表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
15歳の章
6/73

西方辺境伯領への出張二日目~1


 これまでの人生を振り返ってみれば予想外の出来事にしょっちゅうぶつかっていたのは、そもそもの想定が甘いからか、それとも単純に運が悪いのか、はたまた生き方の問題か。

 何はともあれ僕は突然の事態に対してある程度の慣れがある。故にその時それを目にした時、その場に居た誰よりも早く反応して同行していた護衛達の行動を制止出来た。

 腰の剣に手が届く前に、驚きの声を上げる前に、動きを制した僕の手の合図に、皆がゆっくりと地に伏せる。

 相変わらず護衛の方々の鎧が五月蠅いので音消しの魔術を使っていたのも幸いした。

 これが無ければ確実にあちらに先に気付かれていただろう。今日の調査の目的地であった、コボルトの集落跡地を漁る怪物に。


 その怪物は3つの異形の頭部を持っていた。山羊、獅子、そして竜。そして逞しい獅子の胴体に、皮膜の翼は竜の物だ。更に尻尾は蛇になっている。

 凄く拙い状況だ。見間違えようもなくあれはキマイラである。

 キマイラとは古代遺跡の守護者として配置されていたり、迷宮ダンジョンの階層ボスとして沸いたりする強力な魔獣だ。

 頭の数や種類、胴体やオプションに違いのある幾つものパターンが確認されているキマイラだが、今視界の先に居るのはその中で最も強い全部盛りの其れだった。

 あのタイプって確かランクが高位魔獣に届いた筈……。



 地に伏せた僕達が見つめるその先で、キマイラの前足がコボルト達の住居と思わしき粗末な建築物を叩き潰す。

 理由は判らないけれども、どうやら彼は非常にご立腹らしい。

 クリムト開拓村からこのコボルト集落跡地は森を歩いて数時間の距離しか離れていない。村の安全を考えるならこんな狂暴な高位魔獣を放置出来る道理はなかった。


 しかし問題が一つある。非常にシンプルな問題なのだが、あのキマイラは強いのだ。何も考えずに挑めば簡単に犠牲者が出てしまうくらいには。

 竜の頭は炎のブレスを吐いた筈だし、獅子の頭は人間程度はマルカジリである。他の頭に比べて一見しょぼく見える山羊の頭は、実は一番性質の悪い事に呪いの術を使う。

 翼があるので空も飛ぶし、尾の蛇は猛毒を持っている盛り盛り具合だ。


 それに引き換えこちらの手札には不安がある。弓矢や罠、或いは攪乱に徹してくれる盗賊も居ないし、傷や毒の備えになる司祭も不在だ。

 僕はキマイラを殺し切れるだけの高位の術を持ってはいるが、そのレベルの術ともなると行使にはそれなりの詠唱が必要となる。つまり音消しの魔術を解除しなければならないのだ。

 頭が3つもあって詠唱を聞き逃してくれる事は多分無いだろうし、突っ込んで来るキマイラに齧られる前に術を完成させる自信も無い。

 無詠唱で撃てる一番強い爆破の術では恐らく獅子の顔を潰すのが精一杯だ。竜と山羊の頭は魔法に対する抵抗力が強いので生き残る。

 つまり僕がこの場でキマイラを殺すにはどうしても食い止めてくれる前衛が必要だ。


 では誰が前衛を務めてくれるのか?

 今回この場について来てくれたマルクス辺境伯旗下の護衛は、騎士のクァッサーさんとその部下の方1名である。

 この2人の実力はそこそこ強い。けど少し失礼な言い方になるけど、そこそこ程度の強さでしかない様に思う。

 見る限り部下の方はコボルトの数匹なら十分に倒せる腕だろうし、クァッサーさんはそれこそ中位の魔物、オーガあたりとでも余裕を持って渡り合えるかも知れない。


 しかしあのキマイラは遥かに格が上の相手だ。もし2人があのキマイラを食い止めんとするならば……、恐らく2人分の命を必要とするだろう。

 それはちょっと、いや、かなり困るのだ。

 万一僕が死ねばクァッサーさんやその上司のマルクス辺境伯が困った事になる様に、護衛の2人に死なれても僕の立場は少し悪くなる。僕の後ろ盾となる王家の立場も同様に少しだけ。

 それでなくても一緒にご飯を食べて話した人が死ぬのは嫌だ。出来うる限りは避けたいと思う。


 他には僕が連れて来た護衛、竜牙戦士のドグラがいる。

 正直ドグラに前衛を任せるのが一番無難な手段だとは思う。

 竜の牙を素材に創ったドグラに炎のブレスは然程問題がないし、ゴーレム故に呪いも効果を発揮しない。そしてキマイラとも普通に殴り合えるだけの頑丈さと技を持っている。


 でももしドグラを戦わせたとしても、まるで無傷とはいかないだろう。

 高位魔獣の力と打ち合えば衝撃による細かな歪みが全体に生じるだろうし、万に一つの可能性でも残留した呪いがドグラの術式に変な干渉を起こさないかも気になる。

 すぐさま整備が出来る環境なら些細な問題でしかないけれど、本格的な整備に必要な器具や魔術触媒は王都の部屋に置いてきたし、そもそも出張中の今は時間の遣り繰りに自由が乏しい。

 ドグラは自慢の逸品で僕の子だ。だから本当は常に最高の状態を保ちたい。


 ……けれども流石にクァッサーさんや護衛の方、或いは開拓村の人々の命と僕の我儘を天秤に載せるのは間違っている。

 ドグラは修理が出来るけど、命は失うと高位の司祭でも居ない限り取返しがつかないし。

 高位魔獣との遭遇を想定していなかった僕が甘かったのだろう。もう少し色々と備えておけば悩む必要もなかったのだ。

 備える事は冒険者としての基本である。実戦を離れて僕も少し緩んでいたのかも知れない。

 ああ、でも、こんな時アイツが居れば良いのにと、ふと思う。使い減りのしない、どんな窮地でも笑って切り抜けるアイツが。


 僕の合図にドグラが立ち上がる。僕の自慢の竜牙戦士。その背中は頼りがいに満ちていて、僕は気持ちを切り替えた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ