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第一章 アルノルト、苦悩する

「さてと…これからどうするか、だよな。」

 アルが少し二日酔いで痛む頭をさする。

「そうですね、まずは近場からつぶしていくのがいい…ってアル、また二日酔いですか?」

顔色の悪いアルを見て、すぐにヴィンが察する。

「お前…よく蒸留酒一本一人であけてピンピンしてられんのな。」

「そりゃあ、アルとは体のつくりが違いますから。」

クスクスと控えめに笑いながらとヴィンが言い返す。確かにそうかもしれないが…とつぶやくアルを横目に、ヴィンは本棚からある一冊の本を取り出した。

「少しお勉強でもしますか。」

ヴィンがニッコリと笑って投げた本をアルが軽く受け止め、ずいぶんと長く使われている栞のはさんであるページを開いた。

「龍剣の構造と歴史についての記述のされた項目です。いわゆる禁術を使って作られた剣ですからね。どうりで黒魔法の専門書に乗っているわけですよ」

ふと顔を上げると注ぎ立てのコーヒーの良い香りが漂ってきた。コーヒーを二つテーブルに置いて、ヴィンが席に着く。同時にアルが本から顔を上げ、少しの間固まった。

「ヴィン、辞書とってくれないか。古代語と専門用語が多すぎて全く読めない」

「それって僕が読み上げた方が早いのでは?」

「いや、お前よく意訳するからいいよ」

 普通に意訳するのなら全く問題はないのだが、言葉の端にとげを感じることがあってあまりヴィンの意訳は好きではないのだ。一応ヴィンもそういう理由でアルがヴィンの訳を苦手に思っていることも知っていた。

 はいはい、とヴィンが辞書を取りテーブルの上に置く。赤い線がたくさん引いてある辞書をばさっと音がするほどの勢いで開け、アルが専門書を読み解いていく。次に顔を上げた時には、コーヒーは完全に冷え切っていた。

 龍剣が誕生したのは、今からおよそ三百年前のことだと、その本には記述されている。三百年前は今となっては伝説の生き物とされている龍が世界を支配していたという。人間は龍に支配される世界を何とか変えようとして、動き始めた。その中でもっとも活躍したのはベルネ騎士団といわれるヴォイス騎士団と同じルミアーリス教に所属する騎士団だった。

 ベルネ騎士団は見事龍を龍剣へと封印し、現在の理想郷と呼ばれている世界、ルミナの六か所に龍剣を置き、“番人”としていまなお、この世界にある龍剣を守り続けている。

「っていうのが前提の話なんだが…大丈夫か?」

「いや、さっぱりっすね」

アルの問いにヤンが苦笑いしながらそういう。となりでフィネも何とも言えない顔をしているので、とりあえず自分たちがマズイということは分かっているようだ。

「歴史の部分は分かるんすけど、構造がさっぱり」

炭酸飲料を飲んでごまかしながらヤンがそう言う。

 ―…おいおい、銃の改造を繰り返してとうとう限られた人間にしか扱えないような化け物に仕上げたのはどこのどいつだ、と突っ込みを入れたいところなのだが、それはまた今度にしておくことにする。

「まあ、ものすごく簡単にいうと、剣の柄の部分にはめ込んである宝石に龍が封印されているんです。ただそれだけでは龍の力は暴走する危険性があるんです。ですから、龍の力を暴走させないためにも“番人”が一緒に宝石の中に封印されているんですよ」

 どうやって封印されているとか言っててもしょうがないでしょう、とヴィンが笑う。

「なんだ、そういうことなら早くいってくれればよかったのに」

フィネが笑ったままそう言った。直後、がしっとフィネがヘクトに頭をつかまれ硬直する。

「姉さん、いい加減にしましょうね?あなたいくつになったらこういう話を一発で理解できるようになるんですか?」

「えっ、それは…後二、三年すれば…」

「前も同じこと言ってましたよね?姉さんはもう二十歳過ぎてるんですからいい加減自覚を持ってください」

「は…はい、スミマセンデシタ」

フィネがこってりとしぼられてへこむ。

「で、龍剣を手に入れるためにはどうするんすか?」

ヤンがさくっと話を本題に戻す。

「ああ、それなんだが、どうやら手に入れようとするには番人と戦わなくちゃいけないらしくてな。それが厄介なんだ」

ぽつり、とアルがそう言う。

「 “番人”と戦う…って、“番人”に実態があるんスか?」

「いや、実体はない。彼らが龍を封じ込めた技というのは実は黒魔術の禁忌に触れているんだ。そもそも一定以上ランクが上の黒魔法は何かを代償にっていうことが多いんだが、その中でも術者、他人共に肉体、魂を代償とすることは禁忌とされている」

「そりゃまたなんで…」

「 “不老不死になること”が可能だからだよ」

いきなりのヘクトの言葉に、ヤンとルー、フィネが絶句する。

「たとえば、他人の体を犠牲にして自分の体を若返らせることができたり、他人の魂を使って人を生き返らせることだってできたりする。だけどそれってこの世の理に反しているじゃないか」

まあ、そんなことをするためにはかなり高度な黒魔法が使えて、なおかつ魔力がかなりないと無理なんだけどさ。とヘクトが付け足す。

「でも、龍を閉じ込めて自分が守るようにしただけなんだろ?だったら禁忌なんて…」

「よく聞いて、ヤン。あの封印魔法はね、自分の魂の一部を犠牲にして龍を封じ込める結界を作っているんだ。そして、自分の肉体を犠牲に作った封印するための器が宝石になっただけのこと。彼らは、自分の肉体と魂、両方を犠牲にしているんだよ」

ヘクトのやさしい口調で告げられた言葉が、心の中でゆっくりと沈殿していく。沈黙の中で、一番最初に口を開いたのはアルだった。

「少し話題がずれたが、肉体を犠牲にしているのだから彼らに実体はない。だが、龍の力を借りることによって実体に近い実在しない肉体…虚像を作ることはできるんだ。彼らはその虚像を使って勝負を挑んでくるというわけだ」

ヤンがぐっと口をゆがめる。実在しないということはどんな攻撃を仕掛けてくるのかわからないということだからだ。

「戦い、というのも、実際に殴り合いになるのか、何か試練があるのかさえ分かっていない。だから、対策のしようがない。これが一番厄介なんだ」

アルが一気に一言でそういい、息を吸い込んでため息をつく。

「だったら、最初から考えることなんてないんじゃない?」

ルーが突然意見を言う。

「対策のしようがないんでしょ?だったら最初からそんなこと考えるだけ無駄だわ。対策のことなんて考えなくてもいいじゃない。そんなにうじうじ考えるなんて、アルらしくないわ」

ハッと鼻で笑うようにルーが言った。

「考えるように行動しろ、先のことなんて終わった後で考えろ、前だけ見てればいい。そう言い続けてきたのはどこの誰?対策の立てようがないならまず行動じゃないの?」

違う?とルーが笑ったままアルに問う。しばらくアルは、黙ったままだった。

「アル、今回のことはルーが正しいと僕も思いますよ。確かに、考え込むなんて貴方らしくない。それに、何か合理的な答えを出さなくとも、ここにいる全員はあなたについていきますから」

アルがまたため息をつき、ぐいっとコーヒーを一気に飲んだ。

「考え込んでる暇なんてないんだったな…よし、行動に移そうか」

ふっとアルが意地悪そうに笑う。その笑顔に、全員が笑った。

「団長はやっぱりそうでなくちゃ。で、どこから攻めるつもり?」

ルーがアルよりもさらに根性が悪そうに笑う。

「まずはやっぱり…近場からだろう」

トっとアルが地図上の一点を指す。そこには古代文字で、“翡翠の洞窟”と書かれていた。

「そこには、翡翠がはめ込まれた龍剣が眠っていると言われています。なんでも、洞窟の中は翡翠の光が反射して緑色なんだとか」

「だが、そこに龍剣があるという確証はない。シュヴァルツに通じる穴がその近くにあるということと、その近くに伝説が残っているということだけだ」

ヴィンの言葉にアルが付け足す。

「伝説?」

「そう、三百年前、龍を封印したとされている日、周辺の地域で七つの色の光のうち緑色の光が一筋降ってきてその洞窟の中へ入って行ったそうだ。そしてそれまで何もなかったその洞窟の入り口から中にかけて翡翠で埋め尽くされたらしい」

その言葉にフィネがくすっと笑った。

「それまで何もなかった…ねぇ。ってことはやっぱりこの近辺じゃそこが一番怪しいと思うよ」

「そうだな、俺もそう思うよ。それじゃ、みんな準備しろ。すぐに出発するぞ」

 そこからの準備はすさまじく速かった。もとから旅をすることを前提に全員が集合していたため、特に準備することがなかった、といった方が正しいかもしれない。

全員が出たことを確認し、最後にアルがしばらくドアを開けることの無くなるだろう我が家に鍵をかけた。フィネ、ヤン、ヘクト、ルーが四人横に並んで前を歩き、アルとヴィンが後ろからゆっくりとその後をついて行く。

「こうやってると、二年前みたいだな。」

懐かしい、とアルが笑う横でヴィンが苦笑を浮かべた。

「あの頃の僕たちはもっと、復讐にとらわれていた部分がありましたからね。あの頃とは、もう何もかも違う。」

ふっ、とヴィンの顔に悲しみの色が浮かび、すぐに消えた。二年前、騎士団のメンバーはかけがえのない人たちを殺されて、今ここにいる。両親、友達、兄弟姉妹。それを全て、シュヴァルツは奪い去っていった。

「復讐か…悲しい響きだな。」

アルの顔にも、悲しみの色が浮かんでいた。

「まあ、今となっては…ってやつですよ。一応今はみんな幸せだと思いますし、今更過去のことを気にしたって、仕方のないことです」

木漏れ日がヴィンの眼鏡にあたって反射する。どんな目をしているのか、アルの角度からは見えなくなった。

「アルは―…どうして騎士団を結成したかとか、僕以外には話さなかったんですか?」

「話す必要を感じなかったし、何より同情してもらいたくて騎士団を結成したわけじゃあなかったからな」

シュヴァルツとの侵略戦争が激化し始めたころ、アルは最初に昔から親しかったヴィンを騎士団に勧誘し、騎士団を結成した。もちろん、“侵略を止める”ということは表向きの目的で、あのころの本来の目的は“自分の大切な人を殺した人を殺す”ことだった。

 だが、半年間旅をして、侵略を退けていく中で、そんなことをしていても何にもならないことに気が付いたのだ。復讐さえすれば、何かが変わる気がしていたのは、全て違っていたのだと、その時初めて、アルは感じたのだ。

「あのころの俺たちは若かったよなぁ。復讐したからと言って、俺の家族もお前の友達も帰ってくるわけでもなかったのに」

 二年前のことを思い出しながらアルが笑う。

「若かったって言ったって、今だって十分若いと思いますよ。貴方はまだ二十四歳ですし、僕もまだ二十二歳だ。まだまだ、先は長いと思いますよ」

アルの顔に、苦笑いが浮かぶ。

「そうだな、まだまだだな」

「なーに深刻そうな顔で話してんの?」

不意にフィネの声がして、ヴィンとアルが驚く。

「おっ…前なぁ、もう少し普通の声のかけ方できないのか?」

「えー?だって、このほうが面白そうだと思ったから?」

くすくすとフィネが笑い、フィネにつられてか、他の3人もアルたちの周りに集まった。

「団長、この先に強い魔力を感じるよ。たぶん龍剣はこの先―…」

ヘクトの言葉にアルがうなずく。

「俺もそれ、気になってたところだ。ヤン、ルー、偵察に行って来い」

ヤンの顔が途端に明るくなり、ルーがめんどくさそうな表情をした。

「アイアイサー!」

走り出したヤンを追いかけるように、ルーが走り出す。それを見ていたフィネが唐突に笑い出した。

「アイアイサーって海軍にでもなったつもりなのかな」

フィネはかなり笑った後、少し表情を硬くした。

「この先に龍剣があるなら、この先には番人もいるってことよね」

フィネの言葉にアルが口笛を吹く真似をする。

「へえ、さっきの話ちゃんと聞いて理解してたんだな。フィネにしてはやるじゃないか」

まさにヤブヘビとでも言うべきだろうか。

アルの返事はフィネにとってかなり辛口なものとなった。

「私にしては―ってどういう意味よ?」

「いや、今まで理解力とかが無くて苦労してきたからな。」

「私だって二年たてばこれくらい変わるんですぅー!」

フィネが軽く背伸びしてアルに抗議する。すまん、とアルも軽くフィネに謝った。

瞬間、ヤンの声が遠くから響いた。すぐにヤンが木の枝を器用に跳んで移り、アルの近くにスタッと着地する。

「十点満点!」

とフィネが評価してヤンが笑う。そのすぐ後に続けてルーが着地した。

「団長、ビンゴだったッスよ。この先もうちょいしたら洞窟があるんですけど、めちゃくちゃ緑色に光ってましたし、魔法の使えない俺らでもわかるくらいに魔力が出てました」

分かった、とアルが返事をして荷物を背負いなおした。

「いつでも戦えるようにしとけよ。このまま先に進もう」

といったものの、洞窟の中は意外にも一本道で、かなり楽に進むことができた。何か出てくるだろうと思っていただけに、拍子抜けしたほどだ。

「案外楽だったね。魔物も何もいないなんてさ」

フィネが笑いながらそう言う。

「それに、翡翠で埋まってるのも入り口付近だけだったしな。面白くねぇの」

それでも、この先に何があるかなんて誰にも分からない。そんな能天気な態度をとるヤンとフィネにも、一応そのことは分かっていた。

「アル…この先なんかおかしいよ。」

突然、ヘクトが立ち止まる。

「何がおかしいんだ?」

アルの問いに少しヘクトが顔を強張らせた。

「人じゃない何かと、すごい魔力を放つ物。どちらも…本来この世のものじゃない。」

人じゃない何か、というのはおそらく番人のことだろう。すごい魔力を放つ物も、おそらく龍剣。番人は既に人の形を成していないし、そもそも物は魔力を持たない。ヘクトがこの世のものでないというのも理解ができた。

ふと顔を上げると、緑色の何かが光った。光の方向を見ると、フードのついた古代風の服を着た青年が龍剣と思われる剣の置いてある台の横に立っていた。

青年がゆっくりと振り返る。その瞳は…アルと同じ藤色だった。

「やあ。やっときたんだね。待っていたよ」

妙に響く声で青年が言う。

「君は?」

アルの言葉に、青年は笑った。

「僕の名前はカイ。カイ・ベルネだよ。君たちなら聞き覚えくらいあるだろう?」

ああ、そうか。これが番人か…。カイ・ベルネといえば、華のベルネ騎士団の団長を務めたとされている青年だ。

「まずは…二年前、この世界を守ってくれたこと、感謝するよ」

柔らかな物腰でカイが言う。

「俺たちは自分の力で自分たちの世界を守っただけのことだ。特に感謝されることなどしていない」

「いや、君たちはそれ以上のことをしてくれた。それに、今回だってこうやって侵略を止めるために動いてくれているじゃないか」

にっこりとカイがほほ笑む。正直番人というのはもっと“ヒトからかけ離れたもの”を想像していたが、どうやらそれは違うようだった。

「君たちには聞こえるかい?世界の震える声が」

カイの言っていることが一瞬わからず、聞き返そうとした瞬間だった。その場の全員の脳の中をたくさんの声が駆け巡った。言葉にならない悲鳴。とても悲しくて、つらい声だった。

「幼子のように、侵略を恐れているんだ。この声は、この世界が泣き叫んでいる声なんだよ」

世界が泣き叫ぶ。それほど、侵略が怖いのだ。

「さあ、この声を聞いたからには僕に勝つか、死ぬかしかないはずだ」

 カイには先ほどの少し困ったような笑顔はもう、どこにも無かった。あるのはただ底の見えない不気味な笑顔。

 全員が武器にそっと手をやり、戦闘準備に入る。異様な殺気と莫大な量の魔力。


 “人じゃない何かと、すごい魔力を放つ物。どちらも…本来この世のものじゃない”


不意に先ほどのヘクトの言葉がよみがえる。いったいこの世のものでないものに勝てるのだろうか。

「僕が選ぶのは…アルノルト・ヴォイス。君だ」

 声がやけに洞窟内に響いて聞こえた…刹那、アルから後ろに向かって結界が張られ、ほかの団員たちが弾き出される。

「なんだよこれ、どういうことだよ!」

団員たちが叫び、結界を叩く音すらも、もう結界の先にいる二人には聞こえていなかった。

 チリチリと首の後ろで殺気を感じる。

「なぜ俺を選んだ」

「簡単だよ、君と僕が似ているからさ」

カイの言葉が反響してさらに不気味さを際立たせる。

「俺とあんたが似てるだと?」

「そう、君と僕は似てる。そのお人好しは今に弱点になるよ」

「お人好しだろうと何だろうと俺は何も変えない。このままで突き進んで、この世界を侵略から守って見せる」

 今までしたことの全てをお人好しという言葉で片付けられ、否定されたような気がした。思わず叫んだアルの声も、洞窟内に響き渡る。

 一瞬、カイの目が何かを訴えたような気がした。それもつかの間のことだった。カイの腰に差してあった剣がすらりと抜かれる。こちらもとっさに剣を構え、振り下ろされた剣をそのまま受け止めた。キィン、という独特な音とともに、カイの剣が弾き返される。右、左、下、上。その動きは戦いというより、剣舞に近いものだった。

「くそっ…なんなんだよ!」

ヤンが結界を蹴るが結界はびくともしない。

「無駄だよ。ここまでの強度の結界は人間にできる技じゃない。見守ることしか、僕らにはできない」

ヘクトの説得に、ヤンが大人しくなる。

「アル…負けちゃだめだよ」

ルーがぼそっと呟いた。

 頼みの剣の腕は、互角どころの話じゃなかった。どうやってもアルとは比べ物にならないほど、カイは強かった。

 はじき返す、はじき返される。攻防が続くが、カイは正確に急所を狙ってくる。大腿部、手首、腹…どれも直接死に至るような急所ではないが、出血多量で死ぬことの多いところだ。

 カイがまた足を狙う。それを避けようとした瞬間だった。

「剣術に関しては落第点だ。ほら、大事な部分ががら空きだよ」

こめかみに冷たい何かが走った感覚があった。そのままその部分がカッと熱くなり、右目の視界がふさがれる。こめかみを抑え、剣をしっかりと片手で握ったが、もう間に合わなかった。下からカイの剣が振り上げられ、剣が手から離れる。衝撃でそのまま後ろにしりもちをついてしまい、遠くで剣が音を立てて落ちる音がした。

「ほら、僕の勝ちだ」

ひゅ、と風切り音がして首元に剣があてられる。

「本当に、そう思っているのか?」

「それはどういう意味かな?」

息も上がらず、汗ひとつかいていない笑顔でカイが言う。

「…こういう意味だよ!」

腰のホルダーに収納してあった銃を抜き、カイに向けた。これは剣だけでは心配だからというヴィンの進言でヤンから借りたものだった。銃口を定め、引き金を引こうとする。

「それを打つのかい?僕に向かって…?」

 カイが指を鳴らし、姿が変わる。驚いて、声も何も出なかった。

「な?だから言ったじゃないか、お人好しは弱点になるよって」

その姿はまぎれもなくアルの妹の姿だった。

「それ…は、ただの卑怯者っていうんだよ!人の記憶あさって楽しいか?」

「そういうことを言ってるんじゃない。ただ単に、仲間や家族も殺せないような生半可な覚悟じゃこの先やっていかれないって言ってるんだよ」

 生半可?覚悟?わざわざ人の記憶引張りっ出して、死んでいる妹の姿を借りるやつが、何を言っているのか、言っている意味が分からなかった。

「俺は…仲間を誰一人として死なせない。そういう覚悟でやってきたんだ。今更お前が覚悟だのなんだの語るんじゃねぇ!」

怒りに身を任せて引き金を引く。銃弾は、みごと額に的中した。ぐわ…と妹に似せた者の顔がゆがみ、元のカイの姿に戻る。カイの顔には弾の後などなかった。

「そうかい…。それが、君の答えかい?」

こめかみがじわじわと痛む。見上げているカイの顔がよく見えなくなってくる。あふれてくる血を袖でふきながら、それでもカイの顔をにらんだ。

「…―試練は終わった。結界は解こう」

音もなく結界が崩れ、ルーが一番にアルに駆け寄った。

「アル!大丈夫?けが見せて」

「このくらい大丈夫だ」

足に力を込めるが、うまく立てなかった。ヴィンがそっと肩を貸し、ようやっと立つ。

「まだ君のことを認めたわけではないが、龍剣を君に授けよう」

 カイが片手をひょい、と動かすと同じように龍剣が浮き上がった。そのままアルの腰に差さる。

「認めたわけじゃないって、どういうこと?」

フィネの目に鋭い光が宿る。

「今回は覚悟があるかどうかを確かめたかっただけ。

本当に覚悟があるのかどうか、それを試される出来事がこの先きっと起きるだろう。

もしその時に覚悟が正しい物であれば、その龍剣の全ての力が解放されるようになっている」

わずかに返事をするかのように龍剣についている翡翠が光った。

「僕はこんなものだったけれど、ほかの仲間は必ず君たちを本気で殺しに来るだろう。今回のように、認めてもらうということはおそらくないと思っておいた方がいい」

全員がその言葉にうなずく。

「礼を…いうべきだろう。感謝する」

「いや、感謝されるほどのことはしていないさ。むしろ、当たり前のことをしただけだよ、君たちと同じようにね」

カイの顔に、最初にあった時のような少し困った笑いが浮かぶ。そのままカイはゆっくりと透明度を増し、消えていった。

こめかみの傷の止血を行い、包帯を巻いておく。疲れているアル以外に治癒魔法をつかえる者はおらず、とりあえず洞窟から出て一旦また、元の家に戻るしかなくなった。

洞窟の外にでて、あまりにも眩しい光に目を細める。生きて出られたのだと安心したのも、つかの間だった。

「そこまでだ」

機械音に近い声が周囲に響く。周りを見渡すと、そこはグラッジの巣窟と化していた。

「へえ、作り物の犬が人間の言葉をしゃべれるようになったとは初耳だな」

「口を閉じ、手を上げろ」

 なるほど、人語は理解できても感情がないから挑発には乗ってこない。そういうことか。ヴィンと目を見合わせて確認する。

「武器を使って抵抗しようとなど思うな、早く手を上げろ」

アルの首筋に短剣があてられ、全員がしぶしぶ手を上げる。

「まったく、物騒な奴らですね。」

ヴィンが冷たく批評する。

「何が目的だ。」

「お前たちならわかるだろう」

アルの冷ややかな目線に相手はびくつくこともなく、返答した。

「みなさん、とりあえず従う事にしましょう。あとでお礼はたっぷり…?」

ヴィンの語尾が消えたのは、ルーが足を高く跳ね上げ、それが敵の顎に入ったからである。そのままルーがアルに剣を向けていた敵の腕を手刀で叩く。グラッジの腕から明らかに何かが折れた音がして、即座に悲鳴が上がった。一応痛覚はあるらしい。

「武器を使って抵抗しよう―?ずいぶんなめられたものね。武器なんてなくても、抵抗なんていくらでもできるわ。それに、あんたたちの相手なんて私とヤンで十分よ」

え、俺!?と叫ぶヤンの前でポケットから皮手袋を取り出し、手に装着しながらルーがにっこりと笑う。

「私たちの団長に刃物を向けたこと、あの世でたっぷり後悔しなさい」

そのままルーが構えを取り、間合いを詰める。

「結局こうなるのかよ…仕方ねぇなぁ」

ヤンがホルダーから魔法銃を引き抜き、いつでも打てるように構える。

「団長たちは下がっててください。俺たちで何とかするッスから」

 そういった瞬間、ヤンの目の前を気絶したグラッジが飛んでいった。

「まず一人目!」

ルーが叫ぶ。そのまま次のグラッジの腹に肘をたたき込み、後ろから来た別のグラッジに背負い投げをお見舞いする。その反動を利用してバク天をした後中で軽く回転し、地面に降り立ち、そのまま足を上げて他の敵の顎を蹴り上げた。顎の骨の砕け散った音がして敵が仰け反る。それを気にせずにルーはまた次の敵のみぞおちに拳をたたきこんだ。

「ルー、いくぞ!」

ヤンがルーの肩を利用して階段を二段とばしで上がるかのようにジャンプする。体をひねり、セミオートの拳銃のリズミカルな銃声音とともに銃弾がグラッジの腕に命中した。あまりの痛みに武器を手放したグラッジにルーの蹴りが襲い掛かる。

 戦いはヤンたちの圧勝だった。だが、後ろにいたアルに、グラッジの影が近づいていることに、誰も気づきはしなかった。鈍い金属の光、忍び寄る影。

「アル、後ろ!」

ルーが一足早く気づき、注意も促すも間に合わない。剣がアルの首元に伸びる…思わず目をつぶった。が、聞こえてきたのは骨の折れる音ではなく、金属音だった。

「ウクリィーラ」

 静かに呪文が響く。グラッジの持っていた剣ははじかれ、その近くにダガーが浮いていた。

「やれやれ、世話のかかる人たちだな」

 呪文と声が聞こえた方向を振り返る。そこには帽子をかぶった不思議な服の少年が立っていた。

「龍神よ、番人エタンよ、我に力を」

少年が呪文とともにゆっくりと腰に差さった剣を引き抜く。真っ青な光が剣をつつみ、少年の魔力に剣の膨大な魔力が上乗せされた。

「さて、めんどくさいし、ちゃちゃっと片付けるか!」

 ひゅ、と風きり音をさせて少年が空中で一振りした。そこから水魔法を伴った斬撃が飛び、グラッジの体の部位を切り落としていく。腕、脚、首。それぞれが切り落とされ、次々に悲痛な声があがる。少年にグラッジが襲い掛かるが、少年の防御結界にいとも簡単にはじき返され、同時に結界の外側を覆う熱湯でやけどを負った。

 全てのグラッジが動かないオブジェと化し、少年が剣を収める。

「大丈夫か?」

少年がアルに言う。

「ああ、とりあえずはな。ありがとう」

「いや、お礼なんていいさ。ところでさ、あんた龍剣持ってるだろ」

ぴく、とアルの耳が動く。龍剣なんて誰もが知ってるもんじゃない。それに、少年の持っている剣はラピスラズリがはめ込まれており、どこからどうみても龍剣にしか思えない代物だった。

「お前…何者だ?」

「ボクのこと?ボクの名はハイネ・シェーヌ。シュヴァルツから逃げてきた、あんたらと同じ人間だよ」

 驚くアルとは違うところを、ルーの瞳は捉えていた。グラッジと思われていたヒトの中に、人間が混ざっていたからだ。血がじんわりと地面に広がっていく、その光景がルーのトラウマをよみがえらせるのにそう時間はかからなかった。

「こ…んなこと…」

それをみながら体を震わせてルーがつぶやく。

「人間が混ざっていたなら、全員殺す必要なんて無いじゃない!こんなこと…ただの虐殺よ!」

この言葉を聞いて、ハイネがすこしルーを睨む。

「じゃあ、どうすればよかったのか?黙ってみとけとでも言うつもりなのか?ボクがあんたらを助けなかったらあんたらは確実に死んでただろう。」

「そんなこと分かってるけど…もっとやり方があったはずでしょう?」

ルーの目に涙が溜まる。

「だったら聞くが…ここでもしボクが人間を殺さなかったとしよう。そのあと残された人間はシュヴァルツに帰るだろうな。その時におそらく情報だけ引き出されてこの人間は処分される。情報を受け渡されるよりかは、ここで殺しておいた方がいいんじゃないか?」

そんなこと、もうとっくの昔にルーにも分かっていた。

「ルーちゃん、こいつの言ってる事は確かに理屈はあってるよ。少なくとも…人道的ではないけど」

フィネがゆっくりと立ち上がってルーの隣に行く。

「本当は分かってるんでしょう?二年前にそっくりなものを見て、昔の何もできなかった自分への怒りがまだ残ってるって。その怒りを―」

「分かってる。」

その怒りを、ただ少年にぶつけたかった。どこにもぶつけることのできない怒りを、思い出させた少年にぶつけようとしたのだ。自分でも分かってはいたが、止められなかった。

「ごめんなさい。アルを助けてくれたことは感謝するわ。」

ルーが頭を下げ、ハイネが少し頭をかいた。

「いや、こっちこそ言い過ぎたな。悪かった。」

アルがため息をつきながらその光景を見る。

「とりあえず、ハイネ…だっけ。詳しい話は俺の家でしないか?こんなところで話していても仕方ないだろう」

「わかった、そうしよう」

ハイネがあっさりと承諾し、ゆっくりと歩き始める。

 謝ったものの、ルーとしてはまだ、納得いかない部分があった。


***


「と、いうわけで、今夜はここに泊まっていかない?」

フィネがハイネに言う。

どうやらハイネは旅をしているらしく、もうそろそろ旅費がなくなりそうだとか。それなら―、とフィネがアルの家に泊まらせようと言い出したのだ。もともとアルの家は騎士団が拠点にしていたので、それなりに広い。

「それならいろいろ助かるな。その話、乗った。」

フィネと少年がしっかりと握手を交わす。

あの時、二人の間で悪友と言う名の絆が結ばれたように見えましたね、と後にヴィンはこの時の様子を語るようになる。

「じゃあ、もう一度自己紹介な。ボクはハイネ・シェーヌ。呼び方はハイネでいい。さっき見たと思うが、龍剣使いだ。そっちは?」

出された紅茶を飲みながらハイネが聞く。

「私はフィーネ・エレット。こっちの銀髪メガネのおじ…お兄さんはエルヴィン・ブラウンね。」

おじさんではなくお兄さんと言いなおしたのは、無論ヴィンの目が鋭く光ったからである。過去にヴィンから、

「僕がおじさんならあなたは僕よりも年上なのでおばさんということになりますがよろしいですね?」

と聞かれたことを、フィネは忘れていなかった。

「さっき君に突っかかっていたのがルーツィエ・アイク。あの子悪い子じゃないから許してあげて。5年前に、両親と姉を殺されてるの」

なるほど、とハイネがつぶやく。

「で、さっきハイネに助けてもらったのが団長のアルノルト・ヴォイス。それからこの陰湿そうなのが私の弟のヘクトールね。」

「姉さん、陰湿は余計だから。」

ヘクトの突っ込みに少しフィネが不機嫌そうな顔をする。

「じゃあ他になんていえばいいのよ。」

「黒魔導師らしいといってくれない?」

「そんな平凡な言い方私は認めない」

「認めてもらわないと困るのはぼくなんだけど。」

「私は困らない」

かるい姉弟喧嘩を見るのは、ハイネにとってかなり楽しいものだったが、途中で部屋をヴィンに案内してもらうことになったため、その場を一旦離れることとなった。


***


「僕たちはだいたいがシュヴァルツ帝国に大切な人を殺されているんです。」

ヴィンが長い間使われていなかったベッドをきれいにしながら言う。

「僕は…家族同然だった友人を殺されました。ルーも…先ほど言った通り、家族を目の前で殺されているんです」

少しハイネが複雑そうな顔をする。それを見ていたヴィンは少し苦笑した。

「ようするに、この騎士団の過去をあまり詮索しないでくださいということです。君の事を非難しているわけではないので安心してください。」

それでは…とヴィンがドアを開け、部屋を出ていく前にハイネが声をかける。

「あ、ちょっと待ってくれ。」

ヴィンが不思議そうな顔をして立ち止まる。

「その…いろいろすまないな。ありがとう。」

その感謝の言葉に、ヴィンはほほ笑んだ。

「いえ、こちらこそうちの団長を救ってもらってありがとうございます。明日、僕らは六時起床ですけどお好きな時間までゆっくりどうぞ。また、ご飯のときに呼びに来ます」

キィィ、と錆びついた蝶番が音を立てて扉が閉まる。

「シュヴァルツ帝国に殺された…か。」

ハイネの独り言が少し一人で使うには広い部屋の中に響く。

「ボクの正体を知ったら、あいつらどんな顔するかな。」

どうせなら、恨まれた方が良かった。


***


騎士団全員が椅子に座り、テーブルの上を見る。トマトガーリックの冷製スープに、ピザが並び、ミートボールとキャベツのトマト煮からはおいしそうな湯気が湧き上がっていた。

「なんか今日はトマトだらけだね」

赤ばっかだな、とフィネの言葉にヤンが付け加えてヴィンに小突かれる。

「文句を言うなら食べなくてもいいんですよ?」

「ごめんなさい」

ヤンも一応食べ盛りの十八歳なため、夕食はどうしても抜けなかった。

「失礼しまーす」

先ほどの服とはうって変わってラフな格好でハイネがリビングに入ってくる。そのハイネの右腕には、包帯が巻かれていた。単純に怪我になのか、それとも何か隠している事があるのか。どちらにしてもこの団で過去を詮索するのはあまり好まれていないし、年長組みは特に気にするそぶりを見せなかったので、誰も聞きはしなかったが。

「―で、ハイネ。この騎士団に入らないか?」

アルがハイネに声をかける。

「そうだな…そりゃ別に良いが、ボクみたいなよそ者を簡単に引き込んで良いのか?」

「その辺は別に気にしないさ。」

あっさりとアルが返答し、ハイネが少し驚いた顔をした。

「よそ者も何も、同じ人間じゃない。旅するなら大人数のほうが安全でしょう?」

ルーが口にミートボールを運びながらそっけなく言う。

「ボクのこと嫌ってるんじゃないのか?」

「別に。ここに残るかどうかを最終的に決めるのはあんただし、勝手にすれば?」

ごちそうさま、とルーが言って立ち上がり、リビングを出て行った。

「あ、ぼくついて行ってくるよ。」

ヘクトも立ち上がってルーの後を追いかける。さすがに心配な部分があるのだろう。

「ヤンは…少し席をはずしてくれないか。フィネはここに残ってくれ。」

 了解、とヤンが立ち上がってリビングから廊下に出た。フィネが洗い物を済ませて席に着く。年長三人組とハイネ。

 雰囲気からしても、過去についてある程度質問をされるというのは明らかだった。

「ハイネ、この団に入るつもりでも、そんなつもりでなくても、一つ聞いておかなくてはいけないことがある。」

一応、口外禁止だからなとアルがフィネに釘を刺す。もちろん、このことを軽々しく口にするほどフィネも馬鹿ではないことを分かっていての口止めである。

「龍剣のこと…だよな。」

ハイネが龍剣を鞘ごとテーブルの上に置く。

それを見て、アルも龍剣をテーブルの上に置いた。

「ボクの龍剣に付いているのはラピスラズリ。つまり水魔法を強化する龍剣だ。」

初めて知る新たな事実にヴィンが眉をひそめる。

「魔法を強化…?どういうことだ。お前の知っていることを全て話せ。」

アルが命令するが、ハイネは薄い笑いを浮かべるだけだった。

「嫌だといったら?」

「ここでお前が龍剣について話してもデメリットは無いはずだ。違うか?」

ハイネがフィネに出されたクッキーをつまみながら考える。

「それは確かにそうだな。まあいいだろう。この先龍剣について話しておくことがメリットになるかもしれないしな。」

そういいつつ、ハイネがまたクッキーをつまむ。アルも少し紅茶をすすった。

「七つの龍剣にはそれぞれ龍がかつて司っていた魔法を強化する魔方陣が組み込まれている。その魔方陣が組み込まれているのが龍剣についている宝石だ。」

コンコン、とハイネが龍剣についているラピスラズリを叩く。

「宝石は龍剣ごとに違い、翡翠、琥珀、ガーネット、クンツァイト、スピネル、サンストーン、ラピスラズリがある。ここに今あるのは回復魔法、樹魔法を強化する翡翠と水魔法を強化するラピスラズリだな。それぞれには宝石言葉が存在し、二人以上その場に居合わせた場合は、それに見合った人物を番人が選ぶ。」

ここまで大丈夫か?という質問に対して、フィネが若干首を振ったが、アルがそのまま続けてくれと言ってしまったものだから、あとでフィネの機嫌を直すのにかなり手間がかかったのは言うまでもない。

「その宝石の宝石言葉に本人の望むもの、または特徴をつかんでいるものがあれば選ばれることが多いな。団長さんの翡翠なんかだと安定、平穏、慈悲、知恵、忍耐力だな。あてはまるやつ、あるか?」

年長三人組が目を見合わせる。

「すべて…当てはまりますよね。」

「うん。アルのこととしか思えない。」

珍しくフィネとヴィンの意見が一致する。

「今度はこっちから質問させてもらう。あんたらの騎士団、何が目的だ?」

ハイネがコップでこんこんと机をたたいた。

「シュヴァルツよりも早い龍剣の確保と世界の安定を守ることだ」

「本当にそれだけか?」

疑いの色がハイネの目に浮かぶ。

「逆に隠したところで何の利益がある?さっきハイネは“シュヴァルツから逃げてきた”といった。ということはシュヴァルツとは敵対関係にあるということだ。この内容を口外することもないだろう」

「ボクがスパイという可能性は疑わないのか」

ハイネの質問に、アルが鼻で笑った。

「それこそ疑って何になる?今そうやって俺に聞いている時点でスパイという線を自分で消しているんだ。スパイなわけないだろう」

それもそうか、とつぶやいてハイネが席を立った。

「シュヴァルツは龍剣を狙っている。この龍剣はおよそ300年前に封印された龍が宿っているとされている。この龍剣がすべてシュヴァルツの手に渡れば、ルミナは侵略戦争で必ずシュヴァルツに敗北する。」

アルがゆっくりと言葉を選びながら言う。

「もともとシュヴァルツというのはルミナとは違う次元にある世界。その世界が侵略を成功させ、シュヴァルツの人間が大量にこちらにやってくると全世界の均衡を崩しかねない。それだけは、なんとか止めなければならないんだ」

ハイネの表情が硬くなる。その表情の硬さが、何を示しているのかはアルには分からなかった。しばらく沈黙が続き、ハイネが少しため息に近い深い息を吐いた。

「用事はだいたい済んだ。じゃあボクはこれで。」

「いや、ちょっと待て」

あっさりと立ち去ろうとするハイネをアルが引き止める。

「俺たちの用事はまだ済んでない。まだ重要なことを聞いてないんだが」

「質問は一つっていう約束だっただろ?それに、あんたらが過去を詮索されてほしくないんだったらボクも同じだ。今はボクの過去もやたらと詮索しないでくれ」

呆然とするアル達を見て、ハイネが少し笑う。

「一応入団の話は受ける。けど、勘違いしないでくれよ。ボクはあんたらといるとメリットがあると思うから入団するだけだ。」

そう言ってハイネがリビングの扉を閉めた。

「何あれ、意味わかんない!」

先程のアルの仕打ちも含めてフィネが腹を立てる。が、アルは逆に落ち着いた様子だった。

「今さっき、ハイネが “今は過去を詮索しないでくれ”と言っただろう?ということは、話すべき時が来たら話してくれる可能性があるという事だ。それに、メリットがあるからという理由であっても、あれほどの力の持ち主が入団してくれるのはありがたい。」

アルが席を立ってティーカップを流し台へ持っていく。

「入団は決まったのだから、あとは時間が解決してくれるでしょう。」

ヴィンは少し苦笑しながら、ポットの中の出過ぎた紅茶をカップに注いで飲み干した。


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