国外出張・ドワーフの国へ、後編1
ドワーフの国は山脈の中にある。
山脈を分け入った中と言う意味でなく、山脈をくりぬいた中と言う意味で、山脈の中にあるのだ。
錫、銅、鉄、銀、金、ミスリル、様々な金属を取り扱う彼等は、人が未だ知らぬ金属さえも鍛えて秘蔵してるとさえ言われる。
大地をくりぬいて作られたドワーフの都市は、何と言うか凄かった。
空には天井がある。それも大量の質量を感じさせるずっしりとした天井だ。
空気も地の中である為に重い。そしてそこら中から炉の煙が上がっている。
全てが石で出来ていた。巨大な柱も家も、床も壁も、そして宮殿であろう大きな建物も。
それも積んだ石じゃない。
町の全てが大きな石をくり抜いてその形にしたのであろうと言う、一体感と言うべきか統一感と言うべきか、兎に角口では語れない凄みを感じた。
とても凄いと思う。でも同時に僕はここには住めないとも思うのだ。
此処はドワーフと言う頑健で頑固な彼等だからこそ安らげる場所なのだろう。
僕等は地の上で、母なる大地の優しさを感じて生きている。でも彼等は地の中で、大地の重さと温かさに包まれながら生きているのだ。
さてこの国へやって来た要件であるドワーフ王への謁見は……、正直あんまりよく覚えてない。思い出したくない。
酷い緊張で噛みそうになる僕に向けられたドワーフ達の表情は一見怒ってる風に見えただろうが、実はあれは笑いを噛み殺していたに違いない。
友人のドワーフであるグロンもたまにあんな顔をする。……僕がやらかした時とかに。
髭が生え揃って一人前なドワーフからしたら、僕は子供にしか見えなかったのだろう。多少の失敗も微笑ましく、面白おかしかったのだろう。
なので忘れる事にした。そもそも僕である意味は特に無いのだ。
それなりの立場の人間が使者として、ドワーフ王に贈り物と王国からの言葉を伝えた。これにのみ意味がある。
だから晩餐で何を食べたかも忘れたし、多分噛んでない筈だし、緊張でちょっとお腹痛くなったし、でももう終わったから良いのだ。
後はのんびりお土産を選び、グロンに紹介状を書いて貰った工房を覗いたりして遊んで帰るだけである。
しかし此処で一つ問題があった。ドワーフの国の土産と言えば、どうしても金属加工品のイメージが強い。
金属加工品と言っても武器や防具は重たすぎるので、そうなると必然的にアクセサリーになってしまう。
だが土産とは言え、例えばエレクシアさん、例えばシスター・カトレア、例えばセラティス等の女性にアクセサリーを贈ると言うのは、ちょっと重いのだ。
あ、でもセラティスはナイフで良いや。そう考えたらエレクシアさんもペーパーナイフとかで良い気がする。
シスター・カトレアは……、お茶に香り付けのお酒とかでどうだろうか。
そんな考え事に耽っていた時の事だった。
「すいません、セレンディル様。少し相談に乗って欲しく……」
少しはにかみながら、僕に声をかけて来たのは護衛の王国騎士、五隊の副隊長であるアーロットさんだ。
ハンサムな彼ははにかむ表情すら絵になるが、残念ながら男性の美を愛でる趣味は無いので僕の好感度は上がらない。
別に嫉妬もしないけど、背が高くて格好良いのはちょっと羨ましいなとは思う。
でもこの旅で彼がどれだけ良い人か、信頼できるかは身に染みて判っている。
なので勿論アーロットさんの相談を受ける事は吝かでは無かった。
と言うよりも、男性として敬意を持てる人に相談されるのは実はとてもくすぐったいけど嬉しいのだ。
自然笑顔となって何度もうなずく僕に、しかしアーロットさんは少し言い辛そうに、
「エレクシア様へのお土産を如何すれば良いか迷ってしまって、セレンディル様なら好みを理解してらっしゃると思いましたので」
と頭を下げる。
さて困った。自分の分の土産も悩んだ果ての結論が出たばかりだと言うのに、アーロットさんの分も考えるとなると中々難しい。
そもそもアーロットさんにとってエレクシアさんがどう言う存在なのかでも選ぶ物が変わるのだ。
ドワーフの名工がつくるアクセサリーを贈るのか、それとも酒や食べ物などの消え物を贈るのか。
アーロットさん以外なら、僕は消え物を間違いなく推しただろう。
だってエレクシアさんである。
ちゃんとした人じゃなきゃあの人の隣に立たれるは嫌だ。美人だけど抜けてるから、しっかりした人に支えて欲しい。
そもそもこれ以上貢がれ慣れて欲しくない。だってあの人、貰った物を誰に貰ったかもそんなに覚えていないのだから。
けれどアーロットさんは、とても優しい人だ。弱い優しさじゃなくて、強さも持ってて優しい人だ。
憧れる程に。羨ましい程に。
アーロットさんからの贈り物なら、エレクシアさんもちゃんとした意味で受け取る気が……、多分する。
だから選んで貰う事にした。
「アーロットさん、僕、知り合いのドワーフに紹介状を書いて貰った職人に会いに行く予定なんですけど、ご一緒しませんか? 貴方にその気があるのなら」
これが僕の精一杯。




