帰還と夢の中の追憶1
王都に帰った僕を一番に迎えてくれたのは、使い魔であるカラスのカーロだった。
長く世話になった馬車を降り、王都の空気を胸いっぱいに吸い込む僕の顔に空から一目散に突っ込んで来たのだ。
どうやらずっと放ったらかしだったので随分とご立腹らしい。でも出来れば頭に止まって髪の毛をクシャクシャにするのは勘弁して欲しいと思う。
王都までの護衛をしてくれたチャリクルとキールの2人と別れ、僕はカーロの機嫌をとりながら王城への道を歩く。
久しぶりに歩く王都は、季節以外は出張に出る前とさほど変わってない風に思う。
出張先である男爵領では毎日何かが変化し続けていたので、田舎であるあちらの方が変化が激しいなんてなんだか不思議な気分だ。
あの大騒ぎも今だけの、激動期の様な物である事は判ってるけれども。
自室に辿り着いて荷物を降ろすと、気持ちも抜けたのだろうか、急に気怠さが肩の辺りから全身に広がって行く。
荷物を置いてカーロを肩から追いやり、旅装のローブを乱暴に脱いでポールハンガーにかけると、そのままベッドに飛び込んだ。
「あ゛~ ~ ~ ~ ~」
疲れた。何だか本当にとても疲れた。
報告書は帰還準備前に送ってあるから良いのだけど、ああ、でも帰還報告はした方が良い。
あとバナームさんとか、内務室の人達とか、エレクシアさんとか、長くあけたし帰って来た挨拶に行かなきゃ、ダメだよねぇ。
でも何だかとても動きたくなかった。
顔をうずめてベッドの匂いを嗅いでも、全然埃っぽくない。ずっと留守にしてたのに、城のメイドさんはちゃんと整えてくれたらしい。
ちゃんと日に干してた布団の匂いだ。お礼、しなきゃ。
……とっても、眠い。
とろとろと疲れに蕩かされながら、僕は帰りの道中を思い出す。帰りの道中で関わる事になったある出来事の事を。
馬車での旅とは言っても辺境から王都までずっと馬車の中に籠りっ放しと言う訳では無い。
夜通し走らせるのは危険だし、馬も疲労で壊れてしまう。
勿論野宿は危険なので、夜には出来うる限り街道沿いの村や町に泊まるのが普通だ。
先に暫く村が無い時と判ってる時等は、まだ昼過ぎ位でもその日は先に進む事を諦める事さえある。
「セレンディル様、今見えて来た村で今日は泊まって良いですかい? 先に大きめの街があるんですが、今日中にたどり着くのは無理なんですわ」
御者からの確認に、僕は勿論OKを出す。
可能ならば町まで行けた方が寝床の質は上がだろうけど、無理をして野宿する羽目になるよりはどんな宿に当たるか判らずとも屋根があるだけマシなのだ。
それに別段急ぐ旅でも無いのだし、出来れば早めに馬車を降りてのんびりしたかったのもある。
チャリクルやキールが如何に人柄が良いとは言え、四六時中馬車の中で顔を突き合わせていたら、やはり話題も尽きるし息も詰まるのだ。
僕がやっと一息つけると気を緩めた時、多分だけど御者も村での宿泊許可に気持ちを緩めてしまったのだろう。不意に馬車が一つ大きく揺れて、その後横に向かって倒れ込んだのだ。
冒険者時代はそれなりに鍛えて居たとは言え、所詮魔術師と言う頭脳労働者の僕はこう言う咄嗟の事態に弱い。
それでも怪我無く乗り切れたのは、間違いなく座席の隣に座っていたドグラが咄嗟に僕を抱えて防御姿勢を取ってくれたからに他ならない。
ベテラン冒険者であるチャリクルやキールはそもそも自分で受け身を取っており、然したるケガもしよう筈がなかった。
けれども御者だけはそうもいかない。
横倒しになった馬車から抜け出して見れば、御者台から投げ出され、地面に倒れて気を失った彼の姿があった。
どうやら馬車は見えにくい岩に乗り上げて、そこで乗り上げた側の車輪が壊れて横転する羽目になったらしい。
馬車を引いていた2頭の馬は横たわってもがいているが、恐らくは無事だろう。足もパッと見折れてない。
「大地の女神の名に於いて、癒されよ」
キールの神聖魔術に御者が流していた血が止まる。
馬を馬車から解放した後、ドグラに命じて馬車を起こさせてみるが、壊れた車輪に折れた車軸ではどうする事も出来やしない。
「ちょっとあの村で助けを呼んで来るわ」
そう言って村へと走るチャリクルの背を見ながら、此れが僕は長い足止めになる事を感じていた。
故障した馬車を村人達と協力して運び、僕等は予定通り村で一泊を過ごす。
正確には僕と、無事に意識を取り戻してから恐縮しっ放しの御者さんはもう数泊する事になるが、チャリクルやキールは明日には馬に乗って先の町へと行って貰う事になったのだ。
何故なら、村には壊れた馬車を修理出来そうな職人が居なかったから。
修理できる人を呼ぶにしても、別の馬車と御者を雇うにしても、いっそ領主辺りから新しい馬車を買い付けるにしても、取り敢えずは先の町でしか調達が出来ない。
必死に謝る御者だけど、僕は夕食の鶏肉を切り分けながら気にしないように伝える。
実際別に良いかと言う気分だったのだ。確かに少しびっくりしたが、痛い思いをしたのは彼だけだったし。
あの事故は仕方が無かった気もする。岩に乗り上げるだけならまあ無くも無い事である。
同時に車輪が壊れたりしたのは想定外の不運だろうが、想定外の出来事に出くわす事には慣れてる僕だし、運が悪いのは誰かって話になるとまあ責める気にもなれないのだ。
あとこの宿の食事が思った以上に美味しかったのが非常に大きい。
ここで数日過ごすのも別に悪くはないだろう。急いで帰ったところで次の仕事が待っているのだろうし、少し休みが降って来たと考えれば良い。
切り分けた鶏肉を口に運び、その味わいに頬を緩める。
そんな時だった。
「ねぇ、貴方達も冒険者なの?」
その少女、初心者冒険者のセラティスが声をかけてきたのは。




