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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
16歳の章
62/73

祭りが迫って想う事



 王都には花姫祭りという名前の三日三晩続く祭りがある。

 近隣から年頃の娘達が集まり、花で己を飾り立てて美しさと可憐さを競う催しだ。

 この祭りの間は王都中が華やかに着飾った娘達で溢れ返るが、己に特に自信のある者や推薦を受けた者はコンテストに参加する。


 1日目がお披露目で、2日目がダンスや歌などのアピール。

 1日目と2日目の間に行われる投票で最多票を集めた者が、その年の花姫として3日目に王都中をパレードし、最後に王都の中央教会で女神に祈りを捧げる。

 王都で行われる祭事や神事の中でも最も大きな物の一つだ。

 コンテスト以外にも男性が意中の女性に花を贈っての告白が成功したり、この3日間に造花で飾り立てたドレスを着て結婚すると女神が祝福してくれるとも言われている。


 故にこの時期が近づいて来れば王都中が妙に浮かれた雰囲気になるのだ。

 商店にも花をあしらった商品が目立つ様になるし、何より花屋が本気を出す。

 王都に訪れる旅人が増え、宿が埋まり、食糧や酒の消費が増え、金銭が回る。経済が活性化するのだ。

 大変に素晴らしい事であると僕は思う。

 けれど浮かれる王都の雰囲気とは裏腹に、僕を含めた裏方の目は死んでいた。



 大きな祭りを行い支えるには、当然それ相応の労力が必要だ。

 例えば祭りが始まる前の段階である今でも、王都に入る人が増え、人の心は浮かれている。

 すると詐欺やスリをはじめとした犯罪の被害も増えるのだ。

 なので警邏の兵士は増やさねばならず、彼等の労働量が増え、そして報告書も増える。


 他にもこの王都のイベントで一稼ぎしに来た行商人と、王都の商人の間での揉め事等も多い。

 仲裁や、騒ぎの規模によっては処分を決める仕事は当然僕等の仕事である。

 またこの時期にはあちらこちらの商店街が小さな催し等を繰り返して本番の祭りへの期待度を高めていくのだが、場所等の差配をせねばならない。

 無論裏方の中にも意中の相手が居る者には祭り本番と、その前に準備の為の休日を与える必要もあるのだ。

 この時期の努力次第で人生の伴侶が決まるかも知れないのだから。


 あまりの忙しさに遠慮しそうになる若年層の背中を押してやるベテラン勢の姿は頼もしさに満ちている。

 思いっきりやせ我慢でも、そうやって背中を押すのが伝統らしい。

 先輩から受けた恩を後輩に返していく、女神の祝福の前に仕事仲間からの実利ある祝福を、と言う事だそうだ。

 でも僕は丁重にお断りして仕事をします。だってそう言う相手いないしね。

 綺麗な人に憧れる事はあるけれど、恋って気持ちはいまだに良く判らない。



 このように裏方はとても忙しい花姫祭りだが、幸いな事にこの手のコンテストに付き物の不正騒ぎはあまりない。

 何せこの祭りは神事であり、王国民は基本的に大地の女神様に対して敬意を持っているので、不正で選ばれて女神の前に立つ事は流石に怖いのだろう。

 他にも強い影響力を持つ者も参加は自粛する傾向がある。具体的に言えば王女や高位貴族の娘等だ。


 例えば王女がコンテストに参加すれば、迷ったらとりあえず王女に投票してしまう者は多いだろう。

 この国の王女達は確かに美人、美少女なのだが、毎年彼女達が選ばれたならコンテストはつまらない催しになってしまう。

 そして彼女達にとっても、選ばれない事が恥となるのだ。そうなればもう誰も得をしない。

 コンテストを義務感としがらみに溢れた物にしない為にも、王女や高位貴族の娘等は参加をはしたないと自粛するのだ。


 とは言うものの彼等も人の子。王都中が浮かれ気味なのに自分達だけ何もしないのも寂しいので、彼等はこの時期に幾つもパーティを開く。

 普段の夜会よりも少し大掛かりで華やかなパーティを。

 王国は豊かなので、過度の浪費で無ければ此れも王家や貴族の富が民へと流れて還元される一環となるので良い事だ。

 何故か僕にも何通かの招待状が来たけれど、見なかった事にしておこう。

 パーティで出される食べ物には興味があるが、その為に堅苦しい礼服を着るのはまっぴらである。

 年若い宮廷魔術師と言う事で見世物にされるのも見えていた。そもそも処理する事が多くて本当に忙しいので時間も捻出しようがない。



 ふと気が付けば、窓から入る光は大分暗くなっていた。もうすぐ完全に日は暮れるだろう。

 随分と書類作業に熱中してしまっていた様で、カップに入れていたお茶も既に冷めてしまっている。

 グイと一息に飲み干すが、当然あまりおいしくは無い。


 さてどうしようか。僕は少し考える。

 このまま作業を続けるならランプに火を入れねばならない。

 本当はランタンよりも光の魔術を使った方が明るいが、魔術を使ってまで書類作業をこなすのは流石に少し嫌である。


 ならいっそ気分転換に少し出ようか。幸い今日の作業はもう終わりが見える程度に片付いていた。

 この時期の仕事は、収穫期の税計算の様に大量にどっさりやってくるのではなく、毎日毎日終わる事無く急いでこなすべき作業が湧いて来るのだ。

 多分全体を把握して仕事の割り振りと段取りをしている僕の補佐官のバナームさんが一番大変なのだと思う。

 本来ならアレは僕がやるべき仕事なのかも知れないが、まだ僕には内務室の全体を仕切って動かすのは無理である。



 外套を身に纏い、火の入ったランタンを二つ。一つを僕の片手に、もう一つをドグラに持たせて城を出る。

 もうすっかり日も落ちたのに、未だ人通りが絶えぬのは近づく花姫祭りへの王都民の期待の表れだろうか。

 少しばかりの肌寒さを感じ、屋台でスープを買い求める。木のマグに入った熱くて、少し煮詰まって味の濃いスープを啜ると体の中に火が灯った様な心地がする。

 味付けはとても大雑把だが、美味しい。少し心が湧き立つのを感じた。

 息を吹きかけ、少し冷ましたスープを一気に飲み干す。汁気が入った事で今更ながらに空腹を覚える。


 そう言えば夕食は未だ取って居なかった。木のマグを屋台に返却し、僕は次の屋台を物色していく。

 今の時期以外なら、食事を取るなら宿屋か食事処を探すべきだろう。

 けれど花姫祭り前で夜も人が出歩く今の時期なら、夜食用に割と重めのメニューを出す屋台を割と見かける事が出来る。


 僕は汁気を零さない様に気を付けながら、肉を包んだパイを頬張った。

 肉もパイ生地もとても美味しく、またボリュームも多い。祭り前で割高になった値段でも充分に満足だ。

 夜の空気の中で美味しい物を食べると、美味しい以上に何だか楽しい。王都の浮かれた空気に僕も感染したのだろうか。

 大きめに頬張り、咀嚼し、ごくりと飲み下す。それだけで何だか祭りに参加してる気分を味わえた。


 そして少し考える。これならまだ城で仕事をしてるであろう人達へのお土産になるのではないかと。

 それなりの量を買えば冷めるのも遅かろうし、この出来なら冷めても温め直せば十分に美味しく食べれる様な気がする。

 よし、買おう。僕は銀貨を支払い、大きめの袋に詰めて貰える様に頼む。

 用意には少し時間がかかるであろうから、その間に僕はもう少しこの辺りを見て回れる寸法だ。



 不意にあちらの方で騒ぎが起こる。喧嘩だろうか?

 折角楽しいのに無粋だなと少し思って、でも考え直す。或いはこれも彼等なりの楽しみ方なのだろうかと。

 何故なら騒ぎを聞きつけ集まってきた野次馬達の顔には不安は浮かんでいないから。

 寧ろ皆どこか楽しそうである。ならまあ良いとしよう。此処で変に出しゃばって仲裁する方が無粋かも知れない。


 どうせ暫くしたら騒ぎを聞き付けた警邏が……、ほら、向こうから駆けて来る。

 野次馬達に声をかけて掻き分け、騒ぎの中心へ向かうその警邏達には見覚えがあった。

 そう言えばこの時期は警邏の手も足りないので、冒険者に手伝いを依頼していたのだ。


 駆け出し冒険者のセラティスに、以前も臨時を組んで居た冒険者三名。

 彼等の頑張る様子に少し頬が緩む。精一杯稼いで、そして彼等も花姫祭りを楽しんで欲しいと思う。

 確かあの冒険者達は神官戦士と弓手の女性が良い感じの仲だった筈なのだ。


 さて、では帰るとしよう。変に残って彼等の邪魔になってもいけない。

 屋台で準備された大量のパイ包みを受け取り、城へと向かう。

 外出はいい気分転換になったらしい。こんな風に皆が楽しんでいるのなら、それを支える忙しさもそんなに悪くないと感じれたのだから。




 本日のお仕事自己評価70点。あしたもいちにちがんばろう。




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― 新着の感想 ―
[一言] 最も大きな物の一つ、って 最も大きな物が一つ以上在ったらそれは、最もではないだろ
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