると中々居ない。

 とは言え現在のこの村はマルクス辺境伯からの支援を受けて開拓しており、物資はそちらから送られて来ている筈。

 はて、一体なんでこの話が僕の所に来るのだろう?


「実はクァッサー様が魔術師殿に相談してみろと仰いまして……」

 僕の疑問に恐縮して縮こまってしまう村人さん。いやいや、決して責めてるんではないんですよ。

 しかしあの人の無駄に高い僕への評価は一体何なのだろう。キマイラの件以降何かにつけて話を聞きたがられるし。

 まさか魔術で塩が出せるとでも思われてるんだろうか……?



 さて、塩と言えば基本的には岩塩である。

 場所によっては地面に岩塩がごろごろ転がっていたりもするが、基本的には穴を掘って岩塩の鉱脈から掘り出す物だ。

 つまり僕は先日までの仕事の結果、この付近に岩塩鉱脈が存在しない事を誰よりも良く承知している。

 岩塩は確実な需要があるし、出る時は割と結構な埋蔵量が埋まっている事が多い。流通量的に相場も容易に調べれるから利益の試算がし易いので、在ってくれたら僕もとても嬉しかったが、無いもんは無いのだ。


 他にあまり一般的ではないけれど、海塩と言うのも一応存在する。

 ただしこの海からとれる塩は作るのに結構な燃料を必要とするし、味もあまりよろしくないとされており王国ではあまり一般的ではない存在だ。

 海の向こうのとある国では海水から燃料をあまり使わずに、しかも苦味を分離した旨い塩を作っているらしく、王国でもそれを研究しようとした技術者は居た事は居た。

 王国は南部に海を持つ為、海を超えた国との交流が一応行われているのだ。


 けれど此の旨い海塩の実現には一つの大きな障害が存在した。

 具体的に言えば岩塩鉱脈を領地に持つ貴族と、その流通を預かる御用商人である。

 先程も述べた様に塩は非常に利益を生む。そして人間がいる限り需要は絶対に無くならない。


 しかしだ。もし仮にそんな塩を海から無限に取り出せるとしたら?

 今の塩の市場は間違いなく破壊されてしまうだろう。実際にはそんなぽんぽこ作れる物じゃないらしいが、人間とは未知を恐れる生き物だ。

 当然の様に既存の岩塩で利益を得ている者達はその技術者を抹殺しようと躍起になった。それこそ暗殺者がダース単位で送り込まれたのだ。

 何故僕がこんなに塩に詳しいかと言えば、冒険者時代にその技術者さんを苦労して、本当に苦労して国外に脱出させたからなのだけれど、あの人は今も元気だろうか。

 


 とまあ、そんな話はさておいて、つまり僕が塩を用意する事は不可能なのだ。

 寧ろ可能だったら僕の命が凄く危ない。

 そしてこの村人さんは兎も角、クァッサーさんは士爵で末端とは言え貴族位を持ってる人物だから、其れ位は当然理解してる筈である。……理解してるよね?

 理解してるとして考えを進めよう。流石にそこを疑うとこれ以上の思索は不可能だし。


 ならばクァッサーさんは僕に奇策での解決を求めている訳では無い事になる。

 ではこの場合、正攻法での解決策は辺境伯に塩や、他にも不足があるのなら物資の補充を頼む事だ。

 しかし本来その役割はこの村の駐在兵、或いは百歩譲って今は僕の護衛だけど駐在兵より身分の高い伯爵旗下の騎士、要するにクァッサーさん本人が果たすべき事柄だと思う。

 なのにその本人が僕から辺境伯に言って欲しい? んん?

 僕は銀色の前髪を弄りながら、更なる思索に没頭していく。



 この2週間見てきたクァッサーさんの人柄的に横流ししちゃったのを誤魔化したいとかじゃないのは知ってる。

 騎士としてのあの人は信用できる人だ。ただしお酒が入ったらとても面倒臭い人でもあるけども。

 そしてそんなに脳筋でも無いのだ。話して判った事だけど、遺跡の危険度や盗賊の必要性、魔獣との戦い方等を説明した時の理解は凄く早かった。


 だから無意味に僕に振った訳でも無い筈なのだ。

 クァッサーさんの目的はこの西方辺境伯領の利益がある事だろう。そこは多分間違いない。

 でも例え僕から辺境伯に伝えたとしても、この村の備蓄問題は辺境伯領の問題だ。当然僕からのお願いにはならないし、村へ援助物資が届いても僕に対する借しが出来る訳でも無い。

 寧ろ僕が村人に感謝されるだけの話だ。あ、もしかしたら村人の人達からの僕への好感度が高かったら引継ぎの人もちょっとやりやすいかも知れないが、でも多分クァッサーさんの目的はそこじゃないだろう。

 つまりは多分、辺境伯に僕から話をさせる事そのものが目的なのだ。王都への帰還前に挨拶に行く事は確定していたので、挨拶だけじゃなくもう少し深い話を。


 なるほど、漸く話が繋がった。要するにクァッサーさんは僕の話で危機感を抱いたのだろう。

 クァッサーさんは高位魔獣の脅威をその目で見、遺跡の危険度を認識している。僕が話した遺跡探索での盗賊の必要性も理解していた。

 けれどその認識はクァッサーさんの認識であり、主である辺境伯とはまだ共有できて居ない筈。

 ならあの遺跡の調査を兵士団や騎士団のみで行おうとする可能性は決して低くない。寧ろ盗賊を使う事に対しての忌避感を持っている可能性もある。


 まあ実際冒険者に調査を丸投げしたら中身もまるっとガメられるだろうから、その感性は別に間違っていない。大事なのは彼等をどう上手く扱うかなのだ。

 クァッサーさんも勿論辺境伯への報告を行うだろうけど、僕からもその辺りの話を詳しくして欲しい。

 多分この辺りが彼の意図なのだろう。



 うん、回りくどいよ?

 確かに最近ちょっと早く帰りたいなオーラが僕から出てたかも知れないけれど!

 はい、早く帰ってドグラの整備がしたいなってここ数日はずっと考えてました。一寸反省しよう。

 けれど普通に言ってくれても否は無かった。ここの村の人達も、クァッサーさん達も、来る前に想像していたよりもずっと良くしてくれたから、それが置き土産になるのなら辺境伯とも存分に語りましょう。

 でも泊まるのは無しでお願いします。マルクス辺境伯家での晩餐とか、普通にボロが出かねない。





 本日のお仕事自己評価60点。ぶなんです。かえるまでが、おしごとです。

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