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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
16歳の章
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水辺に蠢く首の数3


 冒険者時代の僕に比べ、今の僕は窮地での対処は鈍っていると思う。

 状況判断は昔より出来る様になった。色んな事を知って視野が広くなった気がする。

 戦闘に呪文を用いる腕は、以前も今も然程変わらないだろう。

 何故か定期的に冒険者の真似事の様な任務もこなしているから。


 体力は少し落ちたと思う。やはりデスクワークがきつい日は、身体を動かさずにそのまま寝てしまったりするし。

 魔術の研究は費やした年月の分だけ進むから、その点では成長を実感できる。

 総合してみると、今の僕は冒険者をやっていた頃の様に急成長は遂げていない。

 けれど昔に比べ、僕には今の方が圧倒的に優れた強みが二つだけ存在するのだ。


 

 オークサーバントの群れを砕きながら、怒り狂ったオスヒュドラがこちらにやって来る。正確には釣り出されて来る。

 縄張りを荒らす不埒物を蹴散らすのは、やはり彼の仕事なのだろう。

 水場に石を投げ込んだオークサーバント達を潰すのに夢中になって、その先にある罠にオスヒュドラは気づいて居ない。


 そこは水場から少し離れた、開けた場所だ。地面に描かれた雷撃の魔法陣を踏んだオスヒュドラの動きが一瞬止まる。

 痺れはしていない。抵抗された。しかしそれは想定済みだ。

 そんなに容易い魔物じゃない事ははなから承知の上である。

 もっと大きく開けた平地であるなら殺し切るだけの魔法陣も準備出来たが、こんな場所ではそれも望めない。


 けれど其れでもそこは既に殺しの間なのだ。一瞬の停止があれば今回は十分だ。

「放て!」

 キャッサの合図に返しの付いた投げ槍が一斉にオスヒュドラの身体に突き刺さる。

 如何に再生能力があろうとも大きな返しの付いた投げ槍は、そう簡単に体内から押し出されはしない。

 そして投げ槍の尻には太い木と繋がって結ばれている。


 再生能力は確かに傷を塞ぐが、失った血液が戻る訳でない事は魔物研究で解っていた。

 生命力の強い魔物を失血で殺す事は困難でも、血を失えばやはり動きは多少鈍る。返しの付いた投げ槍は、敵を縛ると同時に出血も強い続けてくれるのだ。

 そこにもう一度、今度は僕の唱えた雷撃の魔術を打ち込んだ。

 詠唱と集中で念入りに準備して強化した雷撃の術式は、先程とは違い今度は確実にオスヒュドラの抵抗を打ち破って体に痺れを齎した。


「網! 続けて火!」

 油を染み込ませた投網がオスヒュドラに幾重にも被せられ、次いで射られた火矢が其れに火を付けた。

 苦痛の咆哮を上げながら、首を動かし網を引きちぎって行くオスヒュドラに次に襲い掛かるのは、

「油!」

 油の入った革袋が次々に投擲されて行く。しかしそこで水場の方にもう一つの気配が現れる。

 オスヒュドラの咆哮を聞いたメスヒュドラが、連れ合いを救う為に姿を見せたのだ。……正確には彼女も僕等に釣り出されたのだけれど。


「ドグラ!」

 僕の言葉にドグラがメスヒュドラの前に立ちはだかった。

 此処が正念場であった。もし二匹のヒュドラに合流を許せば囲みは破られ、僕等は大きな被害を被るだろう。

 逆に合流前に一匹を倒してしまえば、危険度は大幅に減少する。

 例えドグラであっても六本首のヒュドラは危険な相手だ。一人で相手をさせるなんて本当はとても嫌なのだけど……。


 けれど毒が効かず、戦士としての実力も飛び抜けた魔導生物であるドグラ以外にヒュドラの足止めが可能な者は居ない。

 ドグラこそが冒険者時代には無かった僕の強みの一つ、今の相棒だ。

「骨野郎なんかに負けてらんない! さあ仕上げにかかるよ!」

 キャッサがそう言い、半数が再び返しの付いた投げ槍を、そしてもう半数が僕が渡した爆破の術式を刻んだ魔石を投げ始める。


 そう、ドグラ以外のもう一つの僕の強みとは、ぶっちゃけて言えば金力だ。

 国と言う財布がある以上、正当な理由さえあれば任務で魔術具を惜しみなく使える。正当な理由さえあれば、準備した魔術具を貯蓄し続けられるのだ。

 有る物を使って、必死の遣り繰りで支出を減らしていた冒険者時代とは大違いである。


 冒険者も高位ともなれば実入りは確かに大きいが、装備や消耗品等の支出も結構凄いのだ。

 昔の僕が見れば費用対効果的に卒倒しそうな浪費をし、オスヒュドラの命を削っていく。

 僕の詠唱も止まらない。ありったけの炎の呪文で、強靭な魔物の生命力を燃やし尽くす。



 やがて、連れ合いを殺された怒りに大暴れをしていたメスヒュドラもその動きを停止する。

「あぁっ、クッソ、手強かったぁ」

 メスヒュドラの身体を何度も突き刺し、完全に死亡を確認したキャッサが思わず地面に座り込む。

 けれどその表情は晴れやかで嬉し気だ。強敵を倒した喜びと、七隊に再起不能の犠牲者が出なかった事に対する喜びだ。

 毒を浴びたり、盾の上から振り回された頭部に弾き飛ばされた者は出たけれど、早めの処置で事なきを得た。


 代わりに僕のドグラは本当にボロボロだ。鎧は壊れ、動きも軋んでいる。ちょっと泣きそうだ。出来るだけ動かさないで、早く帰って修理をしよう。

 もういっそヒュドラの素材で思いっきり強化を図りたい。ドワーフのグロンは手伝ってくれるだろうか。

 今回の作戦は概ね功を奏した。足止め、拘束、炎、爆殺。


 僕の魔術で相手の動きを少しでも止めれれば、七隊の皆が攻撃を加えてくれる。

 最終的には七隊も剣や槍を引き抜いての近接戦闘を強いられる事になったが、その頃には十分に敵の動きは鈍っていたのだ。

 運に助けられた部分もあるとは言え、完全勝利と言えるだろう。本当に良かった。



 水の流れを塞いていた場所を修復すれば、水場から川に大量の水が流れ出していく。

 ヒュドラを水場から引き剥がして戦闘した為、水が毒液に汚染された心配も無い。毒液に汚染された土は袋に詰めて、後で神官に浄化して貰う予定である。

 そして得られた物はまるごと二体分のヒュドラの素材に魔石、……更には幾つかの卵が発見された。


 僕の想像が当たっていたのだ。素材や魔石は僕等の自由にして構わないだろうが、卵は国に提出となる。

 国に所属する調教師、テイマーが孵すのか、それとも何らかの研究に使われるのかは定かでないが、確実なのは七隊にボーナスが支給されるであろう。

 番を殺し卵を奪ったとは言え、魔物に対しての後ろめたさは無い。

 テイマーならぬ僕に魔物と相容れる術は無いし、それよりも七隊の人の喜ぶ顔の方がずっと嬉しく思うのだから。




 本日のお仕事自己評価90点。いいけっかです。すこしずつでもせいちょうを。

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