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宮廷魔術師のお仕事日誌  作者: らる鳥
15歳の章
19/73

海洋伯領への出張・海都の薄闇3



「ふぅん、取引国と、それにマーマンかぁ」

 丁寧に書面に纏められていた情報に目を通しながら、宿の一室で僕は溜息を零す。

 当然だが領収書はついてなかった。情報料が経費で落ちるかは、今はちょっと判らない。

 情報は思った以上に詳細に集められていた。やはりこの街の裏の元締めもあのカースドポーションには注視していたのだろう。


 あのポーションの流通には二つのグループが関与していた。

 第一はこの国と取引のある海の向こうの国の一つ、そして第二にマーマンの海賊達だ。

 このうち第二のマーマン達は今回僕が気にする必要はないだろう。これに関しては何時もの事だ。

 マーマンを海の魔物として扱う国も多いが、王国では彼等を亜人と定めている。けれどマーマンはこの王国が大嫌いだ。


 それには王国が主流である大地の女神信仰が関係する。

 大地の女神は大地に住まう人々に祝福を与えてくれる慈悲深き神だが、海は彼女の管轄外だ。

 故にマーマン達は自分達を見ない大地の女神を憎み、彼女を崇める王国を忌み嫌っている。

 そして嫌うだけなら別に構わないのだが、海賊として暴れてもくれるのでとても迷惑な存在だ。


 しかしこれはもうずっと以前からそうなので、今更問題にしてもしょうがない。

 今回のマーマンの動きも、もう一方と示し合わせて活動を活発化する事で海洋伯の注意を引き付ける支援でしかない。

 共犯ではあっても主犯では無いのだ。



 問題はもう一方の取引相手の国である。現在この国との取引は輸出がかなり多く、更に輸入がかなり少ない。

 つまり相手側の国は貿易による赤字が出ている状態なのだ。彼の国はどうにもそれが気に食わなかったらしい。

 そこで貿易を黒字に持って行きたいと考案された取引国の計画は、客観的に見れば面白いが、当事者としては冷や汗の出る物だった。 


 件のカースドポーションは謂わば教材である。あれをただ売るだけでは大した稼ぎにはなりはしない。

 あのポーションは効能が高く、けれど依存性や中毒性がある。本当に効能が高いのだ。デメリットを判って居てもつい手を出したくなるほどに。

 やがてそう言ったデメリットのある薬剤の使用への忌避感、ハードルは少しずつ下がるだろう。


 この国は冒険者が多いから、彼等と街の裏社会を中心にその手の薬が流行る筈だ。

 そして裏社会の人間達は学習する。中毒、依存症のある薬物は金になると。

 その頃には彼の国から効能は低い、けれど依存性や中毒性は変わらないもっと安価な薬が大量に入って来るのだ。



 正直、この海都の元締めが理性的な人物で助かった。

 短期的に見れば、このやり方に乗っかれば裏社会にも莫大な富をもたらした筈だ。

 中長期的には判らない。どれ程薬が蔓延するか想像も出来ないからだ。もし国が死を迎えてしまうほどに薬に漬かってしまったら……。


 そんなリスクはあっても、目の前の利益を選択してしまう者は居るだろう。

 元締めがスジを通し、仁義を重んじる人間である事はシャニーニや仲間の盗賊から聞いていたけれど、それでも自分の目で見て確かめた訳では無いのだから。

 もしかしたら、僕の元に届くのは情報では無く暗殺者だったかも知れない。それも魔術師を殺し切れるだけの練度を持った。

 僕が考えていた以上にこの案件は拙い物だった。

 完全に盲点だった。冒険者時代に散々ポーションを使用した僕にとって、中毒性のあるポーションなんてゴミでしかなかったから。


 結果的には上手く転がったが、僕の想定は些か甘い物だったと言わざる得ない。

 本当に海都の元締めには感謝しかない。やけに丁寧な書面の向こうで『甘っちょろい若造が』と嘲笑われている気がしなくもないが、この借りは胸に秘めていつか恩として返すとしよう。

 そして仕事としては、正直この書類を提出するだけで全てが解決出来てしまうのだけど、僕にはどうしても気にかかる事が一つできてしまった。



 それは求めた情報と無関係では無いが、本来ならば必要で無かったであろうに付属されていたおまけの一枚。

 今港に入ってきている例の取引国の船が、密かに持ち出そうとしている品々の目録だった。

 別に希少な魔獣の素材は構わない。国外への持ち出しを禁じる法は確かにあるが、手続きと対価次第では許可の下りる事もある物だ。


 しかしそれらに混じった『エルフの幼子』、彼等自身の言葉を借りれば若芽か若枝。これがどうしても見逃せない。

 大地の女神の教えが根強いうちの王国ではエルフと人間は問題なく共存している。けれど人間の国の全てが同じと言う訳では無い。

 エルフは長寿で姿形の美しい種族だ。故に彼等は狙われる立場になる事も多い。


 拉致という手段を取る以上、彼の国でのエルフの扱いは非常に悪い筈だ。

 そもそも国内からエルフが逃げだしていたり、或いは刈りつくして皆無になっているからこそ他所に求めた可能性すらある。

 そしてわざわざ幼子を狙うと言う事は、その容姿を目的としているとは考え難い。エルフは育つのにかかる時間もまた長いから。

 エルフの肉を食えば寿命が延びる。そんな与太話を信じる輩は、未だに存在するのだ。

 僕が報告を持ち帰り、王国が彼の国に抗議をしたとしても、このエルフの幼子が無事に戻ってくる事は無いだろう。その時には生きているかどうかも判らない。

 でも本来ならば、僕は何よりも先ず報告を持ち帰る事を優先しなければならないのだ。


 だけど昔馴染みに会ったからだろうか。僕は冒険者時代を思い出す。

 2年前、僕等はこの海都で割に合わない危険に挑んだ。人を助けるのに理由はいらないんだって言いながら。

 誰かの為じゃなく、心が赴くままに、助けたいと思ったのなら迷う必要なんてない。背中を押す風が吹いたら何処までも走る。

 それが自由な冒険者だ。


 元締めのあからさまな誘導には目を逸らす。甘っちょろい若造で別に良い。

 僕はもう、冒険者ではなくなってしまったけれど、今夜だけは、そう、

「ねぇ、ドグラ。僕なんだか冒険者ごっこがしたいな。ドグラが戦士で、盗賊と神官が不在なのは寂しいけど、僕は魔術師」

 何だかテンションが上がって来た。多分僕の紅い瞳は今爛々と輝いてる。

 久しぶりに肩が軽い。視界が広い。


 船で騒ぎが起きれば踏み込んで貰える様に海洋伯に根回しだけはしておこう。これはごっこ遊びなのだから、片づける準備は必要だ。

「冒険のラストは、派手な戦闘ってのがお約束だね」

 さあ行こう。冒険の風が吹いている。




 本日のお仕事自己評価55点。もうちょっとがんばりましょう。みとおしがあまかった。てんしょんあがってやりすぎた。



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