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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
16歳の章
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空の七色


 僕は子供の頃から色んな事を知るのが好きだった。

 そんな僕がある日、見上げた空にかかった虹を見て思ったのだ。

 虹って何で空にかかるの? 虹の麓には何があるの?

 幼少の頃を過ごした僕の家は商いをしていたので、集まっている大人たちに聞いてみた。


 何気ない質問だったのでどんな答えでも僕はきっと満足したのだろうと思うけど、困った事に帰ってきた答えは複数だったのだ。

 海の向こうからの荷物を運んで来てくれる南からくるおじさんは言った。でっかい貝が口を開けて、そこから虹は出ているのだと。

 そしたら麦や果物を卸しに来るお姉さんはそうじゃないと言った。虹の妖精の歌が虹になって空にかかるのだ。だから虹が出てるのは歌い終わるまでの間だけなのだと。


 またいや違うと待ったがかかる。空竜の飛んだ痕が虹なのだ。だから麓にあるのは空竜の巣だと。

 そんな物騒な事があるものか。虹の麓にあるのは女神の足跡だと。

 結局どれかは判らなかったが、大人達はもう僕の事はどうでも良いようであーだこーだと言い合ってたから、


「じゃあ見に行ってみようぜ」

 とアイツの言葉に一つ頷き、行ってみる事にしたた。

 勿論麓に辿り着く前に虹は消えてしまって僕等の冒険は失敗に終わったけれど、それでも何だか少し楽しかった事だけは覚えてる。



 そして今、近場の村の視察に出かけている最中に小雨に降られ、止んだ後に空を見上げたら虹が出ていた。

 今の僕は何故虹が出るのかを知っている。雨上がりなどに水の気が、降り注ぐ光に色を付けているのだと知っている。

「そう言えば、一つ頼み事されてましたね……」

 虹の麓に何があるのか、その答えも僕は知ってるのだ。


 馬車を降りた僕は御者に暫く待つ様に伝え、ドグラにこの場で馬車を守る様に伝える。

 僕がしようとしている事を察したのか、慌てた様にカーロがフードの中へと潜り込んで来た。

 ごめんよカーロ。村には一泊しかしないからって珍しく連れて出たら珍しい出来事に出くわしたのだから、もしかしたら彼は何か持ってるのかも知れない。

 術式を編んで詠唱を口ずさみ、村へ向かう道を外れる。一歩踏み出した先は空中だ。


 流石に雨上がりに道無き道を通る根性の持ち合わせは僕にはない。

 飛行の術は燃費も悪いし、あまり高い場所を飛ぶのは万が一の場合に危険だったり、そもそもドグラを置いていく事になるので普段は滅多に使わないが、急ぐ時くらいは良いだろう。

 僕は空中を踏み台に飛び上がり、その高さを維持して移動を始める。


 今日は運が良い様だ。虹が出たのが視察の道中で無ければ、王都で仕事をしてる最中だったなら、到底間に合わなかった筈だ。

 あまり大きな虹では無い。麓までの距離は遠くないが、消えるまでの猶予もきっとそんなに無いだろう。

 僕はフードの中のカーロを捕まえて落ちない様に胸に抱え直すと、もう少しばかり速度を上げる。



 七色の光が延びる先は森の中。普段ならドグラも連れずに森に入るなんて事はあまりしないが、この時ばかりは大丈夫だ。

 そこには光の気配が満ちている。魔物たちは寄って来ない。

 僕が森に降り立つと、慌てた様に小さな影達が逃げて行く。それが何かの小精霊か、或いは妖精なのかは判らない。

 彼等にとっては僕も魔物と大差が無いのだろうと思うと、少しばかり寂しくはある。


 出来るだけ早く用を済ませ、出来るだけ早く立ち去ろう。此処は彼等の為の場所で、此処が存在できる時間はもう残り僅かだろうから。

 虹を、七色の光の柱を滑り落ちた水が泉となって溜まってる。

 水の気と光の気が混じり合って生まれた雫の泉だ。これは魔水や霊水等と呼ばれる物の中でも最も質が高いとされる七色の雫。

 僕は空から滴り落ちる其れを空の水袋で受け止めた。


 貰い受けるのはこの一袋だけだ。此れは本来隠れてしまった彼等の為の物、それを無理に少しだけ分けて貰っているのだから。

 袋を閉じ、雫の気が抜けぬ様に遮断の術を施す。

 直ぐに出よう。世界には魔術師の知恵を持ってしても解き明かせぬ神秘があり、それを不躾に侵してはならない。


 おっかなびっくり僅かに贈り物をわけて貰ったり、静かに通らせて貰う位が精々なのだ。

 何故なら逆に彼等が大規模に人の世界を侵せば、それは決して僕等にとって好ましい結果にならないだろうから。

 お互いに、交わる時は少しだけ。


「ありがとう、騒がせてごめんなさい」

 頭を下げて、空へと飛び立つ。もう少しで虹は消える。

 あの場所が虹に依って創られた聖域なのか、それとも虹があるから入れる聖域なのか、それすら僕は知らないけれど。



「お待たせしました。急に飛び出て申し訳ありません」

 僕は待ちぼうけていた御者に詫びて馬車へと戻る。

 この七色の雫は貴重な霊薬の素材となる。王都の外へ出る事の多い僕に、もし機会があればと第四席『ドクター』から確保を頼まれていたのだ。

 色々と行き過ぎてて、少し怖いと思う事もあるあの人だけど、人を救おうと言う熱意は紛れも無い本物だ。


 今日の虹はきっと多くの人を救うだろう。幼い頃の疑問の答えを、今の僕は知っている。

 虹の麓に何があり、虹は何の為に空にかかるのかを。




 本日のお仕事自己評価90点。あめあがりのそらって、ちょっとふしぎなきぶんになりますね。




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