そう思いながら
王国の中心に位置する首都フィニール、そこから東に少し行くとある町コマンセ。空は青く澄み渡り、春風が街を包み込み、市場は賑わいを見せていた。露店が立ち並び、客を掻き入れようとする怒声にも思えるような大声がそこかしこで聞こえる。市場の広場では大道芸人が球に乗りながら十数本の剣をジャグリングさせ、喝采を浴びている。
そんな市場を一人のメイド服姿の少女が二つの買い物袋を持って歩いていた。少女は十六才くらいで長い鮮やかな赤毛であった。
「あら、フィーアちゃんおはよう。買い物かい?今朝いいポポロの実が入ったんだ、伯爵様に一つどうだい?」
赤毛の少女、フィーアは声がした方に駆け寄ると、ふくよかなおばさんが露店を開いていた。店の棚に様々な果物が陳列されており、おばさんは手のひらサイズの緑色の果物を一つ取りフィーアに見せる。
「おはようございます、おばさん! 確かにしっかりしていて形がいいですね。じゃあこれを五つください!」
フィーアは会計を済ませ買い物袋に入れる。
「そういえば聞いた、あの噂?」
「どの噂ですか? 」
「三日前、隣町のアウストラ男爵が殺されたんですって」
「ああ、ピューリファイですか」
フィーアが聞いたのは十五年ほど前から現れた暗殺集団だった。その集団は自らを「ピューリファイ」と名乗り、ピューリファイは貴族たちを殺し、集団のシンボルである篝火のマークとその貴族の罪状が書かれた紙を残して去っていくという。罪状を王国の騎士団が調べたところ真実であることが分かった。民衆から信頼があった貴族もいたため、このことが民衆に広まると彼らのことをこう持て囃した、『晒しの処刑人』と。
「今回はなんだってなんだったんですか?」
「それがね、貧民街の子供攫って奴隷として売り飛ばしていたんですって。全く信じられないわよね」
「……そうですね。男爵がそんなことをしてたなんて……すみません、辛気臭くなっちゃいましたね。買い物が残ってるんでもう行きます」
フィーアはそう返事をし、人ごみの中へ駆けて行った。
”隣町でピューリファイが動いたのなら、次に狙われるのはアウストラ男爵と裏で縁があったあいつの可能性が高いはず……。早く動かないとやばいかもしれない、殺られる前に殺らなきゃ。あたしがこの手で!”
「フィーアさん、待ってくださーい! 」
買い物を終え伯爵邸に帰ろうとした時、背後から声がかかる。振り返ると後ろからフィーアと同じメイド服姿の少女が駆けてくる。少女は碧眼の瞳に中性的な整った顔立ち、背丈はフィーアより少し低いくらいで長い黒髪をしていた。
「どうしたのアイナ?」
「メイド長より母屋の清掃が終わりましたので、フィーアさんの買い物を手伝うように仰せつかいました、片方持ちますよ」
「ありがとう。じゃあ、持ってもらいましょうか」
「はい! 」
「行きましょう」
アイナが元気良く返事をすると、フィーアは二つあった買い物袋の片方を渡し歩き始めようとした。その瞬間、近くで爆音が響き渡り、辺りがざわめき出す。二人は音がした方に視線を向ける。すると道の先にある噴水前の広場の中央で、野次馬に囲まれながら、棍棒を持った男と大砲を両手に抱えた男が戦っていた。そして両者とも手にしている武器は黒かった。
『影使い』と呼ばれる者たちがいた。彼らは自らの影に形を与え具現化し、扱うことができた。そして、二人に影はなく影でできた武器は例外なく黒かった。
棍棒の男が大砲の男に突進する。破裂音を響かせながら、大砲から砲弾が棍棒の男に向かう。男は足を止め、棍棒で砲弾を真上に払い防ぐ。その隙に大砲の男が後ろに距離をとる。棍棒の男は再び突進する。その光景が何度も続いた。
「あれは『影使い』同士の戦いですか。これは大砲の人の負けですね」
その光景を眺めていたアイナは呟いた。それが聞こえたフィーアは首を傾げる。
「っえ、どうして? あの大砲の人が一方的に攻撃してるじゃない」
「確かに傍目には大砲の人が優勢に見えます。しかし、決定打にかけているせいで攻めあぐねています。反対に棍棒の人は余裕ですね、街に被害が出ないよう自分に向けられた砲弾を全て真上に弾いている。大砲の人もそこそこ技量があるようですが、棍棒の人はそれ以上です。もうすぐ棍棒の人の勝ちで決着つくんじゃないですか」大砲の人をもっと工夫
「……アイナ、貴方は」
アイナの口ぶりはまるで実戦を経験してきたかのだった。フィーアはそのことを問おうとした時、戦況が動き出した。
大砲の男が残弾を気にしたのか、この繰り返される状況に焦れたのか噴水のオブジェクトに駆け上がりジャンプする。上から砲弾を乱れ撃つ。連続する破裂音と男の雄叫びが広場に響き渡る。幾つもの砲弾が棍棒の男に向かう。砲弾の向かう先が自分と地面しかないためか、今回は回避し逆に数発の砲弾を大砲の男に向かって叩き返した。空中にいた男は回避できるはずもなく、まともに被弾し地面に墜落する。黒い大砲は氷のように解け、男の影に戻る。
一瞬静寂に包まれた後、棍棒の男は何事もなかったかのように立ち去っていく。
野次馬から喝采を浴びていた。
「街中で戦闘なんて嫌だねえ、頭ん中が魔物と同レベルだよ」
横からした声の主を見ると、先ほどの露店のおばさんが顔を歪めていた。
「いえ、両者とも街には被害を出さないよう最低限の配慮はしていましたよ。特に棍棒の人は立ち回りや砲弾に気を使ってました」
「気ぃつかっても街ん中で戦ってる時点でダメなんだよ」
「そういうものですか」
「そういうもんだよ」
アイナは少し納得できないような表情だった。
「おばさん、さっきの人たち知ってます?」
「ああ、そういやあんたらとこの伯爵様の近くの森に魔物が出たって話じゃないかい。それで雇ってもらおうって魂胆じゃないかい?」
「そういえば、以前伯爵様が強い護衛を募るって仰っていました」
「なるほど、それでここ数日影使いを多く見かけたんですね」
「他人事じゃないよ、近くに魔物が出たんだ。あんたらも気をつけな」
「「はい」」
それからフィーアとアイナはおばさんと別れ帰路につく。
帰路の中、フィーアは先ほど聞きそびれたことを改めて尋ねた。
「そういえばアイナ。さっき、どうしてあんなに上手く解説できたの?」
「っえ、ああ。知り合いにすごい強い影使いがいまして。その人たちに少しだけ教わったのでなんとなくわかるんですよ」
「へぇ、だからだったんだ」
「ええまあ」
尋ねられると、アイナは一瞬バツの悪そうな表情で答えるが、すぐに消えて逆にフィーアに問いかける。
「それよりフィーアさんの方こそ驚きました」
「何が?」
「フィーアさん、すごい真剣に戦いを見つめてるんですもん。何かに魅入られてるみたいですよ、そんなに気になりました?」
「……ええ、あの人たちの戦いが派手だったからつい興奮しちゃって。ほら、あたしってただのメイドだし、そんなものとは無縁だったからついね」
「あー確かに、あの人たちの戦いは派手でしたからね」
納得顏でアイナはうんうんと頷く。アイナの納得顏を笑顔で見つめるフィーア。そんな会話をしながら、二人は伯爵邸に帰る。
”あの人たちの戦いはわたしの戦いと合わなかったけど、影の扱いと戦いの参考にはなった。特にあの棍棒の人の動き”
フィーアは心の中でそう思いながら。