自由の番犬2
顔馴染の冒険者に礼を言い、金貨を三枚握らせる
彼は王都近辺で活動する冒険者だが、裏の顔は情報屋だ。王都の影、裏社会の組織の一員として情報の売買を担当している。
調べた結果は黒だった。ラケルタ子爵の屋敷に招かれた冒険者達はギルドを通さない直接依頼を受けた様子と。
深いため息が漏れる。何だかんだと覚悟を決めてはいても、出来れば諦めてくれる事を願ってはいたのだ。
けれどあちらが人手を動かして強硬手段に出ると言うなら、僕も迅速に動く必要がある。
あちらが確保した実働隊の事は、実は少し知っていた。僕が冒険者をしていた頃に、上に行けずに中位で燻っていたチームの一つだ。
以前は、よく言えば堅実なベテランで、悪く言えばリスクを嫌い安全マージンを取り過ぎている為に成長が出来なかったチームだった。
でもだからって変な吹っ切れ方してこっち方面でリスクを冒す必要はないと思う。
無論僕が知ってるのは1年以上前の彼等だが、先の情報屋から聞いた話でも大きく変化は無いらしい。
とは言えベテランの冒険者ならどんな隠し札を持っていてもおかしくはない。
慎重に、でも大胆に確実に彼等の身柄を押さえよう。身柄を押さえてラケルタ子爵からの依頼であるという証言を引き出してしまえば、それでおおむね決着だ。
ラケルタ子爵が私兵を使わずに冒険者を使ったのは、失敗したとしても自分に累が及ばないようにする為だろう。
しかしあちらは今一認識が薄い様だが、獣人の女性達はエルフに頼まれ国が保護している状態にある。
それを拉致しようとしたと言う証言があれば、それを口実に強引に屋敷に踏み込む事は可能だ。
そして踏み込んでしまえば獣人の女性達の件は別にしても、ラケルタ子爵は今までの行いが発覚して破滅するだろう。その為の手筈は既に整っていた。
夜闇に紛れて教会を目指して近づいて来る三人の冒険者達を、僕は教会の屋根からじっと観察する。
視力を拡大する遠見の術だ。想定通り夜に動いてくれた様で一安心である。
護衛を頼んだ騎士達も夜はどうしてもそちらに割ける人数が最小限になってしまう。
冒険者も騎士と揉めるリスクは冒したくないだろうから、恐らくは一人か二人が陽動し、その間に盗賊あたりが女性の誰かを浚う心算だろう。
だとすれば抱えて運びやすい、幼いクラシャを選ぶ可能性は決して低くない筈。
もしそうでないのなら彼等はリスクを冒した分、他の役得にも預かる心算かも知れない。
ともあれやって来るルートは把握した。僕はドグラに指示を出し、小さく詠唱しながら宙へと踏み出す。風を切って僕の身体を運ぶのは飛行の魔術だ。
この教会へやって来れるルートの全てで、最適な交戦のポイントは定めてある。
旧市街の、決して広くは無い道の真ん中で三人組の冒険者を待ち受けるドグラの姿は、割と不審だ。
勘の良い者ならその姿だけで異常を察して撤退に移るだろう。真っ先にドグラを発見した、夜目の利く盗賊も勘は良い方らしく、仲間達を呼び止め立ち止まっている。
まあ勿論、もう逃がしはしないのだけれど。
そもそもの判断も遅かった。違和感を感じたのなら止まるのではなく、前に出るか後ろに戻るかを即座に決める必要があったのに……。
彼等三人組の構成は戦士が二人に、盗賊が一人だ。
以前は神官や魔術師も加わっていた様だが、何時までも上に行けず燻るチームに見切りをつけた魔術師が抜けた事から彼等の転落は始まったらしい。
仲間に抜けられたショックと、より上から遠ざかったという現実に戦士や盗賊の素行は荒れていく。
最初は神官がそんな彼等を諫めていたが、次第にあまりよろしくない依頼にも手を出し始めた為にチームを去ったそうだ。
しかし彼等の事情はさて置いて、大事なのは彼等に魔法等の手段は無く、今の司令塔は盗賊であると言う現在の事実である。
宙を飛びながら僕は金属製の丸い小盾を両手で支えて構えた。
頭は狙わない。もし頭を狙えば結構な確率で死んでしまうだろうから。
彼等は僕の敵だけど、今回の目標はその身柄を押さえる事だ。殺す事では決してない。
今回の件で死んで貰うのは、ラケルタ子爵の貴族としての立場だけだ。
迫り来るドグラに対して二人の戦士が剣を抜いたその時に、僕は後列に居た盗賊の背中に対して盾での突撃を敢行した。飛行の術の高速で、空から。
吹き飛んで地面を転がった盗賊の姿に、二人の戦士が一瞬呆気にとられる。けれどその一瞬は自分より強者に対して見せてはいけない大きな隙だ。
重量感あるドグラの蹴りが片側の戦士の腹に、鎧に罅を入れながら突き刺さり、哀れな犠牲者は地面を滑り転がって行く。
そして残るは戦士がただ一人。もうそうなっては僕とドグラの2人を相手にしては、戦う事も仲間を回収する事も、自分が一人で逃げる事すら不可能だった。
それは兎も角右腕が痛い。物凄く痛い。これは多分折れている。だって右腕に力が入らない。
戦いは一瞬で決着がついたが、僕は久方ぶりに感じる激烈な痛みに思わず身悶えする。
けれど此処からは時間との勝負だ。今晩中に倒れてる冒険者から証言を取り、明日の午前中にはラケルタ子爵邸に踏み込む必要があるのだから。
腕の骨折では直ぐに死ぬ事は無い。熱が出てくるのも少し後だ。今はこの冒険者達を詰め所に運ばねば。
その後の事だが、結論から言えばラケルタ子爵は失脚して獣人の女性達の身の安全は守られる事になった。
だが決着の付き方は僕の想定とは大きく異なる結末だ。
三名の冒険者による教会への襲撃を未遂に終わらせた翌日、尋問と、何よりも僕の腕の治療に手間取って予定よりも出発が遅れている間に、ラケルタ子爵が別件で告発されたのである。
骨折に対して単に癒しの奇跡を施すと曲がってくっ付く事があるらしく、真っ直ぐに戻してから治癒するのに多少の時間を必要としたのだ。
そしてその間に子爵邸は僕の手が及ばない別の部……、まあ具体的には王都騎士団第三隊によって封鎖されてしまう。
騎士団第三隊と縁が深い宮廷魔術師第三席は『魔導公』クォンタス・パナセラード公爵。つまりは旧貴族派でも最も力を持っていると言って良い人物だ。
何でも、派閥の一員であるラケルタ子爵の不正に気付いたパナセラード公爵が、派閥の自浄として処断にあたったとの事らしい。
確かに僕が子爵邸に踏み込む予定だった事を知らない者の目には、それはパナセラード公爵が貴族としての務めを、派閥の重鎮としての責務を果たしたように見える。
けれど僕から見れば、此れはトカゲの尻尾切りだった。
ラケルタ子爵邸の中には、旧貴族派にとって外部に見られたく無い何かがあったのだ。
それが何かはわからない。第三隊が固める以上は、僕には手の出しようがないのだから。
恐らく僕が子爵邸に踏み込もうとする一連の動きは旧貴族派、パナセラード公爵に注視されていたのだろう。
でなければあの僅かなタイミングで先を越せよう筈が無い。僕とラケルタ子爵の対立は想像以上に目立っていたらしい。
つまり此れは、旧貴族派からの今回の件に対する手打ちの申し込みだ。
あのタイミングを察せれたなら、旧貴族派は本当はラケルタ子爵を庇う事だって出来た筈。
しかしそれでも子爵を足を引っ張る無能な尻尾として切り捨てたのは、僕にこれ以上踏み込む理由を与えない為だろう。
僕が今回動いたのは旧貴族派と喧嘩が目的では無く、獣人の女性達に迫る危険を遠ざけんとしてなのだから。
其処まで読んで先を行かれたのは悔しく、恐ろしいが、確かに僕は目的を果たせた。
幼いクラシャをはじめとする女性達が不安なく日々を過ごせるのなら、それ以上は望まない。
僕と旧貴族派の確執は間違いなく少し深まったけれども。
本日のお仕事自己評価65点。あたまにちがのぼりぎみだったのをはんせいしましょう。うでがとてもいたいです。




