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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
16歳の章
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火花


 真っ赤に熱せられた金属をハンマーが叩き、火花が散るのを見るといつも思う。

 なんで叩いたら金属が強くなるんだろう?

 大体の物は叩けば痛んで脆くなるのに。

 理屈に合わない。理解しがたい。でもそうなるのだ。


 理解出来ない事の多くは不愉快である。順序良く物事を追って来ても、行き成りそこで途絶えるのだ。理不尽で不愉快としか言えない。

 けど理解出来ない事は時に楽しい。未知や理解出来ぬ事がある故に新しい何かに出会うから。

 一点だけから見つめれば判らずに眉根を寄せる事も、視点を変えればその形位は見えて来てなんだか楽しかったりする物なのだ。


 益体も無い事を考えてると、槌を振うドワーフがちらとこちらに視線を寄越した。

 僕は慌てる事なく手を伸ばし、目の前の金属に魔力を流す。

 金属を覆う様にでは無く、染み込む様に、或いは混ぜ込む様に手を動かしながら。

 そうする事十数秒、ドワーフが一つ頷いたので僕は再び傍観者に戻る。

 この鍛冶と言う行為は僕の理解の追いつかない事が山ほどあるし、こちらの道にまで本格的に手を出す余裕はないけれど、僕はこの金属が形を変えて何かに生まれ変わっていく様子を見るのは結構好きだ。



 僕がこのドワーフの鍛冶屋、グロン・ボアースと出会ったのはまだ王立魔術師養成機関『学園』に通っていた頃だ。

 多分もう5年程の付き合いになる。

 当時の僕は飛び級を繰り返して進級した事もあり、周囲は年上ばかりで、尚且つ自分の事で手一杯の人が多かった為に知り合いも作れず途方に暮れていた。

 いや、周囲の環境ばかりが悪かったんじゃない。僕も物怖じばかりして積極的に関わっていけずにいたから。


 今なら判るが年下だからと卑下する事なく、遠慮は勿論必要だろうが、堂々と接して成すべき事に取り組んで成果を出せばこちらに興味を持ってくれる人は必ず居たはずだ。

 今更悔やむ必要も別にないけれど。

 まあその時、僕は孤独を感じていたのだ。そんな時にこのドワーフと出会った。

 当時の僕が主に熱中していたのは物品への魔術付与である。けど魔術付与の実力に自信がついていくにつれ、不満に思う事が二つ出て来た。


 一つは完成してる物品に魔術付与を施す事は、その物品の完全性を損なう事。

 例を挙げるならば、此処に切れ味と絶妙の重心バランスで取りまわしも良い名剣があるとしよう。

 この名剣に耐久性の向上と、更なる切れ味を齎す魔術を付与する。

 そして一時的な物では無く、その剣が折れて鉄屑になるまで効果を持続させようと思えば剣に直接術式を彫り込まねばならないのだ。

 別に彫金の作業が嫌だった訳じゃない。寧ろその手の作業は得意だし、没頭出来て好きである。


 ただ問題は、そうやって彫金を施して魔術付与を終えた名剣は、単に物凄くよく切れて頑丈な剣になってしまう事だろう。

 要するに完全な品に対して、そのバランスを崩さずに複雑な彫金を行う事が僕には出来なかったのだ。

 そして二つ目の不満は、付与の魔術がその品を覆うような形で施される事。これはもう完全に感覚の問題なのだが、僕はその品と付与魔術をもっと融合させたかった。

 自分が長く身に着けた品に付与する時、術式と言うか魔力が妙に馴染みやすいと感じる事がある。

 この感覚を他の付与魔術の時にもと欲したのだ。



 その不満を解消する為に僕は王都の鍛冶屋を片っ端から回った。鍛冶の教えを乞う為に。

 僕の不満を解消するには、最初から付与術式を彫り込む前提のバランスの物品を、作成の段階から僕の魔力と馴染ませながら完成させれば良いと考えたのだ。

 勿論誰もまともに取り合ってくれなかった。当時の僕は10やそこらの年齢だ。


 ……まあ今同じ事をしてもやっぱり取り合えって貰えないかも知れないけれど。

 そうやって取り合って貰えずに巡った鍛冶屋の一件で、僕はグロン・ボアースに出会う。

 子供だからと馬鹿にせず、僕の言葉に黙って耳を傾け、そしてその直後に激怒したこの頑固で優しいドワーフに。


「じゃあ何かこのクソガキ。お前さんは魔法の勉強の片手間にちょっと齧ったら重心バランスにも気を使わなきゃいけないような名品が作れるってんだな?」

 キレた彼の最初の言葉は今でも覚えてる。正直無茶苦茶怖かった。その硬そうな拳骨かハンマーで殺されるんじゃないかとすら考えた程に。

 でも違った。泣きだしそうになった僕に、グロンは言う。


「その術式とやらはワシには判らん。でも彫金が必要なら其の紙にかけ。バランスもとってやるし、彫金もやってやる。魔力とやらも判らんから、お前さんは暫くそのインゴットを抱いて寝ろ」

 少しでも良い品を作りたいって気持ちは、自分にも共感出来るからと。

 そう言ったグロンの顔は、髭でもじゃもじゃで見えなかったけど、少しだけ微笑んだような気がした。


 僕はそれ以来この鍛冶屋に頻繁に入り浸る。色んな事を教えて貰った。

 彫金の手法や、物に対する目利き、金属の歪みの見方なんかも……、回りくどい教え方で。

 付与魔術に関しても思った以上に上手く行く。何せ彫金が完璧なので彫り込まれた術式の精度も高いのだ。

 何であんなふわっとした説明で完璧に察して細かい調整が出来るのか、経験だって彼は言うけどその辺は本当に理解出来ない。でもそれが嬉しかった。


 金属に魔力を馴染ませる事に関しては、インゴットを抱いて寝るよりも加工中に魔力を注いでやる方が良い事が判明する。

 叩いたハンマーがより魔力を金属に混ぜ込んでくれるとでも言うのだろうか?

 彼と合作を作る事は非常に楽しく、幾つもの作品を共に手掛けた。中には出来が良すぎて逆に世に出しにくいと感じた物さえ出来てしまう。



 そして満足の行った完成品の中でも無難な物を一つ提出した結果、僕は学園では付与魔術に関して右に出る者が居ないとされ、確固たる立場をあの場所の中に築く事が出来たのだ。

 まあ実際にその頃には僕の付与の術の腕も格段に上がっていたし、そもそも付与術、特に永続付与に関しては技術が特殊なので志す者が少なかった事もある。

 でもそれからもずっと、僕はこの鍛冶屋に偶に通う事を止めていない。用がなくても、金属が叩かれて形を変えて行くのを見つめるだけで落ちつけたから。

 グロンが引き受けた注文の品に付与魔術を施したり、僕の魔術研究に彼を突き合わせたりとギブアンドテイクな関係でもあるのだけど。


 溶けた金属に砕いて粉にした魔石を混ぜて、その金属の魔力含有量を増やす実験等はとても楽しかった。

 此処は昔から、僕にとって気兼ねなく居る事の出来る居場所の一つである。

 ハンマーが金属を叩き、火花を散らす。僕はその光景が、とても好きだ。



「おい、あがったぞ。早くしろ。それはお前さんの術をかけて初めて完成するんだからな」

 打ち上がったドグラの為の新しいショートソードは、とても綺麗な色をしていた。




 本日のお仕事自己評価50点。みーてーるーだーけー、です。




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