国外出張・ドワーフの国へ、前編1
「フレッド・セレンディル七席に本年度のドワーフの国への使者を命じる」
その言葉に、僕は遂にこの時が来たかと覚悟を決めた。
けれどその想いを顔には出さず、僕は背筋を伸ばして胸に手を当てこう告げる。
「謹んでお受けいたします。王家の御為ならばこのセレンディルに否やは御座いません」
王家の名を出し了解の意を告げる僕に、僅かに、けれども確実に不愉快げに眉をひそめた眼前の男はクォンタス・パナセラード公爵。
宮廷魔術師第三席『魔導公』にして、僕の敵である。
僕の故国であり仕える国でもあるこの王国の事を少し語ろう。
王国は古い歴史を持つ国であり、南方を海、西方を遊牧民の国、北西を未踏の未開拓地、北を帝国、そして東を小国家群と共和国に囲まれる。
我が王国はこの大体の国とは現状上手くやっている。食料の輸出国である為に王国と仲良くしたい国は多いのだ。
以前は遊牧民との仲が悪かったが、西方辺境伯がマルクス家になった事で関係が改善した。
帝国は強国だが他との争いに忙しく、また食料を王国からの輸入に頼っている為にこちらに矛先を向けていない。
小国家群との関係は様々だが、過半数との仲は良好だ。特にドワーフの国との仲は非常に良い。
さて最後に残る共和国だけは、我が王国と敵対している。
以前は関係も良好だったが、王国の改革時に大量の貴族があちらに亡命して以降、敵対関係が続いていた。
共和国は貴族達による議会によって統治され、代表は貴族の中から選出されるが王家は存在しない。
亡命貴族達もあちらの国で地位を築いて参政し、我が王国を国王が私物化する、或いは魔術師に乗っ取られた悪の国だと叫び続けているのだ。
さてそんな共和国ではあるけれど、王国内にも親共和国派と言うのが存在する。
勿論表立って共和国が正しいので併合されろとか叫ぶ派閥では無い。
要するに王国でも貴族による議会制で国を動かす事で共和国への歩み寄りを見せ、もう一度彼の国と協調しようと言う派閥なのだ。
簡単に言えば王家を排して貴族達の手で政治がしたいと言う希望を持つ、もっと単純に言い換えてしまえば、改革時に潰されずに残ったしぶとい旧貴族派である。
表立って願望を口にしないだけの分別はまだあるらしいが、その本音は王国の国政に関わるものならば誰もが察していた。
僕はその議会制という政治形態までを否定する気は無い。貴族にも立派な人が沢山いる事をすでに知ってるから。
でも以前の貴族の専横の話や、現在の共和国を知る王国民としては、彼等に実権を与えたいとは思わない。
そして宮廷魔術師にも実はそう言った派閥があるのだ。
尤も自分の研究にしか興味の無い者も多く四、五、六席に関しては無派閥である。
二席はアクの強い宮廷魔術師の抑えでもある王家派。一席はヴィクトレッド様の改革以来の立場を引き継ぐ、本当の意味での宮廷魔術師であり当然王家派だ。
逆に三席『魔導公』クォンタス・パナセラード公爵は旧貴族派の中でもTOPクラスの大物となる。
旧貴族派の宮廷魔術師は彼一人だが、己の研究チームという名目で手足となる多くの人員を抱えており、宮廷魔術師内での発言力も決して低くはない。
ちなみに僕は、ちょっと意外かも知れないが無派閥では無く、王家派に属する。
まず僕は功績を上げた褒賞として王家より宮廷魔術師の立場を賜ったので、自然とそういった配置になるのだ。
僕自身も国王陛下は立派な方だと思うし、現状上手く行ってるのにも関わらずに暗躍して足を引っ張る旧貴族派は好きじゃないので別に不満は無い。
当然只でさえ王家や宮廷魔術師に頭を押さえられている旧貴族派は、新入りの王家派である僕を邪魔に思うだろう。
故に第三席と僕は敵対関係なのだ。
かと言って向こうも此方に迂闊な手出しはして来ない。
仮に中途半端に手を出して、僕が怒りにトチ狂えば手札を全部切って、パナセラード公爵邸を公爵ごと一夜にして灰にする事は十分可能だ。
此れはあちらも同じ事で、例えば立場を全て捨てて僕を殺す事だけに全力を注げば、僕に抗う術はないだろう。
お互いにある一定以上の階位に達した魔術師である為に、捨て身になれば相手を滅せる。勿論それは最終手段ではあるけれど。
今は互いに油断せず、警戒を緩めず、力を蓄え、相手の隙を窺うのみである。
だから今回の任務も多分大きな裏は無い。
せいぜい目障りなのが最近少し名前をよく耳にするようになって来たので難しめの任務を振ってやろう位だと思う。
今回使者として向かう先であるドワーフの国は王国にとってかなり重要な取引相手だ。
万一何らかの事件が起こってドワーフの国との関係に罅が入れば、旧貴族派の財布にも大きな影響が出てしまう。
なので単なる様子見の可能性が高いと判断出来るのだ。決して油断は出来ないけれど。




