表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
16歳の章
63/73

生徒の問題、教師の問題



 パラと、紙の束をめくる音。僕が授業用にと作成した資料を確認しながら、エレクシアさんは少し溜息を吐いた。

「……それで弟子じゃなくて生徒ならってなったのね。貴方がお人好しで面倒事を抱えるのは今更だから別に良いのだけれど」

 エレクシアさんは言葉を選ぶ様に暫し逡巡する。


 資料を机に置き、人差し指をくるくると回しながら何かを迷い、けれど僕の目を見つめてエレクシアさんは口を開く。

「フレッド、貴方って魔術の基礎を教えるのは向いてないと思……、いえ向いてないわ」

 正面から、何故か途中で気遣いを放り捨ててハッキリと告げられた言葉に、僕はやっぱりその通りだったかと肩を落とした。



 僕がエレクシアさんにこの悩みを相談したのは、何時もの様に彼女がお茶に誘ってくれた時だった。

 相談した悩みとは、ある魔術師の少女に対して僕が教師の真似事をする事になった件についてである。

 先日、午後の仕事が休みだった僕が庭園で休んで居た時に、顔だけ見知っていた魔術師の少女に弟子入りを申し込まれたのだ。


 その少女、パトリーシャは駆け出し冒険者のセラティスと時折臨時のチームを組む仲で、彼女が僕を師匠と呼ぶのを見て自分もと思ったらしい。

 だがセラティスから僕への呼び方に関してはあだ名みたいな物だと思ってる。

 なので勘違いだと説明し、僕は未だ弟子等取れる身でない、意思も無い事を説明した。


 しかし其の際にパトリーシャの事情も聴き、伸び悩む彼女に教師の真似事程度ならと約束したのだ。

 実の所、僕は教える事に関して少しばかり自信があった。 

 とある男爵家では家人達に帳簿の付け方を指導したし、国立魔術師養成機関『学園』では臨時講師として色んな事を語ったりもしていたからである。

 どちらもそれなりに好評で分かり易いと言って貰えていたのだから、そりゃ、少しくらい自信を持ってしまっても仕方が無いと思うのだ。



 なのにパトリーシャへの魔術の授業は上手く行かなかった。

 いや最初は上手く行っていたのだが、彼女が理解出来ずに躓いた時にその問題は発覚する。

 僕は何故パトリーシャが其処で躓くのかが理解出来ずに、適切な説明を行えなかったのだ。

 躓いた事に己を責め、僕に見捨てられはしないかと蒼褪める彼女の姿はとても可哀想な物だった。


 御茶休憩を挟む事で一旦切り、休憩後は実戦での魔術を使用するコツを話す事でその日は何とか無事に乗り切りはしたのだ。

 けれども当然授業は一回限りでは無い。次までに僕はパトリーシャに適切に教えれる様になる必要がどうしてもあった。

 ちなみに見捨てる選択肢は勿論存在しない。簡単に投げ出す位なら最初から何かを教えようなんて考えやしない。

 パトリーシャは真剣に今の自分に悩んでて、そんな彼女に少しでも手助けになればと思った気持ちを嘘にしたくないから。

 そして僕に取れる解決手段は頼れる大人、エレクシアさんに泣き付く事だった。



「その娘は亡くなった父親から魔術を学んで、学園みたいな所で正式に学んだわけじゃないのよね?」

 エレクシアさんの言葉に、僕は頷く。

 そう、導き手を失ったパトリーシャは基礎が不完全なままなので、独自に研鑽を積んで上に行く為の素地が無い。

 本来ならば学園に通うのが一番良いのだが、流石に冒険者をしながら卒業を目指せる程あの場所は甘く無いのだ。


 かといって一時的に冒険者をやめるのも金銭的にも心情的にも無理だろう。

「まあ私は事情は別に良いのだけど、兎に角だったらその娘は知識的に偏りがあるわ。教師でもない一人の魔術師が自分なりに教えて、しかも途中で途切れたんですもの」

 はて……、つまり僕はパトリーシャの現状のレベルを見誤っていたと言う事だろうか。

 彼女の知識には波があり、僕はその波の高い部分を見てパトリーシャの知識はこの程度だとアタリを付けた。


 けれど彼女が躓いたのは波の低い部分で、そこはおろか前提条件の知識すら持っていなかったとすれば、僕が何度説明しても理解出来る筈が無いだろう。

 ならば要するに僕がパトリーシャの知識を正確に把握して、足りない所から埋めて行けばこの問題はクリア出来るのだ。

 俄然勢い込む僕に、しかしエレクシアさんは首を横に振る。

「そっちはその娘の問題ね。フレッド、次は貴方よ。……この授業用の資料、そもそもこの量は一回の授業で詰め込める分量じゃないわ」

 資料の束をパンパンと叩き、エレクシアさんは呆れた様に溜息を吐いた。

 え、あれ?



 僕、フレッド・セレンディルは飛び級を繰り返して学園を卒業した。

 別に最短記録保持者では無い。長い学園の歴史には、僕より短い期間で卒業した者が何人か居る。

 宮廷魔術師になったのは記録上最年少らしいが、此方は色んな思惑が重なっての結果なので然程誇れる事でも無い。


 とはいえ、かなりの短期間で学園を卒業したのは事実だ。

 故に研究や開発に関しては兎も角、既存の魔術知識を得る際に躓いた経験はあまりなかった。基礎部分に関しては特にである。

 魔術の知識を得る事は楽しかったし、量も当然のようにこなした。

「だから躓く人が何故躓くか理解出来なくて、こなせる分量も誤解してるのよね。魔術以外なら躓いた事も多いみたいだから教えれるでしょうけど……」

 エレクシアさんの言葉には反論の余地も無い。


 帳簿に関してはバナームさんの足を何度も引っ張りながら教えて貰ったからこそ、他の人に教える事が出来たのだ。

 学園の臨時講師に関しては経験談や冒険者としての知識等を語ってるだけで、理解させる為に教えてはいない。

 少し、凹む。

 けれどエレクシアさんに相談して良かったと思う。


 パトリーシャの抱える問題、僕の抱える問題を理解せずに続けていれば……、もしかしたら潰してしまっていたかも知れない。

 見捨てられまいとパトリーシャは必死になり、僕はそれに応えようと許容量を超えた分量を押し付け続けるなんて、考えたくもない悪循環だ。

 でも問題点が判ったなら、解決は出来る。

 僕が魔術の基礎を教えるのにはあまり向いてない事実は変わらないけれど、自覚が出来たなら少しずつでも改善は可能な筈だから。



「まあ私は横から口だけ出して批判するのってあまり好きじゃないのよ。だから、良いわ。次の授業の時はその娘を此処に連れてきなさい」

 突然のエレクシアさんの申し出に、少し慌てた。

 別に其処までを望んだ訳では無いのだ。エレクシアさんはそんな様子は見せ無いが、研究で忙しいのは知っている。

 こうやって相談の時間を取って貰っただけでも充分過ぎるほど有り難いのだ。


「良いわよ別に。二人掛かりで基礎を教えるなら、お茶を飲んで休憩してるのと然して変わらないわよ。知らない? 私は優秀なの」

 勿論それは知っていた。

 エレクシアさんは僕にとって優秀な先輩で、そして優しい姉のような存在だ。何時も少し甘え過ぎてしまう。

 想像してみればエレクシアさんと二人でパトリーシャを教えるのは少し……、いやとても楽しそうで。

 本当に申し訳なく思いながらも、次の授業を楽しみにしてしまう僕が居る。




 本日のお仕事自己評価45点。まだまだだなあとおもいます。ぱとりーしゃはすごくきょうしゅくしてました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ