第三話 【漆黒のレイ】と【その悪友のノーティス】くん
そこには、ノーティスがいた。
「…本当に久しぶりな気がするよ。」
クレイはそう言うと恨めしそうにノーティスを見る。そこに他意は無く、いつも通りの呑気な悪友だ、と思っただけだ。アレが無ければ、笑顔で対応していただろう。
そして、勇者遠征隊の壮行祭の準備・村の爺サマ婆サマによる心構えの説明・装備の新調・教師や昔の勇者候補による訓練とやらで実際に忙しく30日以上会っていないかった。
クレイの恨めしそうな表情を尻目に、ノーティスはお前もまぁ、ご愁傷さま、という反応で目配せした。
『まぁ、俺ん家に行こう。飲むぞ。』
「もちろんだ。一番いいのを頼む。」(決して、大丈夫だ問題無い。とは言わない。)
ふっ、と笑うクレイ、肩をすくめ惚けるようなノーティス。
二人はこんな時間であるのにも拘らず、至極普通に__まるで町の一角で待ち合わせたような言葉を交わした後、ノーティスの家に向かった。
月明かりの中、村で一番大きな通りの真ん中に影二つ。
明日に控えた勇者遠征隊の壮行祭に備え、各家々にはまだ明かりが灯り、酒盛りをしているような声が夜の闇に響いている。
影は大通りを渡り切り、クレイの家からそう遠くない距離の家に辿り着く。お向かいの2軒隣と言えば分かり易いか。
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『我がノーティス邸にようこそ。【漆黒のレイ】サマ。』
「…しばらく会わない内に性格も変わったようだね。【その悪友のノーティス】くん」
そう言って扉を開け、クレイを家に招き入れるノーティス。
クレイはノーティスに会うのも久しぶりだったが家に行くのはさらに久しぶりだ。丁度1期前の二面麦を収穫した頃以来になる。
(この世界では、春夏秋冬は存在するが明確な日付や時間の概念が無い。二面麦という年に2回収穫出来る、安定した穀物の収穫を春と秋に行い、それを1期、2期と数えて季節を読む。つまり暖期=春〜秋の収穫までの約6ヶ月、寒期=秋〜春の収穫までの約6ヶ月である。)
部屋を眺めながら、ここも変わらないなぁなんて事を考えていると、ノーティスがいつの間に用意したのか奥から壺や甕や硝子瓶に入った様々な酒、蒸留酒、エールらしきものを客間のテーブルに並べていた。
手際良く、ひしゃくで一番効きそうな酒を木と鉄で出来たコップに注いで手渡して来る。
ノーティスは本当に気の利くいいやつだ。幼馴染であり親友。心地いい関係だ。
『何に乾杯するか…友情か、故郷か、勇者か…あ、そうだな。酒に乾杯!』
おい、友情にしとけ。
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『___いやぁしかし、まさかお前が勇者とはね。まぁ、当然か。”黒”だもんな。』
もう宵の口という頃だろうか。甕や硝子瓶の中の酒も底を尽き、昔話も、噂話も、与太話も無くなり…少し真面目になった顔でノーティスが言う。
「そうだな、まさかこんな事になるなんて…少し前には思いもよらなかったよ。」
『そうだよな、本当に……覚えてるか?お前が”黒”に目覚めた時の事___』
長い長い、昔話が始まりそうだった。いや、このおしゃべり好きで創作話の大好きなノーティスに喋らせれば、もしかすると御伽話か、神話になってしまうだろう。
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勇者 クレイ・レイヴァント 10歳。その日、とても彼は憂鬱でした。
なぜなら、彼は10歳にして自分の才能が無いと気づかされてしまいました。
そう村に唯一の学校で、クラス分けの為の”色別ノ儀”通称”儀式”にて”無色”と判定されてしまったからです。
彼には”色”の才能が有りませんでした。
その頃のクレイは剣の腕は中の下、体力は人並み、容姿は可も無く不可も無く、裕福でも貧乏でも無く中途半端でした。
しかし、憂鬱な彼は一人の救世主に出会います。たった5人の”無”クラスにてノーティスくんと出会ったからです。彼は言いました。「色彩がなければ努力すればいいじゃない。」
そうして彼は、クレイに教え、導き、師匠と言われる迄になりました。
クレイもたくさんの努力を重ね、剣の腕はめきめき上昇し、”無”ながらもイクニワ村でもと腕利のうちの一人になれました。
あと、半年前に急に”黒”になりました。おしまい。
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「___後半の適当感は都の小劇場の三文芝居を参考にしたのかな?」
話しが終わると呆れ果てたクレイが反応した。
『ん?ほとんど事実しか言って無いぞ俺は。そして、これを本にして末代まで語り継ぐつもりだ!』
「事実だがツッコミ所が多すぎるわ!絶対語り継ぐなよ!!」
『冗談だよ。しかし、お前は何で急に”無”から”黒”に目覚めたんだ?』
笑いながら、クレイとノーティスは言葉を交わし合う。
「俺も分からん…でもきっかけはカムロのやつとの小競り合いだよ。」
『あぁ…あいつか…うちのクラスによくちょっかい出してたもんな』
「カムロは…まぁあいつの話しはいいや。道場での剣客序列が入れ替わったのを気に食わなかったようで、剣で野試合を申し込まれて、死ぬかと思ったら”黒”が使えるようになってた。それだけだよ。」
『クレイ!そんな危ない事してたのかよ!!お前は”無”のなかでも”絶無”だったんだから特に気をつけろよ!!』
本気で心配しているのだろう、ノーティスはカムロに対し怒っていた。
「まぁ生きてるからいいよ…」
『…ったくお人好しというかなんというか…ん?もう朝方か。今日は村の壮行祭だし、一旦帰るか?』
もう両親も起き出した頃だろうか。旅立ちの前に顔を見ておきたいし、クレイは一度家に帰る気分になった。
「そうするよ。」
その後に言われた一言で、少し胸が痛んだ気がした。
『クレイ、魔王なんかに負けるなよ。本当の御伽話を俺に書かせてくれ。』
「……あぁ…ありがとうノーティス」
複雑な思いを秘めノーティスと目を合わせた。そのまま、扉を開きすっかり明るくなった外に歩み出る。
それ以降は振り返る事が無かった。振り返れなかった。今のクレイの目には後悔ととまどいが有った。
しかしーー太陽の輝く空を見上げ何かを振り切ったように首を振ると、まっすぐ前を見て自分の家へと歩き出した。その目は、前だけを見つめている。通りを歩く人の歩みはまばらで、壮行祭の準備も全て終わっているのであろうか。その誰にも聞こえることが無いようにクレイは呟く。
「結末はお前の想像で書いてくれよな、ノーティス」
ーーそう、俺は魔王では無く勇者を殺すのだからーー
色彩(魔法)については次回以降解説としました。