プロローグ1
宮廷魔術師は魔術を志す多くの者にとって、恐らく憧れの地位だ。
魔力その物は珍しい物じゃない。凡そ全ての人に宿るし、大気や大地に満ち、動植物だってそれを体内に持っている。
けれど魔力を操る才能と術式を編む感覚を併せ持った人間は数百人に一人しか生まれない。
努力で才能の壁を乗り越える人が皆無な訳では無いけれど、でもそれは魔術師と言う形で可能にはならないのだ。
そして仮にその素質を持っていても全ての人が報われるとは限らない。
適性の有無の判定を特定機関に頼むには、少なくない金銭が必要だ。
本当に高名な導師ならその目で才の有無を見抜くとも言うが、そんな人物の目に見出されるには類稀なる幸運を必要とするだろう。
そんな希少な魔術師の中でも特に優れた才と大きな功績に依ってのみ、宮廷魔術師は選出される。
まるで鍋に満たされた液体の上澄みのほんのひと匙程度を掬い取る様に。
故に当然の如くその待遇は凄まじい。
まず給金が桁外れだ。一般国民の多くが普段は銅貨や大銅貨や銀貨、或いは偶に大銀貨のみを使用している。
金貨など家の建て替えなどの大きな出来事があった時に使うか使わないかだろう。
けれど宮廷魔術師の給金は金貨で支払われる。おはじき代わりにして遊べるくらいの枚数が。
しかも月毎の報酬とは別に、半年に一度は特別給金すら支給されるのだ。恐ろしい事に何と特別給金は白金貨で支払われる。
いったい何処で何に使えば良いんだろう……。浪費と言う行動にも才能って必要なんだと最近少し思う。
ちなみに銅貨が10枚で大銅貨、大銅貨が10枚で銀貨、銀貨が10枚で大銀貨、大銀貨が10枚で金貨、金貨が10枚で白金貨だ。
無論雇い主が国なので支払いが滞る事は無い。
雇用先の突然の倒産なんかも、まあ絶対にないとは言えないが、その時は他国に攻め滅ぼされて全てが灰になってたりするだろう。
更には保証も充実だ。
万一何らかの事情で職務を続けれなくなっても一度宮廷魔術師になった者には、犯罪を犯しての資格剥奪以外なら少なからぬ年金が出る。
引退の際には長年の忠勤への褒賞として大きな屋敷が買える位にも貰えるそうで、年老いた元宮廷魔術師などは凄まじい額の貯蓄を持っているそうだ。
ついでに食事も城に居れば雇いの料理人が作ってくれるので無料だし、職業的な信用もあるので借金出来る額も多い。
まあ借金塗れの宮廷魔術師なんて外聞の悪い存在はあまり聞いた事が無いけれど。
この様に宮廷魔術師の待遇は凄まじい。それこそ中位や下位の貴族ですら婚姻による自家への取り込みを行おうとする程なのだ。
尤もこれには優れた魔術師の子は、魔術を操る才に恵まれるという迷信も無縁ではないけれど。
そして宮廷魔術師は権力すらも手にする事が出来る。それこそ貴族に勝るとも劣らぬ程に。
けれど、いやだからこそと言うべきか、最年少にして宮廷魔術師第七席の座を預かる事になったこの僕、フレッド・セレンディルは泣き言を零す。
「もう今日は無理。本日の業務は終了しました……」
目疲れに、内務関連の書類が積まれた机に突っ伏して。
権力を行使する権利を手にすると言う事は、それに付随する業務をこなす義務も生じると言う事に他ならないから。