妖精と休日の過ごし方
「はー、面白かったー。ねー、師匠」
青空の下に出、うんと伸びをして座りっぱなしだった身体をほぐすのは冒険者であるセラティスだ。
誰が師匠かと雑な突っ込みを義理で入れた僕だったが、彼女の言葉には同意である。
確かにさっきまで見ていた劇は面白かった。
そもそもの切っ掛けは、旧市街の教会のシスター・カトレアが譲ってくれた劇場のチケットだ。
劇場で公開中の『ブラウニーの留守番』は、今王都でも評判になってる演目で、チケットも中々に貴重らしいのに。
シスター・カトレアは何時もお世話になっているからと、ペアチケットをくれたのである。
お茶を御馳走になったりカーロが餌をねだったり、何時もお世話になってるのは僕の方なのだが、それはそれとして贈り物は断れない。
だが問題はそれがペアチケットだった事だ。僕に誘う相手が居る風に見えるのだろうか。
貰った相手なのでシスター・カトレアは誘えない。一緒に行きましょうじゃなくて余ってるからとくれたのだから。
真っ先に思いつくのはエレクシアさんだったが、彼女もあんな風に見えて仕事と研究が忙しい筈。
何時ものんびり優雅にお茶をしてる風に見えるのは、時間の作り出し方が上手いからだ。
悩んだ末に諦めて、最終的に思いついたのがセラティスだった。丁度王都に居る所を捕まえる事も出来たし。
何でもちょっと大きめの依頼を無事にこなした直後で、偶然休暇を取ってたそうだ。
そうしてセラティスと共に見たブラウニーの留守番は、噂に違わずとても面白い物だった。
「ブラウニー役の役者の子が可愛かったですね。あんな小さな子でもしっかり演技してて」
お茶を一口飲んで喉を湿らせ、僕は主演の小さな男の子を褒め称えた。
僕等は劇の感想を共有する為に喫茶処にやって来て居る。
面白い劇の話をしながらだと、何だかお茶もより美味しく感じてしまう。
「あの空き巣役の人も凄かったね。よっぽど上手く受けないと怪我しちゃうのに、私にはまだ無理かな」
セラティスの感想はいかにも冒険者といった物だ。
演技もそうだが何気ない身のこなしもきちんと見ていたらしい。しかも『まだ』無理と判断したのなら、おおよそは見て取れたのだろう。
以前に一緒に行動した時よりも、彼女はしっかり成長していた。駆け出しとはもう到底言えないだろう。
ブラウニーの留守番は、裕福で優しい老夫婦の屋敷に住みついたブラウニーが、老夫婦が遠くの息子に会いに行く間の留守を守るお話である。
屋敷に住みつこうとするイタチを説得して追い払ったり、やって来た空き巣を悪戯を駆使して追い返したり。
主役であるブラウニー役の子供の役者が可愛らしい事と、空き巣役のコミカルなやられっぷりで評判を呼んでる劇なのだ。
ブラウニーを題材にした物語は割と定番なのだが、その多くが話の都合で彼等の習性を少し変えて描いてしまっている。
しかし今回のブラウニーの留守番はその辺りを忠実に守っていたのも僕の中では評価が高い。
結局留守番をしていたブラウニーは老夫婦が帰宅しても彼等の前にその姿を見せる事は一切なく、老夫婦もブラウニーが視界の端に映っても目を細めるだけで気づいて居ないふりをする。
老夫婦がブラウニーの存在にとても救われていて、感謝しているにも関わらずだ。
そう考えると、そんな細かい感情表現の出来るあの老夫婦の役者も実は凄いんじゃないだろうか。
「ところで師匠。ブラウニーは可愛かったけど、妖精って結局なんなの?」
飲み干したカップを、名残惜し気に突いていたセラティスが不意に問う。
実に哲学的な質問だった。人が人であるように、妖精は妖精としか言いようがないのだが、まあでもそういう事が聞きたいんじゃないだろう。
少し、考える。彼等を正確に表現するのはとても難しく、言葉を選ぶ必要があった。
「簡単に言えば……、簡単かな? まあ良いです。人に認識出来ない世界の住人がたまたま此方に遊びに来た、みたいな感じでしょうか」
魔術師にも解き明かせぬ神秘は、この世界に幾つもある。
そして僕はその多くは解き明かす必要はない、或いは解き明かしてはいけないと思う。
例えば妖精だが、実は妖精使役の術と言う物が存在する。これは効果の実証がされて記録があり、方法も書籍として残されているのだ。
ただし僕の知る限り使い手はいない。もしかしたら居たのかも知れないが、居たと言う事を認識できない。
この術の使い手は、不意にこの世界から消えてしまうのだと言う。姿形だけでなく、人の記憶からさえも。
妖精使役をしていた者の日記にそう記されていたそうだ。ちなみにその日記の主の事は、家族さえも覚えていなかった。
つい先日までそこで生活していた痕跡があり、日記の内容は確実に其処の一家の一員であると示しているにも拘らず、家族も近所の人達もそれがどんな人物だったかをまるで知らない。
ちょっとした恐怖だと思う。
他にも気に入った子供を連れ去ってしまったりと、妖精と関わって不幸になる話は他にも枚挙にいとまがない。
「冒険者として知っておくべき事としては、ルールを知らない妖精は話しかけられても無視する事と、悪しき妖精は魔物扱いな事でしょうか」
残念ながら冒険者をしていれば妖精と出会ってしまう事もあるだろう。
妖精には独自のルールが存在し、それに従って動いている。もしそのルールを知らずに関われば何が起きるかは想像も出来ない。
彼等は善意で人を不幸に出来る。彼等は善意で人を殺せる。そしてそんな心算は無かったと嘆き悲しんでも、別に反省したりもしない。
全く人の理解が及ぶ存在ではないのだ。
しかしルールを知らない妖精でも、此方が返事をしないで関わろうとしなければ飽きて去ってくれる事が多いのだ。
悪しき妖精には、例えば血まみれ妖精レッドキャップ等が居るが、こいつらは完全に人を殺すのが楽しくて仕方ない連中なので魔物扱いで問題が無い。
寧ろ殺しにかかってくる分には撃退すれば良いだけなので、冒険者にとっては一番対処しやすい類の妖精だ。
「比較的会いやすい妖精はフェアリーですが、羽の粉が霊薬の素材です。あと妖精を捕まえてくれって依頼は受けちゃダメですよ。普通に犯罪です」
僕は妖精を危険だと思うが、全ての人がそう考える訳では無い。
何せ見た目は可愛らしいので、例えばフェアリーを飼いたいと思う人は結構いるそうだ。他にもとある妖精を食らえば不思議な力に目覚めれるとの話もある。
しかし被害を受けた妖精の仲間からの報復が、加害者だけに向くとは限らない。
もし王都の人間の一人が妖精を無残に殺せば、仲間の妖精の手で王都の民の全てが同じ目に合う事も、決して無いとは言えないのだ。
故に妖精の捕獲依頼等を受けた冒険者は、成否に関わらず罪に問われる。
まあそもそもその手の依頼はギルドが仲介しないし、ギルドの仲介が無い個人からの依頼は後ろ暗い物が多いので、あまり受けない方が無難なのだ。
「とまあこんな感じですが、劇を見た後にする話じゃなかったですね……」
劇の余韻も綺麗に吹き飛んでいる。
支払いを済ませて店を後にするが、この後の予定は特になかった。
日が赤らむ夕方になるまではまだまだ時間が残ってる。
「じゃあちょっと買い物に付き合ってよ。筋力ついてきたし軽めの盾を持とうかなって」
劇の後のショッピングで盾とは。しかしそれも悪くは無い。僕等らしいとも言えるだろう。
だったらあそこに連れて行ってみよう。セラティスが頑固で強面なドワーフにどんな反応をするか、少しだけ楽しめそうな予感がする。
今日はのんびり、そんな休日。
本日のお仕事自己評価60点。えすこーととかむりむりです。




