凍った時の亡霊2
バナームさんに確認したが、屋敷ごと魔法陣で囲んで大規模魔術で消し飛ばす案はダメらしい。
どうせ解体するなら手間も省けて良いアイティアだと思ったのだが、解体位で王都内での大規模な魔術の行使の許可が下りる事は無いそうだ。
こんな時こそ国政に携わっている特権を駆使したい所ではあるけれど、あまり無茶を言ってバナームさんに呆れられると悲しいので諦める。
そんな僕を哀れに思ったのか、調査に行ってる間にバナームさんが件の宮廷魔術師の資料を集めてくれると約束してくれた。
王都の民、それも教会関係者からの願で、元宮廷魔術師まで関わっているのなら正式な案件として取り扱うべきだろうと。
嫌な出来事を前に優しさが心に染みる。仕事の合間にこなす時間外労働では無くなったのだ。
でもそれは早く調査に行ってこいって言われてる気もして、よし、仕方ない。覚悟を決めよう。
普段はついて来たがる癖に、何故か今日は逃げようとしたカーロを引っ掴んで、僕は城を後にする。
歩く事暫く、見えて来るのは大きめの屋敷が立ち並ぶ地域だ。この辺は道も広く、王城からも然程離れて居ない為に城に用事のある金持ちが多く住む。
法服貴族も一部は住んで居るだろうし、地方の貴族が王都に持つ別邸なんかにもこの辺は人気だ。
まあ当然土地の値段も高いのだけれど、やって来た元宮廷魔術師の屋敷は周辺よりも更に一回り大きい物だ。
やはり宮廷魔術師の報酬は破格だなと思う。給料は=評価であり、高い評価を受ける事は嬉しいのだが、果たして自分がその給料に見合った仕事が出来ているのかは、少し悩む。
しかし悩んで時間を潰していてもどうせ調査はしなければならないのだ。ならば少しでも日が高い午前中の間に終わらせた方がマシと言う物だろう。
最初はカーロを突入させて精神を接続する事で、僕自身は内部に入らずに調べようとも思ったが、良く考えたらお化けが出た時に抵抗できないカラスの身体は余計に怖そうなのでやめておいた。
門を前に僕は思う。知っている。これは凄く軋む奴だと。或いは中に入ったら閉まって開かない奴。
そんな演出は要らないのでドグラに門を外させた。脱出路の確保である。
玄関の扉も同様だ。こんな物は要らない。どうせ解体されるのだから今外しておいても同じ筈。
万一この屋敷にブラウニー、家妖精も居たら激怒しそうだが、その場合申し訳なくは思うがでも僕は悪くないと言わせて貰おう。
ブラウニーとは住みついた家でこっそり仕事を手伝ってくれる善なる妖精だ。大事にされている家に憑き、家事の手伝い等をしてくれるらしい。ただし書類の類には落書きをする。
ただし彼等は恥ずかしがり屋なので住人に見られると出て来なくなってしまう。なので彼等にお礼をするには何気にチーズやミルク、或いはビスケット等を部屋の隅に置いておくのだ。
信心深い老人と共に暮らしていたブラウニーが、館の主が亡くなった後に其処を守り続けようとして、外部からの侵入者に悪戯を仕掛ける物語なんかは割と定番だ。
さあ来い、ブラウニー。悪い魔術師のフレッド・セレンディルがやって来たぞ。そして問題解決で僕を家に帰らせてくれ。
僕の願いもむなしくブラウニーは結局姿を見せなかった。当然である。今回の件が霊の仕業である事は断定されているのだから。
それでも人は僅かな希望に縋りたいもの。僕はその気持ちを責めやしない。だって救われたいのは僕だから。
しかしそもそも、一言で霊の仕業と言っても、その類にも種類はある。ゴーストやレイスや、あまり詳しくないけど色々ある筈だ。
僕は魔物や魔獣の種類に関しては図鑑を読み込んでいるので詳しいが、霊の種類の見分けなんて当然つかない。だってその手の資料を見るのも嫌だから。
ちょっと見分けつけれるプロの人呼んできて。本当に、切実に。
踏み込んだ屋敷の中は黴臭い。僕は光の魔法を幾つも放ちながら、屋敷の影を光で埋めていく。
勿論部屋の扉も片っ端から外していく。窓がある部屋はカーテンもフルオープンだ。
これは調査を捗らせるためにしている事だ。
屋敷の中が暗くしてあったのは、カトレアさんの知人である祓魔師が霊を刺激しないように静かな状態に、と指示した結果らしいがこの際知った事では無い。
プロのやり方が例えそうでも、そのプロがどうにも出来なかったからやってくる羽目になったのだ。
正直お化けを退治してくれる人なんて物凄く尊敬できるが、でもそれと此れは話が別だった。
刺激するも何も、どうせ出て来るのなら一緒である。
だったら少しでも有利な状況を作って置きたい。主に僕の心理的に。
僅かに残った調度品、運び出すのが厄介だったのであろう石像なんかは特に念入りに調べておく。
罠は無い。杖で殴っても反応し無い。術式が刻まれてる痕も無い。念の為に触れて魔力を流してみても、変化は無かった。
ゴーレムでもガーゴイルでも無いようだ。此処までやって後で動いたら激怒である。
部屋を虱潰しに調べて行く間に、僕の心は少しずつ平静を取り戻していく。
多分それは未知の場所が既知に変わって行くのが一番大きな理由だろうけれど、僕がこの屋敷の元宮廷魔術師に少し共感を覚えた事も無関係じゃないだろう。
使用人が使っていたであろう部屋は兎も角、それ以外の場所に関しては随所にその人柄の痕跡が残されていた。
魔術師らしいと言えば良いのか、或いは凝り性と言えば良いのか。
例えばエントランスの調度品が長く置かれていただろう床の凹みを線で繋げば綺麗な図形になる。
この図形は風を意味しており、エントランスから屋敷内に新しい風を送って滞りを払うと言う意味で調度品を配置して居たのだろう。
こういう遊び心はとても好きだ。実際にこの位置に調度品を置いていたなら、少し通行には邪魔だっただろうけど。
さて調査もいよいよ大詰めだ。カーロがあからさまに近寄ろうとすると嫌がる部屋があったので、敢えて最後に回していたがそろそろ覚悟を決めて片付けよう。
実際この手の事柄に関しては人よりも鳥や動物の方が圧倒的に勘が働く。
この扉の向こうは、元宮廷魔術師の私室で、そしてその先に彼の研究室がある。まあ出て来るならば間違いなく此処だろう。
あの手のモノは急に出て来るから怖いのだ。出て来ると判ってるなら、僕なら耐えれる。
ドグラが扉を開いた途端、流れ出て来た部屋の空気は異常に冷たい。
見えるようになった室内に……、あぁ、やっぱりだ。
真っ暗な部屋の中に白い人影が浮かんでいた。
―――さ、む、い―――わ、た、さ、な―――
それは真っ白な吐息を吐きながら、ソイツは体を震わせていた。
―――わ、た、し、の―――わ、た、さ、な、い、い、い、い、い―――
そしてそいつはゆっくり両手を広げ、僕が部屋に投げ込んだ爆破の魔法にかき消された。
ドグラが部屋の扉を閉めて、爆風を遮断する。
ふぅ。よし、帰ろう!
そうして僕達は幽霊が出現すると言う屋敷を後にした。
これ以上、僕に現地調査は無理である。この場には一秒たりともいたくない。
もう何となくだが大体は理解した。確かに此れは魔術の絡む案件だろう。
ダッシュで城に帰り、バナームさんが用意してくれた資料を読んだ僕は確信を得る。
偏屈で研究好きな老魔術師は、宮廷魔術師を引退してからも自分の屋敷で研究を続けていた。
その成果として提出されたのが密閉空間に冷気を閉じ込めて物を冷やしておく魔術具だ。
非常に画期的で、もしこれが普及すれば流通に改革が起きただろう代物だが、作成コストがあまりに高すぎた為に結局その試作品しか作られなかった。
普通なら量産化を目指すのだろうが、その元宮廷魔術師は自分の構想を実現できた事に満足してしまい、量産化には興味を示さなかったのだ。
次はもっと巨大な、倉庫全体を冷やせるような仕組みを研究するとの報告が彼が提出した最後の其れである。
才ある魔術師が量産化研究を引き継げば良かったのだろうが、宮廷魔術師クラスは皆自分の研究の方が大事だった為に、その冷蔵技術は死蔵される事になった。
実に勿体ない話である。この話から分かる事は間違いなくその老魔術師はその大型の冷蔵倉庫の研究中に何らかの理由で死んだのだろうと言う事だ。
寒い、自分の研究を渡したくない、あの幽霊はそう言っていた。口から吐いていた白い吐息も彼の現状を指し示す物だろう。
この試作品の冷蔵の箱は冷気を逃さない為に、入り口を締めれば発動する魔術的な密閉が施されている。
つまり老魔術師は、その大型化した冷蔵の箱の中で死んでいるものと思われた。
密閉されている為に其処に魂ごと閉じ込められ、それでも自分の研究を守りたいとの思いから影だけがあそこに現れたのだ。
影を幾ら浄化の光で払おうと、光が消えればまた影は元に戻る。
あの屋敷にそんな密閉空間は存在しなかったので、多分場所は地下だろう。
元宮廷魔術師の私室の、その先の研究室に多分隠し階段か何かがある筈だ。だってあからさまに其処を守っていたから。
此れだけ判れば、後は本職の仕事だ。その件の祓魔師さんに頑張って貰おう。
僕はもうあそこに行きたくないから。ほら、本職の活躍の場をこれ以上奪うのも悪いしね。
でも結果だけは聞かせて欲しい。あの老魔術師の遺した想いの顛末はさておいても、終わったって聞かないと、夜をゆっくり眠れそうにないから。
後日聞いた話によると、例の地下室、冷蔵室には屍蝋と化した老魔術師の遺体が残っていたらしい。
完全な状態で残りすぎて居た為に、魂が体に縛られて、浄化が上手く出来なかったのだろうとの事だった。
湿度と低温、そして密閉と条件が整った結果の非常にレアなケースらしい。僕の推察よりももう少し事実は奇なりだったよう。
でも解決したなら何でも良いです。これで安心して眠れますね。
本日のお仕事自己評価40点。にがてはだれにでもあるんです。にがてなりにはがんばりました。




