プロローグ3
「フレッド様、バナームです。本日の決裁済み書類を戴きに参りました」
思いに耽っていた僕は扉の外から聞こえる声とノックに突っ伏していた頭をはね上げる。銀色の髪に付いた癖を慌てて手で撫で付けた。
慌てて居住まいを正して発した「どうぞ」の言葉に、扉を開けて部屋に入って来たのは僕の執政補佐であるバナーム・ニュート氏。
バナームさんはいつも背筋を綺麗に伸ばした壮年の男性で、20年以上も城に勤める叩き上げの内政官だ。
確かニュート家は法服貴族の子爵家で、バナームさんはその家長。
一応名目上は僕の補佐官、つまりは部下だけど、実質的には内政業務における先生だ。
「バナームさん、こちらが本日分の書類です。あとすいません、この旧市街の区画整理申請の案件が不可解なので、少し見て貰って良いですか?」
本来ならば僕よりも、バナームさんが直接処理した方が仕事はスムーズに運ぶ筈。
山の様に積み重なった書類の束を前に焦った風もなく平然と淡々と、けれど物凄い勢いで処理して行くのを何度も見た事がある。
確かに魔術師と言えば知識層の最たるものだ。世間のイメージでも魔術師と言えば頭が良い、何でも聞けば知ってそうといったものだろう。
実際僕も古代語の解読や魔法式を編む事に関してならそれなりの自信を持っている。
けれど全くの専門外でいきなり役立てるかと言えば、当然そんな筈が無い。書類は読めるし数字もわかる……、でもそれだけだ。
この半年で慣れたとは言え、最初は周囲の足を引っ張ってる気しかしなかったし、作業は何時までも終わらないしで自己嫌悪の毎日だった。
けれどバナームさんは面倒くさそうな顔一つせずに失敗の処理に付き合ってくれたし、判断に困る事には常に丁寧なアドバイスをくれる。
僕は彼よりずっと年下で、魔術だけが取り柄の、15歳の若造に過ぎないにも関わらずだ。
「フレッド様は良くやって下さってますよ。それにですね、まだこの国の貴族達は力有る者に頭を押さえておいていただく必要があるのですよ。とても情けない事に、ですけどね」
そう言ってバナームさんが視線を向けるのは、僕が護衛の為に配置しているフルカスタムの竜牙戦士。
幼馴染のアイツの協力で剣技のモーションを完全コピーして書き込んだコアと、竜の牙と骨を素材にしたゴーレムで名前はドグラ。
冒険者時代に溜め込んだ財物と、持てる技術をほぼ全て注ぎ込んで趣味に走った自慢の逸品で、性能には多大な自信がある。そして何より格好良い。
少なくともその辺の兵士や騎士が束になっても敵わない程度の力はあるので、売ってくれと頼まれる事も割と多いが絶対にNOだ。もうこんなの創れるだけの素材と時間がどう頑張っても取れそうにないし……。
とまあドグラの自慢はさて置き、バナームさんがそんな言葉を吐く程度にはまだこの国に内憂は多いのだろう。
嘗ての一部の貴族にとってのみ楽園だった時代が忘れられない輩は確実に存在する。
更に脅威は内にばかりある訳では無い。寧ろ分かり易い脅威は外から今もこの国を注視している筈だ。
故に僕は、
「ありがとうございます。これからもお願いしますね」
そう言ってフレッドさんに返された区画整理申請の書類に取り掛かる。これで最後にはするけれど。
今の状況を魔術師としての僕は少し不本意に思っているし、冒険者だった頃を懐かしくも思う。
でも誰かに、そして故国に自分が必要とされるのは少しだけ嬉しい事だから。
本日のお仕事自己評価50点。ざんねんあとすこしがんばりましょう。ようりょうのよさがたいせつです。