午後の庭園2
「あ、師匠さんだ。こんにちはー、カーロ君もこんにちは」
聞こえてきた声に再び顔を上げれば、三人組の冒険者と思わしき男女が居る。
彼等の事は直ぐに判った。以前、王都から然程遠くない村でのゴブリン退治に、セラティスと共に臨時チームを組んでやって来た冒険者達だ。
声をかけて来たのは弓使いの女性で、アーチャーとしてだけでなく盗賊の役割も果たしていた筈。
まあ盗賊としての腕はまだまだこれからと言った具合だが、弓の腕は下位ランク冒険者にしては頭一つ抜けている感じだった。
隣の男性は神官戦士だ。盾の扱いが巧みだったが、逆に自分から攻撃する事は苦手としている。
決して悪いとは言わないが、セラティス曰く性格的にも受け身過ぎるらしく、それで伸び悩んでいるとの話だった。あと弓使いの女性と良い雰囲気らしい。
最後の一人は魔術師の少女だ。彼女は僕より年下だと聞いた。数年前に亡くなった父親が魔術師で、魔術のイロハは親より教わったそうだ。
魔術師と言えば学園出身者が多いので、彼女は結構珍しいパターンである。
しかし何だかさっきから顔は知ってるけど名前を知らない人にばかり良く出会う。
羽ばたき、弓使いの女性の肩に留まったカーロは、彼女に餌をねだっていた。さっきサンドイッチ食べたばかりなのに。
「あの、前から聞きたかったんですけど。何で魔術師の貴方が、戦士のセラティスさんの師匠なんですか?」
食い意地の張ったカーロを生温く眺めていた僕に、魔術師の少女が問いかけて来た。
淡いブルーの髪をショートボブにして眼鏡をかけた、大人しそうだが可愛らしい少女だ。
勿論その答えは僕が聞きたい。僕には剣を教える事は不可能だ。多少の面倒は確かに見てるが、戦士として導く事は出来やしない。
冒険者として生きるコツ程度なら教えられるが、それはあくまで以前冒険者だった先達からのアドバイス程度の者に過ぎないのだ。
なので結局は多分、セラティスから僕への親しみを込めた『あだ名』みたいな物だろうと思う。
同年代位の僕に対して師匠呼びもどうかと思うが、それでも『殲滅』等と呼ばれるよりは嬉しい気がする。
けれどあだ名だろうと言う僕の言葉に、魔術師の少女は納得しなかった。
「じゃ、じゃあ私も、いえ、私を貴方の弟子にして下さい。使い魔が居るなら、導師様ですよね?」
……うん?
あれ、何でどうしてそうなるんだろう。
戸惑う僕に、勢いを増して頼み込んで来る少女を仲間の二人が引き剥がしてくれる。
大人しそうな印象だったが、随分と強く粘られた。其れだけ必死と言う事なのだろうか。
確かに僕は導師となれる資格は持っている。魔術師として高みに上る為に必要だったから。
しかし資格を所持しているのと、本当の意味で資格が有るのは少し違う。
導師になるのなら、責任を持って弟子を導かねばならない。魔術師としての高みに押し上げねばならない。
それはセラティスに対して行っている様なレベルの世話では無い。学園で臨時講師を行っている様な物でも無い。
例えば己の右腕を育てる様な覚悟、例えば親が子を育てる様な愛情、それらが導師には必要なのだ。
僕にそんな覚悟や愛情の持ち合わせは無い。故に僕には本当の意味での資格は無いと思う。
そもそも僕も学園育ちなので導師に導かれた経験なんて無いのだし。
あと庭園でのんびり本を読んでたので説得力に欠けるが、宮廷魔術師は割合に忙しいのだ。
でも同じ魔術師であるのだから、多少の手助け……、教師の真似事程度はしてやれる。
僕に時間と余裕がある時は、それ位なら拒みやしない。縁があって知り合えたのだから。
よくよく話を聞いてみれば、神官戦士の男性と同じく魔術師の少女も伸び悩んでいるのだそうだ。
導き手たる父親を亡くしてから冒険者として腕を磨いてきたそうだが、恐らく基礎が不足しているのだろう。
術式に対する理解が浅ければ、幾ら術を使う事に手慣れても中位以降の難易度の高い魔術は扱えない。
どうやら彼等の中では一つ抜けて腕の良い弓使いの女性に対し、神官戦士の男性も、魔術師の少女も置いて行かれる焦りを感じている様だった。
何度も何度も頭を下げて、去って行く彼等が上手く行けば良いと願う。
相談されれば道を教える位は出来る筈。僕はこれでも冒険者の知り合いが多いのだ。
食後のデザートとするには重たい話で、若干の胃もたれを感じながら空を見上げると、僅かに雲が赤らんで来ている。
そろそろカーロがカァカァ言いだす時間が近い。
一つ大きく伸びをする。ずっと座っていたので背中に若干の痛みを感じた。
もう良い時間だし帰ろうかと本を閉じたその時、小さな人影がこちらに向かって走り寄って来る。
「魔術師のお兄さん!!!」
勢いよく飛びついて来るのを、しゃがみ込んで出迎えて抱き上げた。
腕に当たる、ふかふかとした毛の生えた大きな尻尾の感触が心地よい。
この五歳ほどの小さな少女は栗鼠の獣人、ラタトスク種のクラシャである。抱き上げた感じはエルフの幼子に比べると結構重めだ。
クラシャが走って来た方を見れば、彼女の母親達も此方に向かって歩いて来て居た。
彼女達は皆、共和国で奴隷として捕らえられていたが、今は救いだされてこの王都で暮らしている。
旧市街の教会に、今は学校も併設しているが、身を寄せて居た筈なのだがこんな所でどうしたのだろう。
「カトレア様が少しでも街に馴染める様に、店等を見て回って来なさいと仰って下さって」
僕の疑問に、クラシャの母親が答えてくれた。
成程、とてもシスター・カトレアらしいと配慮だと思う。
店と客と言う関係でなら、まだ人間に警戒心の残る彼女達でも多少はハードルが下がるだろう。
そして買い物や食事等の楽しい思いを積み重ねれば、少しずつこの王都にも馴染んでくれるかも知れない。
どうせ彼女達の生活費は暫くの間は国が持つのだ。そうやって有意義に使ってくれるならとても素晴らしい事だと思う。
「私もね、お菓子かって貰ったの。お兄ちゃんも食べる?」
抱き上げた少女がそう言ってお菓子を差し出して来るが、その魂胆はお見通しだ。
僕が食べれば自分もそのついでに今食べれると思っているのだろう。
「もうすぐ晩御飯の時間だから、今は食べないかなー。クラシャも今は我慢だね」
僕の言葉に、クラシャが頬を膨らませた。ははは、とても可愛らしい。
クラシャを抱き上げたまま、僕は彼女の母親達と共に歩き始めた。もう空は赤く、カーロがカァカァ言いだした。
折角なので送って行こう。僕は兎も角、ドグラが居れば変な輩も絡んでは来ない。
重みを感じながらゆっくり歩く。
今日は中々、そう、中々に良い日だったと僕は思った。
本日のお仕事自己評価50点。ごぜんちゅうはまじめにしごとしたんです。




