下水道とスライム2
カムセル先輩から預かって来たスライムの体組織を取り出し、探査の術をかける。
スライムの増殖機能を調べていたらしいが、逃げ出したスライムの体組織の一部を切り取っててくれて本当に良かった。
これが無ければ王都の下水道を隅から隅まで回らないといけない所だった。
遠くの方に反応が5つ。固まって存在するから徘徊よりも増殖を優先しているのだろう。
今更になるが、スライムとは半液体の不思議な魔物の事である。
一応種類は複数存在するとされるが、取り込んだ物質によって性質が変化してるだけで、取り込んだ物質が抜ければ元通りで一種しか居ないという説もある。
気配が薄く発見し難い。ダンジョンなどで天井などに貼り付いていたスライムに奇襲を受けて半壊したパーティの話などは偶に聞く。
基本的に何でもエサとする様だが、やはり魔物だけあって特に生物を好むらしく、獲物を体内に取り込んで溶かしながらに締め付けや窒息なども狙って来る。
取り込まれると普通の人間はどうする事も出来ず、仲間に火で焼いて貰うか凍らして砕いて貰わねば脱出は叶わない。
一応取り込まれた状態でも気に留めずスライムの核を握り潰しに行くような猛者も居る事は居るが、アレを人間のカテゴリに含めて良いのかどうかは判断に悩む。
多分ドグラも同じ事が出来ると思うが、絶対にさせたくない。
そう、スライムの弱点はその半液体状の体の中に浮かぶ核である。これを壊せばスライムは形を保てず死に至る。
焼いても、凍らして砕いても、結局死ぬのは核の破損によってのみなのだ。
スライムはエサを取り込み質量を増やして巨大化するが、ある一定以上に巨大化するとこの核が分裂し、別の個体として独立するのだ。
分裂前の体組織を対象にした探査の魔術で分裂体も把握できる辺りが、本当に別なのかどうかが凄く疑問であるけれど、一応はこれがスライムの増え方の一つである。
別の増え方は特定条件下での自然発生やダンジョン内での発生だ。
まあ『複製』のカムセル先輩らしい研究対象だが、この下水道の様に取り込める対象が山ほどある状況での増殖速度は考えるだけで恐ろしい。
少しスライムから話は逸れるが、カムセル先輩の特技は劣化模倣と数を増やす事だ。僕から見たあの人はちょっと色々抜けてて尚且つ小物だが、能力は有能である。
例えばあの人は5割以上増した長さの詠唱を必要とするが、左右の手から同じ攻撃魔術を二つ同時に放てるのだ。
此れは本当に高等な技術である。一つずつの術の威力は落ちるが、応用の幅も広い筈。
カムセル先輩戦闘苦手だからあんまり意味ないけれど。
多分以前見た冷蔵の箱の量産とかをこの先輩に任せたら、結構な成果を出してくれる様な気はする。
別にそんなに好きでもないカムセル先輩を持ち上げるのはさて置き、光の魔術でそこらに灯りをつけながら下水道の側道を進む。
汚くはあるが、それでも石造りの立派な下水道は王都の民の生活を支えた年月を感じさせる。
汚れと臭いであまり感慨とか湧かないけど、来たい場所でもないけど、此処は必要な施設なのだ。
問題はやはり臭気や息苦しさで集中力が持って行かれる事か。
下水道は定期的に掃除と管理されているとは言え、スライム以外が潜んで居ない保証もない。油断しても得する事なんて無いのだから、警戒は怠らない方が良い。
「そろそろ近いから、警戒を密にして。万一僕がスライムに取り込まれたら手筈通りに。ためらっちゃダメ。絶対に後で文句とか言わないから」
同行者のセラティスにも再度の注意を呼びかける。
スライムの脅威と対処を力説しすぎたせいだろうか。少しばかり緊張で顔色が悪い。
確かにスライムは発見が困難で、奇襲を受けたり対処を誤れば厄介極まりないのだが、しかし逆に言えば発見が出来て対処さえ誤らなければ問題なく処理できる魔物だ。
こちらの力量は然程関係が無い。焦らず的確に動ければ特殊な事はしなくて大丈夫……、なのだがはじめて相手をするのだから緊張は仕方ないだろう。
出来るだけ遠距離で視認して、僕が先に対処を見せれば続いて動き易いだろう。万一の備えにドグラも居るので、まあ、問題は帰ってからのメンテナンス以外には無い。
「目標の数は5、あ、8に増えてるね。これはラッキーかな」
探査し続けるスライムの反応が増えた。このタイミングで分裂したなら少し有り難い。
分裂前の巨大スライム1匹より、分裂後の2~3匹を相手にした方が発見できてる場合は対処が楽なのだ。未発見の場合は逆だけど。
少し先の汚水の中で、何かが揺れているのが見える。
僕は声を出さずに手を上げてセラティスの動きを制止すると、その汚水の中のスライムを指さした後、用意してきた兵器を投擲した。
その兵器とは水の気が濃い魔物から取れた魔石に、氷結の術式を刻んだ物だ。特定条件を満たせば、魔石の魔力を吸い上げた術式が発動する様に創ってあるのだ。
当然僕のお手製で、魔石と加工代金はカムセル先輩持ちである。
僕はこんな道具を介さずとも氷結の術は使えるが、それでも敢えて使って見せるのはセラティスにも同じ物を渡しているからだ。
どうせ懐は痛まないのである。道具をケチる必要は何一つとして存在しない。
発動した氷結の術に、周囲の汚水ごとスライムが凍り付いた。
けれど駄目だ。周囲の汚水を凍らすのに冷気を奪われ、スライムが芯まで凍っていない。注意深く見れば中の核が揺れている。
「セラティスさん、まだ生きてる。もう一個投げて。直ぐに」
僕が見守る中、セラティスの投擲した魔石から発動した氷結の術が、今度こそスライムを核まで凍らせる。
一度芯まで凍ってしまえば、例え氷が溶けても核は破損して居る為にスライムは形を失う。つまりは死だ。
無論万一に備えて砕いておくがそれも念の為に過ぎず、既にスライムは死んでいる。
「おっけー、良い感じですよ。今ので他のスライムにも気付かれましたね。近寄ってきます。汚水の中、天井、壁、油断せずに」
緊張で顔色の悪かったセラティスの顔にも血の気が戻っている。
一匹処理した事で要領が判ったのだろう。スライムは確かに恐ろしい魔物で警戒すべきだが、過剰に恐れるのも良くは無い。
油断せず、準備して、的確に対処する。他の魔物でも同じ。他の物事でも同じ。
何時も通り、何時も通りに。
そして約数十分後、僕等は無事にスライムの駆除を終える。
とても臭い思いをしたが、報告の際に経費と依頼報酬の請求額を見たカムセル先輩の顔が凄く面白かったので良しとしよう。
凍った核は全て回収し、任務達成の証拠として届けたので、仕事は仕事としてきちんと果たしている。
増殖速度から放置した際の被害の大きさは容易に想像が付くだろうから、金銭だけで済んだ事に感謝して貰いたい。
セラティスと行った豪華な打ち上げも、ちゃんと経費で落ちたのでより楽しめる物だった。
本日のお仕事自己評価80点。いいかんじです。すこしたのまれかたをねにもってました。




