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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
16歳の章
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王国騎士団第七隊



 迫り来る刃が咄嗟に張ったシールド、盾の魔術を砕き散らした。

 魔術付与もされていない単なる鉄の剣で術を破壊されたのは、僕にとって衝撃的だ。

 類稀なる剣才か、日々の血の滲む様な修練の成果か、或いは単に膂力が常人離れしているのか。

 剣の心得の無い僕にはそのどれであるかは判断つかないが、確実なのはこのまま手を打たねば無様にのされてしまうであろう事のみ。


 幸い魔術の盾は一応の役目を果たしてくれて、一手分だけ時を稼いでくれた。

 一歩のみではあるけれど、返しの刃が来る前に下がれる時を。

 何時もの僕であるならば、最善手を爆破の術と判断して叩き込んだだろう。

 例え魔術に抵抗する強い精神の持ち主でも、爆炎が視界を奪い、焼けた空気が判断力を削いでくれる。

 一撃で行動不能に陥れる事が叶わずとも、与えた傷は確実に相手の剣を鈍らせるだろう。


 ……でも今回の此れはそう言うのじゃないのだ。

 かと言って行動を束縛する類の術では、咄嗟に打てる程度の物だと眼前の騎士を止めれる自信はあまりない。

 僕は小さく舌打ちしながら、ローブの袖に仕込んだ魔石を引き抜いて、騎士の足元に投擲する。

 返しの刃で僕を薙ぎ払おうとしていた騎士は、僕の行動に魔石の迎撃を優先するが、しかしそれも想定内だ。


 切っ先が魔石に触れた瞬間、発動した術に剣から騎士の手首までが氷の塊に覆われる。

 魔石に刻んでいたのは意思を込めて投擲すると、ぶつかった衝撃で氷結の術を発動できる術式だ。

 魔力を魔石から吸い上げて術が発動するので僕に負担が無い為、いざという時の備えに仕込んでおいた物である。

 慌てて剣を手放そうとする騎士だが、既に手首までが氷に飲まれて居るのでそれは無駄な行為でしかない。


「勝負ありで良いですか?」

 騎士に杖の先を向けた僕は、威圧を込めてそう問うた。

 それが王国騎士団七隊の皆と、その副隊長の一人であるキャッサ・クリミトとの出会いであった。一年と少し前の出来事である。



「アタイはね、あの時のあれは実は負けてないんじゃないかって思うんだけど、どう?」

 また言ってる。それ以来僕も頻繁に、では無いが時折七隊には差し入れ等を持ってくるようにしていた。

 するとその度にキャッサは自分は負けてないんじゃないかと言い張るのだ。


 でも実は彼女の言葉はそんなに的外れな物では無い。

 あの時雰囲気に呑まれて負けを認めてくれてなければ、片腕を封じたとしても彼女の相手はとても厄介だっただろうから。

 残った手で掴まれでもしたら普通に降参していただろう。


「あの時アンタは後ろに下がって、アタイは前に出た。これって実質的にはアタイの勝ち、百歩譲って引き分けじゃ無い?」

 違うそうじゃない。そこじゃない。

 一々教えるのも面倒なので、僕は深く溜息を吐く。

 そしてこの後の流れも大体決まってるのだ。


「でもアンタもそれだと納得いかないだろうし、やっぱり此処は再戦だね! あ、ちょっとこのデカ骨野郎。毎回毎回アタシの邪魔をするんじゃないよ!」

 どうしてもキャッサは僕と戦って勝ちたいらしい。

 でも僕は勿論嫌なので、ドグラにキャッサの相手をして貰う。

 訓練場まで引っ張り出されたキャッサとドグラの模擬戦が始まった。



 王国騎士団と宮廷魔術師にはある慣習がある。騎士隊の隊の数字と席次が同じ宮廷魔術師は互いに協力を要請し合うといった慣習が。

 だがどうしても国政に大きく食い込んでいる宮廷魔術師は上からの立場になり易い。

 故に騎士隊の中でも荒くれ者や厄介者で構成された第七隊は、挨拶に来た僕に反発したのだ。

 当時15になったばかりで、なまっちょろい魔術師の餓鬼が、俺達に指示を出すのかと。


 新しい宮廷魔術師は冒険者上がりだからこそ、七隊はそう言ったはみ出し者が集まったとの話もあった。

 鬱憤の向かう先が僕だったのはある意味当然なのだろう。

 そして僕は七隊の二人いる副隊長の一人、キャッサと模擬戦をする事になったのだ。ちなみにもう一人の副隊長はその時二日酔いで死んでいた。


 僕の相手にキャッサが選ばれたのには理由がある。

 彼女はあれでも七隊の中では人当りが良い方なのだ。それに剣の腕も隊では隊長に並び、何よりちゃんと加減が出来るのが最大の理由らしい。

 つまり他のメンバーは模擬戦でも加減が出来ないって事なのだが、この隊は本当に大丈夫なんだろうか……。


 当初七隊の騎士達も僕がキャッサに勝つとは夢にも思っておらず、まあ挑戦に応じる気概さえあれば認めてやろうか位の気分だったそうだ。

 それが想定外にキャッサが負けた為、大慌ての彼等は隊長を引っ張り出して来て、僕は隊長のベラドさんとも戦う羽目になってしまう。

 まあペテンの種の尽きた魔術師が、キャッサよりも遥かに状況判断に優れた大人であるベラドさんに勝てよう筈が無く、様々な策は弄したが結局負けた。

 ベラドさんは脳筋揃いの七隊を、剣椀だけで無く知恵で纏め上げる傑物だ。


 なので幸い、七隊では副隊長を下して隊長相手にも粘った僕の評価が割と高い。そして僕も判り易い荒くれ者はそんなに嫌いじゃないし。

 騎士隊の中で一番分かり易く、そして信頼も出来るのはやはりこの七隊だ。

 この前みたいな使者の護衛とか、繊細な任務はとても頼めやしないけど。



 ドグラの盾がキャッサの剣を止めずに流し、僅かに出来た隙に蹴りを叩き込む。

 咄嗟に鎧の厚みと角度で受けたキャッサは、苦痛に顔を顰めながらも動きを止めずにドグラの上段からの打ち込みを剣で何とか受け流す。

 少し驚いた。以前のキャッサならあれは受け切れなかっただろうから。


 そもそもドグラは近接戦士としては物凄く強い。アイツの剣の腕と、魔導生物としての膂力を持っているのだから当然である。

 勿論膂力に関しては模擬戦なので殺さないように絞ってあるが、それでも並の人間に受け止める事が出来る代物じゃない。

 故に受け流すしかないのだが、それを許さぬ剣椀がドグラにはあるのだ。


 そんなドグラと曲がりなりにも打ち合い、模擬戦の形に持ちこめてるキャッサは本当に凄いと思う。

 気づけば随分とギャラリーが増えている。七隊の連中があーだこーだとドグラに挑む順番を決めていた。

 吹っ飛ばされると判った上でも、ドグラに挑みたくなる程キャッサの戦いは彼等に感銘を与えたらしい。


 僕だってそうだ。体がうずく。

 ドグラは暫く解放されそうにないと判断した僕は、訓練場の隅っこで棒振りの練習を始める。

 杖術なんて立派な物じゃない。これは相手を倒す為じゃなく、万一の時に一秒でも、一手でも時を稼ぎ出して術を紡ぐ為の足掻き。

 それに必要なのは体力と、諦めず足掻けるだけの強い気持ち。


 使いこなせるのであれば手札は一枚でも多い方が良い。相手の虚を突けそうな物なら猶更だ。

 僕の棒の振り方が、彼等の武術に比べて拙く無様でも、第七隊の人達はその努力を笑いはしない。ドグラの相手でそんな余裕が無いだけかも知れないが。

 だから僕は只管に棒を振り続ける。ドグラにのされた彼等が高く訓練場に積み上げられるまで。




 本日のお仕事自己評価50点。まだまだです。よくじつきんにくつうでした。



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