午後の庭園1
王都は石造りの町だが、木々が全く無いと言う訳では無い。
殺風景にならぬよう街路樹等には気を使っているし、王都の民へと解放された庭園だって幾つも存在するのだ。
庭園の多くは夜になれば閉鎖されるし、警邏の兵士だってやって来る。
庭園の設置当初は夜も開放していたが、利用者が無認可の路上娼婦とその客ばかりだったり、事件の現場になったりと治安維持上良い事が無かった。
故に一部を除いて夜は閉鎖となったのだ。その夜も開放される一部とは、夜にのみ咲く花等を取り扱った高級庭園である。
こちらは入るのに多少だが入場料を取ったりしているので、無料開放の一般庭園みたいな事にはならない。
まあどのみち僕としては夜の庭園は不気味なのであまり入る気はしないけど。
冒険者としての活動中に夜の森で、或いは墓でゾンビを退治しながら一晩を過ごす事はあったけど、わざわざ王都でそんな夜の過ごし方は選ばない。
だから僕が庭園で過ごす時間は夕方位までだ。
今日の仕事は午前中のみだったので、食堂で作って貰ったお弁当と読みたかった本を手に、僕は庭園のベンチに腰掛ける。
寛ぎたいので僕の肩に留まっていたカーロは、ドグラへと移動して貰った。
最近のカーロは少し重い。多分きっとエサの貰い過ぎである。
散歩途中の一休みか日向ぼっこだろうか、先にベンチで休んでいたご老人に頭を下げて、僕は本のページを開く。
ご老人は僕の傍らに立つドグラを少し訝しげに見ていたが、気にしない事にしたらしい。
受け入れて貰えた事に安堵して、僕は本へと目を落とす。
小腹がすいた気もするが、弁当はもう少し後の楽しみだ。
本とは言っても王都の質屋で偶然見つけた魔術書なので、実際に読んでみるまでは楽しめるかどうか判らない代物だったが、悪くない。
恐らくはとある魔術師が己が人生の集大成として纏め上げた物を、金に困った子孫が見つけて質入れしたと言った所だろうか。
優れた魔術師の子は魔術の才に恵まれやすい等と言った迷信もあるが、実際の所は謎だ。
少なくともこの魔術書を質に入れたであろう子孫にはその才は受け継がれなかったのだろう。
思い入れの問題だけじゃなく、内容的にも魔術師であったならあまり手放そうとは思わない筈の代物だ。
ヴィクトレッド様、王国に改革を齎した宮廷魔術師長の出現以降、魔術師の研究は比較的オープンになり共有されている。
何故なら王国での魔術師の立場が飛躍的に向上したからだ。
成果を発表し、認められれば称賛されるようになった。余禄もふんだんについて来る。
だが改革以前はいざと言う時には頼りになるが普段は関わらない方が良いとか、あるいはもっと単純に戦争用の兵器としてのみ見られたりしていたらしい。
僕にはあまり想像が付かない時代の話だが、それ故に以前の魔術師は自分の手の内を秘匿する者が多かった。
今でも嗜みとして魔術師は己だけの隠し札を何枚かは持つべしとされるのはその時代の名残である。
僕も一応は独自の術を幾つかは持っているが、それでも使う機会は殆ど無い。
やはり使い易いのは良く知られて良く使われる、ある意味で選び磨かれた術の方になってしまう。
話が少し逸れたが、己の手の内を秘匿していた時代の魔術師がその全てを纏め上げた本と言うのは、中々に貴重な物だと言う事だ。
僕には無い発想、全く知らない技法、違う視点からの検証観察。
全てを鵜呑みにはしないし、共感出来ない部分も多少はあるが、それでもこの魔術書は僕を大いに刺激してくれていた。
不意に傍らのドグラが動いたので顔を上げると、此方を眺めていた少女の二人組と目が合った。
はて、誰だろう。
二人とも顔に見覚えはあるのだが、何故か名前が出て来ない。知人でないのは確かだが、でもどこかで確実に見た顔だ。
「あー、先生やっと気づいてくれた。お勉強中ですか?」
先生との呼び名に、漸く彼女達の素性に思い当たる。臨時講師に出向いた魔術師養成機関『学園』の生徒達だ。
名前が出て来ないのも当然だった。だって名前聞いた事が無いんだもの。
僕は学園には時折派遣されるだけの臨時講師に過ぎないので、出欠を取ったり生徒と個人的な関わりを持ったりはしていない。
嬉しそうに寄って来る二人に、僕は膝の上に本を広げて見える様に配置する。
「わー、難しい。何書いてるのかわかんない」
「あ、見て見てこの子先生の使い魔?」
けれど二人は魔術書を一目見ただけで諦めて、顔を見合わせて笑い合う。次に興味が移ったのはカーロらしい。
まあ彼女達は初年度生だった筈なので読めなくて当然だ。寧ろ読めるなら飛び級した方が良い。
初年度生はまだまだ無邪気で可愛らしい。これが五年も学園に在籍していると、進級や卒業に目が血走って来て怖いのだが、其れは未だ未だ先の事。
適当に質問に答えて好奇心を満たしてやれば、彼女達は機嫌良く去って行く。
さて、お弁当を食べよう。
本にも夢中になりすぎたし、その後にはやって来た彼女達の相手もしていた、気づけば随分とお腹が空いている。
食堂で渡された箱を開けば、小さめのサンドイッチが幾つも詰められていた。
此れはとても有り難い。サンドイッチは大きめの方が食べ応えはあるのだが、どうしても手が汚れやすくなってしまう。
その点小さ目のこのサンドイッチなら、本を読みながらでも手を汚さずに食べれるだろう。
数が多めに入っているので、食べ応えもカバーされてる。
水筒を取り出すと、まずは一口のどを潤す。勝手な思い込みかも知れないが、僕は口の中が潤っていた方が食べ物の味を良く感じる気がするのだ。
そしてサンドイッチを齧る。ゆっくり咀嚼し、飲み下す。
お日様は暖かく、風はとても優しい。
更なるもう一口で小さなサンドイッチは全て口の中に納まってしまい、暫くの咀嚼の後に飲み込んでから、もう一度水筒の水を口に含む。
恨めし気にカーロが僕を見てる気がしたので、サンドイッチの一つを崩してカーロが食べやすいように箱の蓋の上に置く。
そうして漸く本のページを1枚めくる。時間の流れは穏やかでゆっくりだ。




