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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
16歳の章
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下水道とスライム1


 王都の建物はレンガ、或いは石造りが多く、道には石畳が敷き詰められている。

 異国からやって来た詩人は、以前この王都を石の都と呼んだらしい。


 けれど王都には地上の道以外にももう一つ、地下の道が存在するのだ。

 下水道と呼ばれるそれは、王国初期に流行した病の対策に、国の総力を上げて作成された。

 多くの労働力を結集し、魔術師も国中から掻き集められたそうだ。


 その時に魔術師を集結した事が後に魔術師養成機関の発足につながったと言うのは、あの学園でも教わる歴史の一つ。

 下水道が作成された目的は生活排水と汚物の処理である。

 人が体から排出する汚物にはどうやら毒性があるらしく、処理を怠れば病や地の汚染を引き起こす。

 小規模なら大地の女神の神官が行う浄化で対処出来るのだが、王都ほどの人口を抱えればそれも難しかったのだ。


 初期は下水道で汚物や排水を王都から少し離れた川の下流へと流していたが、下流域の汚染が問題となった為に100年近い歳月をかけて汚物処理の研究が行われたらしい。

 小さな町や農村では未だに汚物や生活排水の処理は神官頼りだが、力有る貴族が統治する街等ではこのシステムを流用しているところも多い。

 下水道の掃除などは人手不足を駆け出し冒険者等を雇って対処したりもするのだが、給金の割合が駆け出しレベルにしては破格なので意外と依頼の取り合いになるそうだ。

 僕は幸いその仕事のお世話になった事が無いが、松明を持って入ると危険だからと光の魔術具を借りれるらしい。

 少し話が逸れてしまったが、王都の地下には光届かぬもう一つの道があり、そしてその事件は起こってしまった。



「はい? ごめんなさい。ちょっと耳が遠かったみたいです。もう一回お願い出来ます?」

 その話を聞いた時、脳が言葉を理解する事を拒否するという珍しい現象を僕は体験した。

 フリとかじゃなく、あまりにあり得ない事を言われると、本気で脳が理解を拒むのだ。


 そんな僕の言葉に、目の前の男は軽く溜息を吐く。

「私の助手の一人が下水にスライムを逃がしてしまったのだ。問題になると困るので七席、君に処理を頼みたい。この手の仕事が得意なのだろう?」

 眼鏡をクイと持ち上げて言うこの男は宮廷魔術師第六席『複製』のカムセルだ。多分僕は今この人を殴っても許される。


 そもそも僕はこの先輩とあまり仲良くはない。

 元々はあちらが興味を示さなかったので普通に疎遠だったのだが、この人が敵視するエレクシアさんが僕と親しいのでいつしか同じ様に嫌われた。

 まあカムセル先輩は、後から入ったエレクシアさんに席次を抜かされたのでそうなるのも仕方ないと思う。


 うーん、断っても良いのだが、この問題を放置したら後で余計に厄介な事態となってやっぱり僕に対処が振られる気がする。それ位にスライムは拙い。

 時間が経てば汚物や排水を取り込んで巨大化、増殖し、或いは変異すらもするかも知れない。そして下水道とは王都の多くの建物が繋がっているのだ。

 王都中で人々がスライムに襲われる事態にも繋がりかねない。

 そうなってからでは僕が動いて対処をしても、そのスライムを逃がしたという助手の責任はかなり重い物になるだろう。その監督責任もだが。


 捕獲したスライム入れた水槽を水場の近くに置いてたら逃げられたとか、流石に少し間抜け過ぎる。

 逃がしたのが本当に助手なのかどうかはさておいて。

 宮廷魔術師は研究の為のチームを持つ事が許されており、チームに属する助手に対しても国からの給金が支払われる。

 ただし雇い続けるも解雇するも、全てはチームリーダーの宮廷魔術師次第なので、カムセル先輩の様な人物の下だと逆らう事は許されないだろう。


 ちなみにエレクシアさんが助手を持たないのは、研究内容を説明して理解させるのが手間だからだそうだ。

 その割に僕にはやたらと研究内容を語りたがるので困る。僕が研究横取りしたらどうする心算なのだろう。しないけど、しないけど。

 まあ兎に角、この仕事は引き受けよう。早めに処理をした方が圧倒的に楽である。


「わかりました。じゃあ早めに処理しておきます。でも、これは一つ貸しですよ。カムセル先輩」

 この人は僕と合わない人達の中では小物なので別に構いやしないのだ。

 僕を嫌ってはいても、排除しようとまで考える類の人種ではないから。



 やって来ました下水道。

 なんたって王都のどこにでも繋がっているのだから。メンテナンス用の通用口もたくさん存在するのである。

 とは言え勿論こんな仕事を一人で対処なんてやる気が起きる筈もない。

「ひふぉいふぇふふぉ、ふぃふょー」

 何を言ってるかは判らないが、僕を非難してる事は良く判る。

 でも僕は謝らない。だって前に僕と組みたいって言ってた。


「セラティスさん、マスクつけたら?」

 風の刻印を描いた布きれ一枚口に当てて魔力を通すだけでも臭いはだいぶマシになる。

 勿論セラティスの分のマスクにも僕が魔力を通してやった。あんまり感謝はされてないけど。


 仕事を引き受ける事になった僕は、巻き添えを求めて冒険者ギルドに駆け込んだ。

 狙うはベテラン冒険者のチャリクルとキールであった。

 手伝いを雇う依頼料もカムセル先輩持ちなので、難易度に見合わないハイレベルな冒険者を雇ってしまおうと考えたのだが、彼等は既にダンジョンを目指して王都を旅立った後だった。

 その代わりに見つけた生贄が王都に辿り着いていた駆け出し冒険者のセラティスである。


「だって臭いのよー。私の華麗な王都での初冒険が下水道なんてー」

 嘆くセラティスだが、特別指名依頼なので依頼料は非常に高額なのだからそれ位は我慢すべきだと思う。

 高額の依頼料を発生させる為だけに連れて来たとも言うけれど、王都までの旅で手持ちの金も乏しかったそうなのだから寧ろ喜んでくれても良い気がする。


 実際の所、彼女の働きを全く期待していないと言う訳では無い。

 少なくとも危機に対する意識や、こちらの指示通りに動いてくれるであろう事には期待が持てる。

 僕のフォローは必要になるだろうけど、此処で一つ依頼をこなしておけば、今後の彼女の生存率は確実に高くなる筈。

 スライムの厄介さは強さじゃなく、発見のし難さと対処を誤った時の危険度の高さだから。 


 今回の案件の難点は場所だ。この臭いは集中力を阻害するし、何より下水道で火を使うと何故か時折爆発するのだ。

 スライム相手に火が使えないとか、相当の縛りである。ちなみに雷も同じらしく、発火する系の全般が駄目なのだと言う。

 非常に面倒臭い。

 仕方なしの代替案として、今回は氷系の魔術道具を多めに持ち込んで、セラティスにも分け与えている。無論此れも経費で落とす。


「終わったらちゃんと美味しいご飯連れてってよ。師匠、約束だからね」

 師匠呼びは解せないが、面倒事に付き合わせたお礼位は吝かでは無い。

 でも食事処に迷惑だからちゃんとお風呂入って臭い落としてからね……。あとは神官に浄化をかけて貰う手筈になっている。


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