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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
16歳の章
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ダンジョンと冒険者と始まる争い2


 ゴートレック男爵領のダンジョンには幾つかの特徴がある。

 一つ、罠が少ない。脳筋気味の冒険者がとても喜ぶ特徴だ。

 でも僕はこれ自体が、罠の少なさに慣れ切った頃に引っ掛ける為の罠だと思う。


 二つ、その癖に毒持ちの敵が多い。身体を破壊する毒は兎も角、痺れを伴う毒は下手をすれば自分では処置が不可能となる。

 なので出来る限りそれなりの人数で、最悪でもソロは避けての攻略が推奨されるのだ。

 と言うか当たり前の話だ。ダンジョンにソロで挑むなど正気の沙汰では無い。

 人数が多ければ足りない部分をフォローし合えるし、持ち込める物資も増える。

 ダンジョンでは体力と物資を消耗しながら進むのだから、その総量が多い方が有利なのは言うまでもないだろう。


 三つ、敵が他のダンジョンよりも随分強い。以前に調査した時は一階層が他のダンジョンの五階層に相当する難易度だと判断した。

 その後に探索した冒険者達が持ち込んだ情報によると、やはり階層を下れば敵は更に、格段に強くなったと言う。

 良くも悪くも此れがこのダンジョンの最大の特徴だ。


 悪い面と言えば、当たり前だが敵が強ければ倒す労力も大きくなる。労力だけで済めば良いが、勿論危険度も同じ事。

 故にこのダンジョンは下位冒険者のみで挑む事は禁止されていた。

 まあ中位冒険者にとっても一階層から充分に危険は大きいのだが、流石に中位にもなれば成果と己の命を天秤にかけるのは自己責任だ。

 お人好しなら忠告程度はしてくれるが、それ以上踏み入るのは逆にマナー違反である。


 さてでは良い面とはなんだろうか。

 それは浅い階層で、つまりは消耗が少ない状態で強い敵と戦える事だ。

 例えばマルトス達に、他のダンジョンに行って五階層の敵と戦って来させれば、多分全滅するだろう。

 階層を下り行く間に消耗して五階層の魔物に負けるか、或いは運良く弱敵に当たっても、消耗し切った状態では帰り道で力尽きる。


 しかしこのダンジョンであれば、消耗無しの状態で五階層相当の魔物や魔獣と戦えるのだ。

 彼等がチャリクルやキールからの指導を受けた今ならば、僕が手を出さずとも一戦程度は勝ち抜ける可能性がかなり高い。

 マルトス達は下位冒険者だが、僕の付き添いがあればこのダンジョンへの侵入許可は下りるのだ。



 事前にチャリクル辺りから散々脅されたのだろう。

 マルトスとメリエの顔色が緊張で蒼褪めている。同じ話を聞かされてる筈のセラティスが割合に平然としているのは、以前に一度修羅場に叩き込んだからだろうか。

 パトリーシャはイザとなれば僕が何とかすると思っているらしいが、今回は出来る限り手出しをしたくない。

 ダンジョンへと侵入すれば、幅広い通路が広がっている。


 恐らくは僕が以前に来た時とはとっくに道が変わっているだろうから、前の地図は使えない。

 僕はパトリーシャに地図の書き方を教えながらゆっくり進む。

 最前列は壁役であるマルトスと、気配察知に長けたメリエ。中列を僕とパトリーシャが歩き、セラティスは最後尾で後ろの警戒に当たる。

 ドグラは今回員数外なので少し離れて後ろからついて来て居た。本来ならば僕も後ろに居た方が良いのだが、そうすると誰も地図を書けないので仕方ない。


 そうして歩いていると、僕は前方に気配を感じた。緊張のせいだろうか、メリエには未だそれに気付いた様子はない。

 少し悩んだがとりあえずは口を出さずに黙って置こう。

 こう言った時に四方の幅が限られたダンジョンは楽である。特殊な場合を除いて限られた方向からしか敵が来ないからだ。


 此れが森なら四方八方から敵が来る上に隠れる場所も多いので、感知役が機能しなければ大変な事になってしまう。

 やがてカンテラの光を反射する赤い二つの光点と、軋る様な唸り声が聞こえて来た。

 この特徴的な唸り声は間違いなくオウルベアだ。唸り声に気付いたマルトスが、仲間に注意を喚起するよう呼びかける。



 オウルベアは猛禽類、梟の頭部と熊の身体を持った中位の魔獣だ。

 炎を吐いたり魔術を使ったりと言った事が無いので、中位の内でも特に打倒が容易な魔獣である。

 とは言え膂力やタフさは中位に相応しい物があるので、今のマルトス達には厳しい相手となるだろう。


 実に都合の良い相手が最初に出現してくれた。

 自分が察知出来なかった事にショックを受けているのだろうか。弓手のメリエの動きが鈍い。

 彼女は本来一番最初に敵に気付き、そして一番素早く動かねばならないのに。

 弓手がもたつけばチームは貴重な遠距離での先制攻撃手段を失う。


 先に相手にダメージを与えると言う事は、出血等で体力を削って後の戦闘を有利に出来るのにも関わらずだ。

 仲間達が敵と近接戦闘を始めてしまえば、今度は逆に弓手が攻撃を行える機会はぐっと減る。

 敵味方が入り乱れて動きまわる中での射撃は、誤射の可能性が出て来るからだ。

 此れまでチーム内でも一つ抜けて出来が良かったメリエの躓きは、僕にとっても意外であった。



「メリエ、落ち着け! 訓練通りだ。攻撃の合図は俺が出す!」

 マルトスが素早くオウルベアに接敵する事で突進を防ぎ、セラティスも前へと飛び出して来た。

 この動きは正解だ。魔獣の攻撃で特に怖いのは突進だろう。

 近接距離は魔獣の膂力が猛威を振るうが、同時に人の持つ技術で相手の動きをコントロールする事が可能な距離でもある。


 元々魔獣とは魔物の中でも獣型の物を指す言葉だ。

 何故獣型だけを特に区分けする言葉があるのかと言えば、それらが特にタフな事と、多くが突進を攻撃手段に持つが故に。

 とても単純な話だが、人でも裸なら腹側よりは背面の方がタフである。生物の多くは腹側が弱い。

 なので腹を下にして背側を敵に向ける四足生物の方が、同体重ならばタフであるのは摂理であろう。


 ましてや元よりタフな魔物や魔獣なら、その差はより顕著に表れる。

 突進も同じだ。二足より四足の方が地を蹴る力が強く、勢いが付き易い。

 勢いとはそのまま回避の困難さと攻撃力に直結するので、轢き倒されて圧し掛かられでもしたら、もう人間にはどうしようもなくなってしまう。


 だから魔獣に突進の勢いを付ける距離を与えない事はとても重要だ。

 だが此れはあくまで四足の特徴を挙げているのであって、二足やその他の形態が四足に劣ると言う事では無い。

 例えば二足の方が攻撃可能角度が広く、道具の利用も可能と有利な点は幾つもある。



 内側に振り下ろされようとした前足を、敢えて外側に踏み込んで回避したマルトスが、盾でオウルベアの身体を打つ。

 オウルベアの自身の内側に向かおうとしていた力を、外部からマルトスが後押しした事で体勢が流れて大きく崩れる。

「今だ!」

 マルトスの声に、セラティスと彼自身が一歩下がる。

 今のは上手い。このチームは後衛の攻撃力が優れているので、それを活かす機会を作る事をマルトスは意識しているのだろう。


「炎よ、炎よ、炎よ、在れ!」

 ずっと準備していた術式に、魔力を通して発動させるパトリーシャ。

 術式を安定させる為の詠唱も忘れて居ない。発動するのは火球の呪文だ。

 宙を飛んだ炎の玉が、オウルベアの顔面に炸裂する。痛みに顔を背ければ、オウルベアの嘴の一部が割れていた。

 偶然か否か、そこに飛び込んだのがマルトスが稼いだ時間と声掛けで落ち着きを取り戻していたメリエの放った矢である。


 多分狙っての事だろう。割れる事までは想定していなかったにしろ、痛みでオウルベアが口を開くと考えたのだろう。

 キチンと実力を発揮したなら、やはりメリエの弓の腕は高いのだ。

 そして仲間達の攻撃が終わったならば、すかさずセラティスが切り掛かる事でオウルベアに反撃の暇を与えない。

 このチームでのセラティスの役割は攪乱である。素早い動きで的を絞らせず、仲間達の連携の間隙を埋めて行く。

 良い形で連携が出来ていた。この調子で行けるなら戦闘は問題なく終わるだろう。



 そしてその予想通りに、暫く後にオウルベアの身体は地に沈む。

 最後の死に物狂いの反撃で、勢いを受け損ねたマルトスが傷を負ったが、それも重傷には程遠い。


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