西方辺境伯領への出張初日2
「はっはっはっ、食べておられますかな? セレンディル殿」
バシバシと僕の背中を叩く赤ら顔のこのおじさん、えっと名前は何だっけ……。
マルクス辺境伯旗下にある騎士の方で、今回辺境伯から僕につけられた護衛の一番偉い人である、ああそうだ。
「はい、食べてますよ。クァッサーさん」
手に持った骨から肉をかじり取って僕は答える。
何せこのお肉は僕が獲ってきた物ですし。貴方が飲んでる酒も王都から持ってきた差し入れなんです。
うん、焼き加減は良いけど本当はもう少し塩とか欲しい。ただ塩や香辛料は西方ではどうしても高価になるのであまり我儘は言えないだろう。
開拓村にたどり着いた僕が最初に行った事は、村の柵を壊して開拓民を困らせてるという大猪を狩る事だった。
魔物なら兎も角、猪ごときを退治する為に派遣兵士達が村を離れる訳にはいかない。
かといって村人が狩りに出るには人類領となったばかりのこの地の森は孕む危険が大き過ぎる。
そんな状況を聞いた僕は、すぐさま森へと踏み入った。クァッサーさんを含む護衛の人達は困った顔をしていたけれど、そこはうまく押し切った。
彼等の反応を僕が確かめたかったのもある。彼等は護衛であると同時に、あまり余計な事をしないようにとの監視であろうと思うから。
人柄は早めに確かめておきたかった。
僕はマルクス辺境伯領にやって来た異分子だ。
けれどそれなりの立場と役割をもってここに来ており、仮に行方不明にでもなろうものなら彼等もその上司である辺境伯にもそれなりの責任問題が生じてしまう。
しかしそれでも彼等は僕の開拓民の為にとの言葉に納得を示した。
そして部下は上司を映す鏡でもある。
つまりは王都で聞いていたマルクス辺境伯の評判、武辺者ではあるが民を安んじる事に重きを置いた領主であるとの話は、それなりに信頼出来ると判断して良い。
「しかし見事な手並みでしたな。流石は先の魔獣の大暴走で名を上げられた『殲滅』殿、お若いのに大したものだ」
褒めてくれるのは嬉しいが、物騒な二つ名で呼ぶのは本当に勘弁して欲しい。
その二つ名のせいで勝手なイメージを持たれ、実物を見てがっかりされる事も割合に多い。
別に僕が悪い訳じゃないとは思うのだけど、がっかりされるとどうしても少し気分がしょんぼりしてしまう。
それに今回は『殲滅』とか出されるような大した事は本当にしていない。
単に破壊された柵の付近の痕跡、今回は猪の糞だった。に探査の魔法をかけて探し、気配を殺しながら真っ直ぐ向かって油断している猪に眠りの魔法をかけただけだ。
あとはドグラが猪を吊るして血抜きをしてくれたし、村まで運んでもくれたので大体狩りの時間は1時間ほどで済んでいる。
うん、もし万一宮廷魔術師をクビになったら狩人って選択肢もありかも知れない。
ちなみに一番魔力を消耗したのは護衛の方々の鎧の音を消す為に使った魔術だ。それでも全部下位の術しか使ってはいない。
音消しの魔術は発する音は消えるのに外からの音は聞こえると言う、とても便利な魔術である。まあ魔術は大抵どれも使い方次第で便利なものだけど。
そして持ち帰られた猪は村の中央で毛皮を剥がれて丸焼きにされ、急遽開かれる事になった宴の主菜と化していた。
「いや本当にありがたい。このように巨大な猪の毛皮ならマルクス様も大層お喜びになられるでしょう」
上機嫌で杯をあけるクァッサーさんに酒を注ぐ。凄い勢いで飲んでるけど大丈夫かなこの人……。
しかし猪は本当に馬鹿みたいに大きかったので、もしドグラが居なかったら運ぶのには非常に難儀しただろう。
どうもここの森は随分と恵みが豊富らしい。あの猪だけでなく道中で見かけた他の生物も割合にサイズが大きかったし、生えていた薬草には珍しいモノも見かけられた。
近くの山を鉱山として開発する事になっても鉱毒被害には細心の注意を払って貰える様に進言する必要がありそうだ。
「聞いておられますかな? セレンディル殿、セレンディル殿?」
ああ、はい聞いてます。杯が空なんですね。どうぞどうぞ。
本当はこの機会に開拓民とも話をしたいのだけど隣の酔っ払いが離してくれない。
人はよほど相性が悪くなければ暖かい食事を一緒に取ればある程度は打ち解けられる。
ついでにお酒も入ればもう一つ深く打ち解けられると、辺境伯への贈り物とは別に現場で振る舞う為のお酒を用意してくれたのはバナームさんだ。
バナームさんは本当に僕の先生です。でもクァッサーさんにはお酒の効果がちょっと抜群過ぎたらしい。
とはいえ荒くれ者の冒険者に比べたら酔い方にはまだ品がある。
クァッサーさんの部下の人達が凄い申し訳なさそうにこちらを見てるが、開拓民の皆さんは楽しそうなのでまぁ良しとしよう。
こうしてクリムト村での僕の一日目は、それなりに満足できる成果を得て終わる。
本日のお仕事自己評価85点。いいかんじ、あしたもこのちょうしでいきましょう。