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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
16歳の章
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奇術を使う暗殺者2


 敵は有能な暗殺者だ。攻撃の正体が読めない以上、僕は相手をそう評価するしかない。

 そんな相手が僕の命を狙っている。狙われる心当たりは幾つかあった。

 共和国も、旧貴族派も、きっと僕を排除したいだろう。個人的に僕を恨んでる人間だって居ないとはとても言えない。

 僕が普通の生き方をしていたなら、この襲い来る死を理不尽だと罵る権利もあっただろう。


 でも此れは僕の生き方が招いた事だ。以前は冒険者として生死は自己責任の世界に居たし、今もとても厄介な世界に望んで住んでる。

 もし此処で命を落としたとしても、僕に誰かを恨む権利なんてないと思う。

 でも、それでも僕はこんな所で死んでやる訳には行かないのだ。死ねない理由、死にたくない理由は山ほどある。

 パトリーシャの授業は未だ途中だ。中途半端では投げ出せない。

 セラティスからは父の形見の長剣を預かったままなのだ。一人前になった彼女にそれを返すのは、多少一方的な経緯があったけど約束である。


 一方的な約束と言えばフルフレアも忘れてはいけない。彼女がエルフとしての成人を迎えるまで、後90年程は何かあった時に助けに行くと決めていた。

 そして他にも旧市街の教会に併設された学校に、今度獣人のクラシャも通うらしい。一度見に来てほしいと言われているのだ。

 エレクシアさんだって次の開発するゴーレムで僕を驚かすと言っていたし、バナームさんには教わりたい事がまだまだある。

 それに何よりも、僕は未だ成してない。アイツがいずれ成し遂げるであろう冒険譚に匹敵する何かを、僕は宮廷魔術師として成さねばならない。

 何時かそれを語り合うのがアイツとの約束だ。それを果たせないなら僕にアイツの親友たる資格なんてないのだ。



 故にこの暗殺者とは確実に此処で決着をつける必要がある。撤退しないのであれば寧ろ好都合と言う物だ。

 それはこの暗殺者だけを問題としている訳じゃ無い。

 送り込んだ側にもわからせる必要がある。この程度の暗殺者では僕に送り込んでも損耗するだけだと言う事を。


 捕まえて背後関係を吐かせれればそれが一番だが、そこまでを望めなくともこの場で完全勝利するだけでも充分に意味がある。

 何故なら暗殺者も無料じゃないのだ。それなりの腕を持つ暗殺者ならばその価格は決して低くない。

 仮に手元で育てているなら、その育成には大量の投資が必要だろう。

 或いは金を出して雇っているのだとしたら、誰にも知られずにそれを行う為にはもっと大きな金が必要になる筈だ。



 相手の攻撃の合間を縫って撃ち込んだスタンボルトを、眼前の人物は宙を滑る様に、或いは糸で人形を無理やり引っ張られる様な挙動で不自然に避ける。

 僕の口の端が少しつり上がった。相手の事が少しだけ判ったからだ。

 やはり本当の暗殺者は別のどこかに居て、でもその暗殺者とあの人は何かで繋がっている。

 念動の魔術の様に相手を完全に掴んで動かしてる訳じゃ無いだろう。だったらあんな引っ張るような動きにはなりようが無い。


 一歩だが前進した。だがそれを喜んでばかりもいられない。ドグラとて決して無敵と言う訳では無いのだ。

 次々に行こう。再びスタンボルトと、そして相手が回避するであろう方向を狙って氷結の術を刻んだ魔石を放り投げる。

 スタンボルトを避けた人物は、目論み通りの方向へと移動したが、けれど魔石はぶつかる前に真っ二つに裂けて割れた。いや、斬られたのだ。

 それを見届け、僕はすかさず詠唱に移った。術式を編み、集中と詠唱でそれを強化しながら、僕は懐から複数の魔石を取り出した。


 あの魔石は何かにぶつかった時点で術が発動する仕組みである。例え剣で斬ろうとしても並の腕では切っ先が触れた時点で、術が発動して凍り付く。

 ならばあの魔石を、術式を発動もさせずに切ったのは剣よりも余程質量の無い、……そうそれこそ糸の様な物だろう。

 先程の回避の挙動、魔石を切り裂いた、そして僕を狙った謎の攻撃、それらが仮に糸によるものならば攻撃の傷跡の薄さと鋭さにも納得は一応行く。

 そんな事が可能だとは俄かには信じがたいが、今は僕の常識との問答よりも暗殺者の撃破が先である。

 種や仕掛けが見えてくれば所詮は奇術の類だ。種も仕掛けも無い神秘、魔術の使い手である僕が負ける道理は然程ない。


 不可視の攻撃が迫る気配に僕は魔石を軽く真上に放り、ドグラがその魔石を盾で叩いた。

 発動した氷結の術式にドグラの盾が凍り付く、迫り来る不可視の攻撃諸共に。

 そしてほぼ同時に、完成した僕の術式が発動する。詠唱と集中によって拡大した氷結の術式が特大の氷の花を咲かせた。操られた人物の周囲の中空に。

 すると悲痛な叫びが聞こえて来たのは、付近の建物の屋根の上からだ。

 ドグラが凍った盾に繋がる糸を掴んで思い切り引っ張ると、悲鳴は更に大きくなって屋根の上から何かが転がり落ちて来る。



 あの糸を操っていたのが魔術具の力なのか技術なのかは判らないが、操作に細かく繊細な動きが必要なのは間違いないと僕は想像した。

 ならばあの糸は術具越しではあっても必ず指や腕と繋がっているだろうと。

 だとしたら操る糸に巨大な氷の重さがいきなり加わればどうなるだろうか。例え糸を切り離せたとしても確実に一瞬の動揺は誘えるだろう。

 その間にドグラに繋がった糸を引っ張らせれば所在の方向位は掴める筈……、との目論見だったのだ。


 まさかそれだけで撃退が可能だとは思わなかったが、見れば暗殺者の腕は非常に可哀想な事になっていた。

 僕は血止めも兼ねて氷結の術で暗殺者の腕を凍らせてから、彼と操られていた誰かの二人にスタンボルトを撃ち込んでドグラに拘束させる。

 操られた犠牲者のフリをした第二の暗殺者、等を防ぐ目的だ。


 幾度かの攻撃を、割とキチンと回避させて居たのが少しばかり気になったので、一応念の為。

 深い溜息が口から洩れた。そのうち騒ぎを聞き付けた警邏が駆けて来るだろう。

 彼等に暗殺者を引き渡す訳には行かないが、取り敢えず大きな魔術の使用に対する弁明はせねばならない。

 僕はドグラを労う様に叩く。この後の処理は些か以上に面倒だと思うけれど、取り敢えず今は生き残れた事を喜ぼう。


 


 本日のお仕事自己評価70点。ぶざまでもいきのびたならごうかくです。


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