表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
16歳の章
30/73

帰還と夢の中の追憶3


「ね、えっ。どこまでっ、はぁ、行くつもりなのっ」

 村の付近を流れていた川の脇を、上流に進む事5時間。息を切らせたセラティスが僕に問う。

 思ったより体力も乏しい、後それは出発前に聞くべき事だと思う。


 僕は心の中で2つ×印をつけながら、でも1つ丸印もつけておく。

 彼女が息を切らし始めたのは大分前だが、それでも此処まで根をあげなかった。

 いざって時に動けない位なら小まめに休んだ方が良いのだけど、まあ経験不足は仕方ないし、根性があるのは良い事だと思う。


「もう少し上流に行った辺りに川熊を目撃した村人が居るそうですのでまず其れを。その後はその近くの森で暴れ猿を狩ろうかと思ってますね」

 僕はセラティスに小休止を告げ、ついでに詳しい目的地を教えておく。

 川熊は魔獣の類だが普通の熊と大差がないのでサイズ次第だが下の中~下の上程度、暴れ猿は一匹なら下の下だが、群れるので厄介さは暴れ猿の方が上だろう。


 素材としては川熊からは薬効のある肝臓と御飯用のお肉を、暴れ猿は尻尾の先を切り裂くと現れる小さな輝石を貰う心算だ。

 他に忘れてはならないのが、暴れ猿が出る森で取れるある木の葉。

 昨日の鶏肉はその木の葉に長時間包む事で肉がしっとり柔らかく、下味も染み込みやすくなってるのだそうだ。宿に渡す分以外にも王都へのお土産としてぜひ欲しい。

 勿論2種の魔獣はどちらもセラティスには荷が重い。と言うより今の彼女に荷の重くない魔物や魔獣はこの辺りには居そうに無かった。


 正直な所、彼女に真っ当に経験を積ませて育てる心算なら、ウサギ、狼、猪、といった通常の動物からステップアップすべきだと思う。

 だけど僕がセラティスに付き合えるのは5日だけだ。

 時間が余れば少しはその辺を一緒にやれるかも知れないが、まずは彼女にちゃんとした冒険者ギルドでの講習を受ける必要性を理解させなきゃならない。

 此れが上から目線の傲慢さや余計なお世話であろうとも、そうせねばセラティスが無事な未来を想像出来ないから。


「川熊って、熊よね? 大丈夫なの……?」

 表情に不安を滲ませセラティスが問う。熊ってつくから熊である。

 図鑑で読んだ事のある洗濯熊みたいな、狂暴だけど見た目はかわいい小動物って例外もいるから名前だけで相手を想像して決めつけるのは危険だったりするけれど。

 川熊は水場に住む狂暴な魔獣の熊だし、暴れ猿も普通よりちょっと大きめで賢くて強いだけの猿だ。


「大丈夫だと思いますけど、約束は出来ません。冒険に不慮の事故は付き物ですから、ベテランでも意外な事で呆気なく死んだりしますし」

 保証のない、想定外にも対応出来てこそ冒険者だ。 

 今は無理でも、最終的には今回の冒険を彼女にも楽しんで貰えたら嬉しいのだけど……。



「クソっ、コノっ! ああっ、もうっ!!」

 暴れ猿を相手に剣を振り回すセラティス。一匹目は運良く斬り伏せられたが……、そう、意外な事に運良くとは言えちゃんと斬れたのである。

 だがそれも続かない。素早い動きの猿相手に空振りを繰り返し、蓄積した疲労からみるみる間に剣速から鋭さが失われていく。

 あまり楽しそうには見えないですね。

 あの感じだと振り方は誰かに教わったのだろう。でも態々身に合わない物の振り方を教える相手が誰かと考えると、多分……。


「ドグラ、セラティスが囲まれそうだからフォローしてあげて。うーん、結構数が多いなあ」

 僕も割と忙しい。正面から来る暴れ猿の顔を杖尻で突いて、怯んだ隙に隣から迫っていたもう一匹にスタンボルトを放つ。

 痺れて倒れた猿の首に蹴りを入れて圧し折り、体勢を整えた正面の相手もスタンボルトで昏倒させた。

 仲間を倒された怒りに震え、次は5匹程が僕に対して一斉に向かって来る。

 仲間想いは結構なのだが、セラティスの様子を見ながら相手を出来るのは2~3匹位までなのでちょっとキャパオーバーだ。


「ちょっと散らすから大きい音出すよ!」

 僕はセラティスに対して注意を呼びかけると、3歩下がって得意魔術を発動する。昏倒した1匹と、迫りくる5匹に対して、無詠唱で放てる爆破の術を。

 轟音が、森の中に響き渡った。



 思わずやってしまった環境破壊に、少し反省する。

 術に驚いた生き残りたちも逃げてしまった。……一時的に。

 振り返って考えてみれば、別に爆破まで使わずとも稲妻の術等で充分だった筈だ。


 疲労からか、セラティスもすっかりへたり込んでしまっている。そろそろ限界が近いのだろうか。

「ねえ、何でこんな事するのよ。君の事よわっちそうなんて言ったのは悪かったわよ。でもこんなの私の実力じゃ足りてないって君ならわかってたんでしょ!」

 うん、どうやら既に限界だったらしい。

 何故と問われればセラティスの死が見える将来で、それを何とか避けたかったからなのだが、でもその言葉は冒険者としての彼女を折る事になる。

 冒険者を諦めさせるならそれでも良いのだけど、僕はセラティスの命も、そして彼女の冒険者としての命も、出来る事なら失わせたくなかった。 


「何でって言われても、セラティスさんが冒険者だって名乗ったから、冒険者として扱ってるだけです」

 此れは建前でもあり、本音でもある。

 僕は今回セラティスに冒険者ならおおよそ誰でも、初心者冒険者でも出来るだろう事しか要求していない。川熊は先手打って僕が処理したし。

 なら何故彼女が折れかけているのか。それは只単にセラティスが初心者冒険者にも満たないからだ。

 多分彼女自身も薄々判ってはいるのだろうけども。


「…………じゃあ私は一体どうすれば良かったのよ。君も私には冒険者なんて無理だから諦めろって言うの」

 何だか泣き出しそうな様子だ。別にそんなことは言わないし、それを言うだけならもっと簡単な手は幾らでもあった。

 まあ泣いて楽になるなら大いに泣いてくれて良いし、ちゃんと後で慰めもするけれど、でも今はちょっと拙い。

 しょげるのはセラティスの事情で、僕はそれをしょうがないとも思うけど、だからと言って魔物はそれに配慮してくれたりはしないのだ。

「どうすれば良かったかは後で話すとして、今は取り敢えずその剣ドグラに預けて? 盗らないし取り上げないって約束するから。ドグラの予備のショートソード受け取って使って」

 周囲に気配が満ちて来ている。さっきの襲撃でこちらに向かって来なかった連中が、ボスを呼んで戻って来たのだろう。

 もし群れのボスがシルバーバックであるなら1匹で川熊と同等程度の力を持つ。


 セラティスに剣の振り方を教えたのは多分彼女の親だろう。冒険者か騎士かは判らないが、子供にねだられてか戯れにか、振り方だけを教えたのだ。

 そしてその後も独りで振っていたんだと思う。彼女の剣を見る限りでは。

 その親がどうしているかは聞かないし、セラティスがどうして冒険者になりたいのかもまあ聞かない。

 こだわりだって想いだって、知らないままに否定しやしないけど。


 でも今はこのショートソードを、身の丈に適した武器を使って貰う。生きる道を、彼女自身が切り開く為に。

「え、わっ、すっごい良い剣。……え、これをくれるの?」

 訳は判らずとも緊迫した空気に指示に従っていたセラティスがいきなりのたまう。

 何言ってるのあげないよ!


 良い剣なのは当たり前だ。ドグラの装備は鎧兜小手盾長剣サブウェポンに至るまで全てドワーフの名工が鍛え抜いた代物ばかりだ。魔術だって付与してある。

 だからあげないよ。あげないってば。そんな目で見てもダメだって。

 どうやら少しは元気が出て来たらしい。じゃあその元気で1つ地獄をこえてみるとしよう。

 そうすれば何かが見えて来る。そうやって答えを見つければ良い。


「馬鹿なこと言ってないで、ほら敵が来たよ」

 ついでに言えばシルバーバックの暴れ猿の毛皮は質が良いので、馬車での座布団にはぜひ欲しいのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ