中食奴隷人(チユドレン)
ミイラの左手は一国の顔面を鷲掴みにし、そのまま下にスライドさせた。
一瞬の出来事に一国は叫ぶことも防ぐ事もままならず、突き刺さったミイラの爪によって一国の顔面は引き裂かれた。
人差し指と薬指の爪がちょうど一国の両目を通過し、引き裂かれた両目から激しく血が噴き出した。
顔が熱い!
一国が感じたのはそれだけだった。
何が起こったのか頭で整理しようとする間もなく、首をねじ切られ天地一国は絶命した。
天地一国の人生は25年で幕を閉じた。
天地一国は夢を見た。
暗闇、右も左も上も下も何もない暗闇。宇宙空間にいるような無重力の暗闇に一国は体育座りで漂っている。
それをもう一人の一国が俯瞰で見ていた。
体育座りの一国の体はミイラのようにやせ細り、顔にはモザイクが掛かったように何もない。
でも俯瞰で見ている一国にはそれが自分である事が分かった。
毎日鏡で見ていた自分とはかけ離れた容姿のはずなのに自分である事に何の疑いもなかった。
体育座りの一国はお腹を擦った。お腹が空いているのだな。そりゃそんなに痩せていたら当たり前だな。俯瞰の一国は思った。
体育座りの一国は辺りをキョロキョロしている。
食べ物でも探してるのかい?顔が無いのに見つかるかい?
すると少し離れた場所に光の球体が現れた。体育座りの一国はそれに気が付き手を伸ばすが届かない。
体勢を崩しうつ伏せになる、体を伸ばし懸命に手を光の球体の方に伸ばすが届かない。立てないくらいに弱っているのだ。
一国は匍匐前進で近づこうと伸ばした両腕を自分の胸に引き寄せる。
しかし体の方は全く前に進もうとしてくれない。全く進んでいないが手を伸ばしてみる。当たり前だが届かない。
一国は諦めずまた匍匐前進を試みる。無情にも腕だけが前後運動しているだけだった。
手を伸ばすが届かない。何度も何度も繰り返す。流れ作業を無心でこなすかのように繰り返す。
頑張れ!頑張れ!俯瞰の一国は見ている事しか出来なかったが懸命に応援した。
徐々に、わずかに少しずつではあるが一国は匍匐前進で光の球体に近づきつつあった。
あいつは生きようとしているのだな。思考はないはずなのに。意識は途切れているはずなのに。
あいつの体だけは生きようともがいているのだ。
生きよう一国・・・。
一国は光の球体を両手でガッシリと掴んだ。
俯瞰の一国は光の球体へと吸い込まれた。
一国が意識を取り戻した時、目の前には全裸の大男が立っていた。
しかも目線の高さにちょうど股間があり、立派な!そしてその威風堂々さに後ずさりした。
この大男!自分の身長165cmセンチから考えても3m以上あるぞ!
血や体内のあらゆるエネルギーを吸い取られた一国の身長が縮んで90cmくらいになっていたのだが本人は気付いていなかった。
一国は男を見上げてのけ反った。巨人だ。
しかも銀髪!めちゃくちゃ男前!!筋肉ムッキムキ!!!
一国は以前の引きこもりで卑屈で負のオーラ全開でだらしない体つきの自分と想像の中で比べてどんよりした気分になった。
男は一国を見て驚いたように目を見開いていたが、急に笑い出したので一国はドキッっとした!
「ハハハハハハハハ!これは驚いたぞ!我が毒に打ち勝ったのか!大抵の下食奴隷は死ぬのだがな!」
ゲドレ?何それ?一国は思った。
日本語じゃない、なのにこの人の言葉がわかるぞ!どう見ても外人なのに・・・。外人の巨人・・・男前・・・ムッキムキ。
「だがあれだけ血を吸われて動けるハズはないのだが・・・なるほど、頭の養分を身体に回したというわけか。」
「そういえば貴様!貴様の国の絵にそっくりではないか!見たことがあるぞ!ムンクの叫び、だったか?ハハハハッ!」
ムンクの叫びは僕の国の絵じゃないけど・・・。それにしてもめちゃくちゃ偉そうだな、この人。それに失礼だ。
「牙毒感染によって貴様は晴れて同族!中食奴隷人となった!誇りに思うがよい!」
ガドカン?チユドレン?所々言ってる意味が分からないな。
「これより我が下僕となり手足として動け!」
え?どうゆう事ですか?一国は声に出して聞こうとしたが声が出ない。
「何だ?もっと大きな声で申せ!」
「ボソッボソッ」
本人としては必死に声を張り上げているが、おおよそ人に聞き取れる声量では無かった。
「何だ?何を言っているか分からんぞ!」
懸命に声を出そうと試みるがハヒッハヒッと籠った音が喉から発せられるばかりであった。
腹が減り過ぎているせいだ。
・・・血が欲しい・・・。
無意識に頭に浮かんだ「血が欲しい」という言葉。
一国は血が欲しいという事に対して全く疑問を持つ事もなく受け入れていた。
もっと血を得れれば回復する。声も出るはず。
この人にお願いするしかない。しかしそれを伝える声が出ない。
「聞こえんぞ!もっと大きな声で話せ!」
男は微動だにする事なく腕を組みながら仁王立つ!
腰を落として一国の言葉を聞く気も、一国の口元に耳を近づける気なども全く無いといった素振りで立っている。
「・・・・・・・。」
一国は思案した。
この人に腰を落として貰い、耳元で言うしかない。「血を分けて下さい」と。
一国はトコトコと男に近づき男の腰元に手を当てた。
「たわけがっ!!」
男は凄まじい速さで一国に左手の甲でビンタを浴びせた。一国の体はその一撃でバラバラに砕け散り、頭手足胴体が空中に舞った。
「たわけが!中食奴隷人如きが我に触れて良いと思うたか!」
「特食同君にでもなったつもりか!!わきまえよ!!」
トゥドゥクって何!?バラバラに飛び散りながら一国は思った。
バラバラにはなったが生きている。意識もしっかりとあった。自分はもう人間では無くなったのだと悟った。
バラバラに飛び散った体の部位や破片はまた一つに戻ろうと地面をうごめいている。
不死身か俺は。この人が言う「何とか」になったのか・・・。名前忘れたけど・・・。
一国はそれなりに自分の立場を理解し始めていた。
この人は僕の血を吸って蘇ったミイラの人?血を吸うって事は吸血鬼?たぶん吸血鬼で合ってるな。て事は僕も吸血鬼になったのか?
男は一国が元の姿に戻るのを仁王立ちながら無言で待っていた。
僕の事を同族というからには味方と判断してもいいのだろうか?悪い人ではないのか?それにしても滅茶苦茶暴力的な人だ。でもこの人からは逃げ出せない。この人の言う事には全て従わなくてはならない。そういう威圧感、オーラを放っている。
何とか元の姿に戻れた一国だったが、言葉は通じるのに会話ができなければ不便すぎる。
一国は小枝で地面に「しゃべれない」と日本語で書いたが、
何だそれは。読めんぞ、と返された。
どうやら日本語は通じないようだ。
次はジェスチャーで声が出ない事を表現する。
口をパクパクさせた後、顔の前で手をクロスさせて×を作る。
僕は喋れません。喋れませんよ~という事をアピールした。
男はしばらく一国の行動を見ていたが、次第に顔の眉間に皺をよせ始めた。
「貴様!喋れぬのか!まどろっこしいわ!」
ジェスチャーが通じたのか、単に喋らないので喋れない事に気付いたのかは定かではないが、とにかく伝わったようだ。
男の腰まである銀髪がふわりと浮き上がると、そのうちの一本が一国の頭に突き刺さった。
その瞬間テレビの映像のように一国に様々な情報が流れ込んだ。
一国がこの男に首をもがれた事。噛まれ血を吸われた事。今の自分の姿。
本当に「ムンクの叫び」に似ていた。頬に両手を添えればソックリだ。ボロボロのカッパを着ていて、しかも全身緑色をしているようだ。身長もかなり縮んでいる。
この人は王になる人!この人は我が主、カルレオーノ・ホテチトップス・ウセシオジオ様!
一国は自然と腰を落とし首を垂れた。
「フンッ!悟ったようだな。では申せ、その髪を通じて我に伝わるはずだ。」
一国は便利な髪の毛だな、と思い。これも伝わってしまったのか?ヤバイヤバイと焦った後、血が足りなさ過ぎて声が出ません。少し血を分けては貰えませんか?と念じた。
次の瞬間カルレオーノの平手で一国はまたしてもバラバラに吹き飛んだ!
「たわけがっ!!貴様が我に血を求むるなど極万年早いわ!!」
一国は心の中で突っ込むのを止めた。