探し物
ノックをし、部屋に入る。室内には丸々と太った一人の男が机に向かって書類の処理をしていた。
「お呼びでしょうか、旦那さま?」
声をかけると、私が旦那さまと呼ぶ男、ドルナ・ババルフ伯爵が顔を上げる。書類に集中していて、私が入ってきたことに今気づいたらしい。死んだ魚の目のような濁った目が私を見つめる。
ババルフ家はこの町、コマンセを代々取り仕切る貴族だ。ドルナ・ババルフ伯爵も三年前に彼の両親が死去してからこの地を受けついだ。それなりに能力はあるらしく最低でも私が来てからの一年間は何も問題を起こさずに統治できている。憎たらしい話だ。
「ようやく来たか。お前も魔獣の噂は耳にしているだろう。私は明日明後日、先日出没した魔獣の討伐に出かける」
「はい」
「故に、二日間暇をだす。好きにしていいぞ。このことをアイナにも伝えておけ、以上だ」
「かしこまりました」
翌日、私は伯爵邸の裏手にある森から裏口に回り、あらかじめ複製しておいた合い鍵を取り出し屋敷に忍び込む。人がいる気配はないが、念のため慎重に進む。一年かけてようやくきたこの機会、絶対に見つけてやる。
まだこの屋敷で調べ切れていないのが寝室、地下室、蔵の三箇所。この三箇所の鍵はあいつが直に持っていて、合い鍵を作れなかったから調べられなかった。しかし、今なら時間はかかるけど私程度のピッキングで開けられるはず。
寝室の前に着く。針金を取り出し鍵穴に合わせて差し込み、少しして開いた感触が伝わり寝室に入る。室内は少し大きめのシングルベッドに小さな机とキャンドルのみ。調べてみると、ベッドは何もなかったが机の引き出しの裏に二つの鍵が括り付けてあった。痕跡を残さないようにして寝室を去る。
多分この鍵はそれぞれ地下室と蔵の鍵のはず。この考えは当たっていて、地下室に続く扉をすんなり開けることができた。薄暗い室内を明かりで照らしてみる。すると明かりの先に人骨が吊るされていた。
「ひっ!」
思わず悲鳴が出てしまう。心臓に手を当ててなんとか動悸を抑えようとする。落ち着け、落ち着け、落ち着け。少し経って心が鎮まる。探していたのとは違ったが、予想外のものが出てきた。部屋全体を照らしてみると同じように何体もの人骨が鎖に吊るされていた。よく見れば部屋の隅にも何体か転がされ、鞭や杭なども見られた。おそらく拷問室だったのだろう、見ていて吐きそうになる。口元を手で押さえ、人骨を避けながら部屋を探るが、私の探し物は見当たらなかった。
地下室から逃げるように去る。あいつがこの屋敷を継いでもう三年経つ。知らなかったということはないだろう。問いただしたい気持ちもあるが、それで下手に警戒心を持たれたら厄介になる。やはり問うことは諦め、殺しにかかろう。
最後に蔵の前にたどり着き、寝室にあった鍵を使い蔵に入る。蔵の中は飾られたら煌びやかであったろう甲冑や壺などの工芸品が埃をかぶって置かれていた。ここが宝物庫なら私の探し物があるかもしれない。少し埃っぽい室内に足を進める。あいつは几帳面だから種別しているはず。絵画、彫刻、時計、布……見つけた。奥に見える一角、そこだけ像や陶磁器、宝石など種類がごちゃまぜに置かれていた。おそらくあそこにある、そう直感し向かった。
そこにあったのは魔具と呼ばれる、なんらかの効果を秘めた器具だった。効果といってもそれ程強力なものはそうそう見当たらない。例えるならせいぜい、杯に入れた水がストロベリー味になる程度である。それでも中には火を出したり小さいながらも爆発したりするものもあるので、慎重に探す。
…………見つけた。そこの小物類がまとめられた小さな棚の中、そこにサファイアがはめ込まれた美しいペンダントがあった。思わず涙が落ちる。ようやく……ようやく見つけた。それこそ私が探し求めていた親友の形見だった。ペンダントを取り胸に当て、ちゃんとここにあることを実感する。長かった、会いたかった……ずっと待たせてごめんね、でもこれからいっしょだよ。涙を拭いてペンダントを胸のポケットにしまう。気持ちを切り替える。心を鬼にしろ、親友には会えた、なら次はあいつを殺して仇を討つだけ。そう決意して蔵を後にした。
明日の夜、あいつが帰ってくるその時に殺しにかかろう。それが成功しようとしまいとこの町にはいられない。最悪返り討ちに合って死ぬだろう。その前に今のうちにアイナに別れを告げておこうと思い、彼女のアパートを訪ねたが残念ながら留守だった。
その日の夜、コマンセ近郊の暗闇に包まれた森の中。いつものように一人で鍛練する。私の影がまるで水中にある気泡のように浮き立ち、ナイフの形に変容する。それを素早く手に取り、木に突き刺す。ただただ一心不乱に。その工程を何度も繰り返す。
憎い、殺したい、何度も嘆き呪ったあの事件から数日後、神が願いを叶えてくれたのか、もともと私に素質があったのかはわからないが、とにかく『影使い』の才能に目覚めた。しかし、目覚めたのは良かったが孤児だった為、師事する人伝がなく仕方なく独学でやってきた。きっと師事する人がいればもっと早く形になっただろうと思ったが、無い物ねだりだと諦める。
鍛練を終え、雲ひとつない夜空の月を見上げる。
「明日は満月かな」
地の文ばかりになってしまいました。
次は会話させます。