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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
15歳の章
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西方辺境伯領への出張初日1


 クリムト村は王都から馬車で西に5日、そこから更に徒歩で3日間程移動した場所にある辺境の開拓村だ。

 そんな王都を遠く離れた西の辺境の地まで何故にこの僕、フレッド・セレンディルが来る羽目になったのか。

 其れにはこの地、マルクス辺境伯領に組み込まれた場所の事情が絡んでいた。



 王国における辺境伯領の役割と言うのは、防衛や或いは領土拡大の為の拠点である。

 例えば他国に攻められた際には辺境伯が中心となって周辺貴族に協力を求めて軍を興し、王都からの援軍が来るまでの防衛を担う。

 例えばその地を縄張りにしている魔物の群れを討伐したり、未踏の地を切り開いて道を作る事で領土を拡大する。


 ちなみに辺境伯が独自に他国に攻め入る事はNGだ。そもそも辺境伯軍のみで他国に攻め入った所で勝ち目は薄い。

 小競り合い程度でも気軽に起こされては流通に多大なダメージがあるし、国の外交政策も滅茶苦茶にされてしまう。

 至極当たり前の事に思えるが、それでも改革以前は勝手に攻め込んで他国の村で略奪をやらかす様な辺境伯も居たらしい。

 具体的にはマルクス辺境伯の前の西方辺境伯だけど。


 まあそんな過去の取り潰された貴族の話は置いといて、このクリムト村の付近もつい最近にマルクス伯率いる軍が大規模なコボルトの群れを追い払って領土に組み込んだものである。

 地域の支配を確固たる物にする為に、木を伐り払って道を開き、開拓民を募って村を造ったのだ。

 コボルトは毛むくじゃらで犬の頭を持った、小柄な人間ほどのサイズの2足歩行種族である。

 彼等を亜人と見るか魔物と見るかは諸説あるが、王国では魔物扱いだ。


 人に危害を及ぼす存在をひっくるめて魔物や魔獣と呼んでいるから別に間違っては無いと思う。

 女性と見れば巣穴に引きずり込まんとするゴブリン程に悪辣では無いけれど、目が合えば襲い掛かってきて身包みを剥ごうとする野盗に等しい存在だ。

 財産を投げ出して逃げればそちらの回収に躍起になるので少数であれば危険度はさほど高くないが、それを拒めば普通に命を奪われもするし。

 あとコボルトを亜人と認める国とはドワーフが取引してくれないと言う噂もある。




 さて話が逸れ気味になったけど、何故僕がこの地に派遣されたのかと言うと、西方辺境伯領に組み込まれたこの土地が如何程の利益を吐き出すかを調べる為だった。

 勿論これはマルクス辺境伯領の領分だ。

 領土を与えられた貴族が独自に有する、領土を治める権利と義務の範疇である。

 本来ならばわざわざ王都がわざわざ嘴を挟む事では無い。のだけれど、問題が一つ存在したのだ。


 それはこの地を支配していた魔物が大規模なコボルトの群れと言う事。

 コボルトにはある謂れがある。それこそがドワーフが彼等を徹底的に忌み嫌う所以でもあるのだが、コボルトは銀を腐らせると言う逸話だ。

 銀を腐らせ腐銀を生む。この腐銀の事をコボルトから名前をとったコバルトと呼ぶが、実際の所は本当に彼等が銀を腐らせているのかは定かでない。

 ちなみに銀は神聖な力を宿しやすくて教会等でも重宝されるが、コバルトは別にそうでもないので、コボルトは教会からも嫌われている。

 僕個人としては銀もコバルトも魔術触媒としては使い道があるのでこの件に関しては中立だ。



 まあ兎に角、こんな謂れがあるくらいにコボルトは金属と縁がある。

 実際彼等の住処の近くの山や洞窟からは鉱物資源が見つかる事が多いのだ。

 小規模な群れの場合は生存競争の結果、やむなくそこに居るしかないのだろうが、大規模な群れの場合は彼等が居たい理由があるからそこで暮らしている。


 つまり今回マルクス辺境伯が追い払った規模程のコボルトの群れならほぼ確実に何らかの鉱物資源が近くに存在する事が期待されるのだ。

 またもし仮にその規模が大きければ、それを全てマルクス辺境伯のポケットに入れてお終いにする訳には行かなくなる。

 鉱山開発の必要があれば、技師と資金を王都から支援する必要があるし、産出される金属の種類と量によっては近隣貴族も巻き込んだ流通、商業圏の発達も見込まれる。

 王都も相応の税を徴収する事になるだろう。

 となれば王都としても人員を派遣して調べる必要が出てくるのは当然だ。

 そして話の規模が大きくなれば、送り込む人間もそれなりに選ぶ必要がある。



 第一に、派遣される人員はある程度の身分が無ければならない。

 最も潤うのが西方辺境伯領であるのは当たり前にしても、命がけで魔物を討伐して切り取った領地を他所の人間が調べに来るのだ。当然面白くはないだろう。

 なので王都もこの件を重視している、辺境伯家を尊重している、と言う姿勢を示す必要がある。

 それに最も容易なのが、身分や役職などの立場を持った者の派遣なのだ。


 第二に、知識が無ければ話にならない。

 これは当然過ぎるほど当然の話で、仕事に行くのにその仕事の知識がなければ何もできないだろう。

 この場合の知識とは判断力も含んだ能力の事だ。

 産出する鉱物資源への知識や、金の流れに対する理解が、下調べとは言えどうしても必要となる。


 第三に、この条件は一番優先順位が最後になるし必須では無いのだが、何らかの事態の際に自衛出来る事が望ましい。

 辺境は王都周辺に比べれば野盗や出没する魔物の数は多い。

 マルクス辺境伯領の治安は騎士団が優秀なので比較的良いと聞くが、道中の全てがそうでは無い。

 更に今は人類が切り取ったとは言え件のクリムト村周辺は最近まで魔物勢力圏内だったのだ。何も起きない保証はないのだ。

 交渉力や礼法もあるには越した事は無いが、其れにはまた専用の人材を別口で用意すれば良い。



 まあつまり、こんな条件を全て満たせるのは宮廷魔術師くらいだった。

 そして宮廷魔術師の中でも最も動かしやすいのが、半年前に入ったばかりの僕である。年齢も15歳で一番年下だ。

 宮廷魔術師の先輩方は西の辺境とかあんまり行きたくないらしい。


 そりゃあそうだろう。自分の研究室がある王都に比べれば、魔術研究の効率が落ちる。

 観光やバカンスに向いた南の辺境伯領、海洋伯領へ行くなら兎も角、西の辺境伯領に楽しいイメージはあまり無い。

 出来れば僕だって行きたくないよ?


 確かに宮廷魔術師である僕ならマルクス辺境伯からも軽く見られたとは考えないだろうし、ある程度の知識もある。

 それにもし判断に迷うならば、王都に使い魔を残す事でバナームさんに質問が出来る。

 距離の問題で接続には物凄く集中力と時間を必要としそうだけど、それでも帰って判断を仰ぐよりは遥かに早いし労力も少ない。

 賊や魔物への対処も冒険者時代に慣れているし、フットワークも軽い方だ。


 数え上げてみれば本当に僕が適任だった。

 結局誰かが行かねばならず、それに僕が向いているとなれば、きっとそれはもう仕方がないのだろう。

 何も全てを僕一人でこなす訳では無い。第一陣として向かう僕の役割は下調べと、継続して人員を派遣するための下地作りだ。

 後に送られるであろう、マルクス辺境伯家と折衝する役割の人と比べれば、僕の負担なんて本当に一部だ。

 うん、何だか気分が少し楽になって来た。


「よーし、お仕事がんばるぞー」

 此処に来ることになった経緯の振り返りを終えて決意を新たにこぶしを振り上げた僕の肩を、まるで慰めるかのように竜牙戦士のドグラが叩く。

 解せぬ。


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