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フルフレアの冒険


「はぁ、はぁっ、……少しだけ、きついわね。でも、まだよ!」

 私は吐いてしまった弱音を、革袋の中の水と一緒にもう一度飲み干す。

 そして首から下げたリングを握り、弱気になった心を奮い立たせる。

 未だ諦める訳には行かない。

 もう少しだけでも時間を稼がなきゃ、あの子達が逃げられないから。

 私は力の戻った手で弓を握って駆け出した。


 私の名前はフルフレア。エルフの中級冒険者。

 エルフの冒険者はとても珍しくて、私も自分以外に見た事はない。

 何故ならエルフは、人間から良く狙われる種族だからである。

 私達エルフは、人間から見れば姿形が美しく見えるそうだ。

 個人的な意見を言えば、私は人間の容姿の方が人それぞれに特徴があって好きなのだけれども。

 更にエルフは長寿であり、人間の五倍は成長が遅くて、長く生きる。

 故にエルフの肉を食えば寿命が延びるなんて与太話を信じる人も居るらしい。

 だから大抵のエルフは自分の生まれた里、人払いの掛かった森の中から出る事無く生きて行く。


 けれど私は、自分でも良くわからないけれど、何故か昔から人間に憧れ、それと同時に焦っていた。

 早く森を出ないと間に合わないと、何故か何時も思っていたのだ。

 そんな思いに突き動かされて、私が生まれ育った里を、森を飛び出したのが80歳の時、人間に換算すれば16歳の春の事。

 私はフードを目深に被り、エルフである事を隠しながら冒険者になった。

 正体を隠しながら出来る仕事で、尚且つ捜し物の為に旅をして回るには冒険者以外の選択肢は無い。


 そこからはあっと言う間に一年程の時は流れ、私は大分人間の世界に慣れる事が出来たと思う。

 残念ながら他の冒険者とチームを組んだ経験はあまり無い。

 ランクは中級には上がったし、何度も誘われた事はあるけれど、正体がエルフだとばれるのは少し怖かったし、何より私には捜し物があったから。

 ……その捜し物が何なのか、さっぱり覚えてないのが大問題だけれど。

 一応手掛かりはある。

 私が物心付く前から首に下げていた小さなリング。

 明らかにエルフが作成した物では無い其れを、私はずっと持っていた。

 もし覚えていない捜し物が、このリングをくれた人だとすれば、私の焦燥感にも説明が付く。

 でもだとするならば、もう手遅れであるかも知れないと私は思ってしまっている。

 だって私がこのリングを受け取ったのが物心付く前なのだから、少なくともそれから70年、或いは80年近くが経っていた。

 その時間は、人が一生を終えるには充分過ぎる時間だからだ。

 けれども、私は其れでも諦めきれない。

 例え捜し物の末に見つけるのが墓だったとしても、私は衝動を抑えられなかった。



 だけど、今私は危機に陥ってる。

 切っ掛けは私が偶然、獣人奴隷の輸送現場を目撃した事だ。

 この王国では数十年前に奴隷の所持を禁じる法律が出来ており、明らかにそれは違法行為だった。

 しかし此処数年、この王国の治安は低下傾向にあると聞く。

 その原因は、およそ十年前に大賢者とも呼ばれたこの国の筆頭宮廷魔術師が引退した事に端を発するらしい。

 最年少で宮廷魔術師となり、この国を長年守ってきた人物の引退で、悪心を持つ者達の箍が緩んで国を荒らし始めたのだ。


 冒険者になってからの一年、チームを組まずに活動していたのもあって、私は成るべく大きなリスクを冒さないで動いて来た。

 何故なら私が最優先すべきは捜し物を見付ける事であり、冒険者は其の為の手段に過ぎない。

 けれども、私はリスクが高い事はわかっていても、その獣人奴隷の輸送を見過ごす事は出来なかった。

 本当に何故だかわからないのだけど、此れを見逃してしまったら、私は誰かに合わせる顔がない気がしたから。

 そして今、私は獣人の子達を逃がせた成果と引き換えに、奴隷狩り達に囲まれている。


「うっはぁ、おい、エルフだぜエルフ。はじめてみたけどよ、こりゃぁ信じられねえ位の上玉だ。逃がした分なんて目じゃねえくらいの高値で売れるぜ」

 奴隷狩りの数はおよそ15人。

 弓を捨てて細剣を抜いたけど、この人数を相手取る事が到底出来ないのは明白だ。

 更に何よりも拙い事に、相手には魔術師が混じっている。

 魔術の使い手さえいなければ、精霊の力を借りて攪乱して、逃げる事位は出来たかも知れないのに。

 何故エリートである筈の魔術師が、奴隷狩りなんかに混ざってるのか。

 私は己の不運を呪わずにはいられなかった。


「おい、殺すなよ。手足の腱を切っちまえばそれで良いんだからよ」

「馬鹿野郎。折角の最高級品だぞ。獣人奴隷と一緒にするな。魔術で傷付けずに拘束するから、お前等は黙って囲んでろ」

 魔術師の詠唱が辺りに響き、私は唇を噛み締めて、首から下げたリングを握った。

 結局会えなかった……。悲しみか悔しさか、涙が頬を伝って零れる。

 けれども無情にも詠唱が終わって魔術は完成し、……そして不意に光を発したリングの輝きに打ち消された。


「な、シールドだと?! エルフが何でそんな魔術具を!」

 魔術具?

 ずっと持ってたこのリングが?

 私そんなこと知らない。驚きに思わず茫然としてしまうが、でも本当に驚くべきは、その後にやって来た。

「ほっほぅ、まさかまさか、本当に呼ばれるとはの。ぎりぎりセーフと言った所かのう、まあ未だもう少しおっちぬ予定は無かったがの。で、お主等はなんじゃね?」

 莫大な魔力が吹き荒れて、私の隣に、不意に真っ白な髪と髭の、ローブを纏った老人が現れたのだ。

 転移魔術。

 宮廷魔術師でも全員が行使できる訳では無いとされる、超高等魔術を、この老人が行使した?

「えっと、奴隷狩りです! 獣人奴隷を運んでて、私が邪魔したからそのっ……」

 兎に角凄い魔術師なら助けて貰えないかと、必死に言い募る私の頭に、ポンと老人の手が乗せられた。

「成る程の。無茶をしおって……。でも偉いぞ、フルフレア」

 彼はくしゃりと頭を撫でて、私の名前を呼んだのだ。



 そして其処からは圧倒的だった。

 彼がトンと杖で地を突けば、大地は爆裂して奴隷狩り達を吹き飛ばす。

 無詠唱で、しかも範囲を拡大しながらの行使。

 奴隷狩りと一緒に居た魔術師が、嘘だそんな事はあり得ないと叫んでいるが、私も其れに同意しよう。

 そんな事が出来る魔術師なんて聞いた事が無い。

 でもそれでも、彼は確かに目の前に居る。

 相手の打ち出した炎の球を無造作に片手でひょいと払いのけ、その数倍の規模の魔術を事も無げに叩き込む。

 私は其れに、何故か強い既視感を感じた。

 以前も、私はこうして助けられたのだ。あの時の私は檻の中で、何処か知らない場所に連れて行かれる途中で……。




「王国の箍も緩んでおるの。全く以って情けない。少し手を打たねばならんな」

 彼はそんな風に言いながら、私が地面に落としていたリングを拾い上げる。

 彼の手の中で、リングが一瞬光を放つ。

 そしてそのリングを、彼は私の手に乗せて、

「落し物じゃ。まあ後十年はお守り代わりにもっておれ。何かあればこの爺で良ければ助けてやろう。でも成るべく早く里に帰る様にの」

 そんな風に言う。

 彼は魔力を高め始めた。来た時と同じだ。

 転移魔術を使う心算なのだろう。

「え、あ、まって、フレッド! 待って!」

 止めようと必死になって、ぽろりと零れた彼の名前に私自身が驚く。

 そう、彼の名前はフレッドだ。

 私の知ってた姿とはあまりにかけ離れてしまってるけど、其れでも絶対に間違いようが無く、この人が私の探していたフレッドだった。

 なのにフレッドは、私の言葉に一瞬目を開いた後、口元に笑みを浮かべて消えてしまう。 

『またね』

 とだけ言い残して。


 ……許せない。

 絶対におかしい。

 此処は普通、再会を喜ぶ場面の筈だった。

 大きくなったねって、言ってくれるべきだろう。

 頭だって一度しか撫でてくれていないのだ。

 だから私はフレッドを許さないけど、でも今は其れでも嬉しかった。

 捜し物はまだ終わって無い。

 次は向こうから来てもらうのではなく、私が見つける。

 ヒントはこの僅かな時間で手元に十分集まっていた。

 少し手を打つと言っていたのだから、フレッドこそが引退した筆頭宮廷魔術師のフレッド・セレンディルで間違いはないだろう。

 後十年、あの人は死なずに私を待っていてくれる。

 ならば見つけられない筈が無い。


 私の名前はフルフレア。エルフの中級冒険者。

 私の冒険はまだまだ始まったばかりだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに読み返してみましたが、すごく良い終わり方してますね。妄想がはかどるはかどる。
[一言] 誤字脱字が放置されていて未熟さが目立つ
[一言] 最高でした 面白い物語をありがとうございました
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