殺人鬼として生きる少女のお話
それは一瞬のことだった。
――――ぐちゃり。
男は何が起きたのか全くわからなかった。腹を殴られたかのような痛みがじわじわと広がっていく。腹に目をやった。そこには、ナイフのグリップ部分だけが見えた。刃の部分は……自分の腹のなかだ。そう気づいた彼の顔は一瞬にして苦痛の表情へと変わった。血の気が引いていくのがわかる。そして、腹に刺さったナイフを抜くことを試みようとした。しかし、視界の外からぬっと入ってきた手がそれを許さない。その手の主を見ようと顔を上げた。少年……いや青年だろうか。フードを被った女性が不気味な笑みを浮かべて立っていた。彼女は何かを呟くと、男の腹に刺さっていたナイフを勢い良く抜いた。その瞬間。猛烈な痛みが男に走った。そして、男は力なく倒れた。
「は〜あ、もっと苦しむ顔が見たかったなァ」
血の付いたナイフを舐めながら、呟いた青年は倒れている男の顔の前にしゃがんだ。
「全く。男の癖に根性ないなァ」
舐めたナイフで動かなくなった男の顔をペチペチと叩いた。
「んー、何か物足りないなァ。てか、こいつ死ぬの早すぎ!」
青年は立ち上がって、腹部を蹴った。ワイシャツの赤い部分がさらに広がっていく。
「バイバイ、おじさん」
そう言って、青年は男の元を去っていった。
男の遺体は夜が明ける頃に見つけられた。
*******
私は殺人鬼。今、私とすれ違った彼はそれを知らない。あそこで優雅にブレイクタイムを過ごしてる彼女も。携帯電話に向かって怒鳴ってる彼も。巷では1960年代のゾディアック事件の再来とか言って「渋谷のゾディアック」なんて呼ばれてるらしい。もう少し凝った名前にできなかったのか。てか、私、住んでるの目黒だし。人を殺した場所がたまたま渋谷だったてだけで、次新宿で人を殺したら、何て呼ばれるんだろうなんて考えながら白昼の街中を闊歩する。
路地に入って、ビルの陰で暗くなった道を少し進む。その先にある「希望荘」と文字の入ったボロアパートの一部屋に入った。
「おかえり、キラー」
キラーとは私のコードネームだ。彼はシーフ。彼は盗み専門で、主に武器の調達とか仕事持ってきたりしてくる。ヒョロっとしていて、いつもヘラヘラしている。話し合って決めたわけじゃないが、このグループのリーダー的な存在だ。
「仕事お疲れ様。どうだった? 今回の仕事は」
「そうだねェ……。なんていうか、あのおっさん根性ってもんが丸でないの。殺りごたえがなかったかなァ」
「まぁ、軍人を相手にしてきた君にとっては少々物足りなかったかね」
「ほんとだよォ。次は殺りごたえのあるやつをお願いね」
「りょーかいだよ」
「ところで、他のみんなは?」
「えっと、アサシンはまだ任務遂行中かな。で、ギガスがそろそろ帰還するんじゃないか?」
シーフがそう言った直後だった。
――――バゴン。
大きい音が部屋の中に、いや、アパート全体に響き渡った。
「おかえり。ギガス。いつも言うようだけど……」
シーフはそう言ってギガスの手に持ってるそれを指差して、
「入ってくる時、ドアを壊さないでくれるかな?」
シーフは笑顔で言った。でも、あれは怒ってる。絶対怒ってる。
「す、すまん。わざとじゃないんだ」
そう言って、ギガスはドアを力づくで元に戻した。そして、振り返った時、私と目があった。
「おぉ。キラーじゃないか。久しぶり」
「やァ、ギガス。久しぶりだね」
私は懐の中に手を入れて、愛用してるナイフである「蘭丸」に手を掛けた。
「やめとけ、キラー。君に勝ち目はないよ」
制止したのはシーフだった。
「む?」
ギガスは気づいていないようだった。私はそっと「蘭丸」から手を離した。
「いや、なんでもないよ。さぁさぁ、座って。ギガス。次の仕事の話をしよう」
シーフは部屋の中へと向いた。そして私とすれ違う時に、
「まだその時じゃない」
小声でそう呟いた。私にはそのまだの意味がわからなかった。
それにしても、世間一般から「悪者」とされる私たちが、希望荘とかいうボロアパートに集まる。なんて皮肉な話だ。
*******
私は小さい頃からこの街で生きてきた。めちゃくちゃ裕福だったってわけじゃないけど、東京に住んでるくらいだから並よりは裕福だったのかな。学校生活だって平均的に勉強はできたし、普通に恋愛もしてきた。最初はそれで良かったの。その日常がいつまでも変わらないでほしいなんて思ったこともある。でも、日常に飽きていたのはその頃からだったかも。そんな矢先。つるんでいた先輩が私にタバコを進めてきたの。別にタバコがかっこいいとか思ってなかったし、むしろ、なんで体に悪いことを自ら進んでやるのか意味がわからなかった。でも、気づいたらタバコに手を伸ばしていたんだ。初めてタバコを吸った時の感想は煙いとか苦しいとかが普通なんだろうけど、私はすごくワクワクしてた。タバコは大人にならなきゃ吸っちゃいけないって法律をを破ってるっていう背徳感が、私をいっそう高ぶらせたの。それからタバコはまだ止められてない。吸いすぎると体に良くないし、仕事にも支障をきたすことぐらい頭で理解してるはずなのに、初めて吸った時の気分を思い出したいとタバコに縋ってるの。こりゃ、二十歳になるまでは止められないかな。タバコを始めて、2ヶ月が経った頃。私はさらにワクワクを求めた。タバコよりもアングラなものを探した。そりゃあ、なかなか見つからなかったよ。だって、日の目を浴びないようにみんなやってるんだもん。そんな時に出会ったのが、シーフだった。いや、あの時は天羽って名乗ってたのかな。まぁ、いいや。彼は私が求めているものをなんでも知っていた。それで、ワクワクが欲しくなったらいつでもおいで。なんて私に甘い言葉をかけた。よければ、住所とか電話番号とかを教えてくれたら、新しいものを見つけたら一番最初に君に教えに行くよ。なんて、ミエミエな嘘に騙されて私は全部話してしまったの。その選択が私の人生を大きく変えた。ある日、私が家に帰ると何者かに荒らされた形跡があって母親や父親が倒れてるのが見えた。普通なら、110とか119に電話するんだろうけど、あの頃の私はどうかしてた。シーフに電話してたんだもん。すると、君もやられたか……って。何かあったんですかって聞くと、どうやら、君たちの情報が外に漏れたらしくてね。困った困った。なんて言ったから、何か手伝えることとかありますか。って反射的に聞いていた。今考えれば、もっと彼に聞くことだってあるはずだった。でも、こみ上げてくるワクワクを抑えきれずにそんなことを言ったんだと思う。そっか、人が死んでるのにワクワクとか不謹慎だったね。そしたら、とりあえず、池袋にある希望荘ていうアパートに来てって言われて私はそこに急いだ。そこには、シーフともう一人、ガタイのいい男がいた。彼はギガスと名乗った。ギガスは私が座ろうとすると、じゃあ、仕事に行ってくるわなんて言って出て行ってしまった。それから、シーフにこんな話をされたんだ。君の家を荒らしたのはギガスかもしれないって話。ていうか、その可能性しかないって話だった。私は父親と母親の仇っていう名目でギガスを殺すことを決意した。でも、シーフが言うには君にはまだ早いから、場数をこなして、経験を積んでからにしようなんて言われた。そして、私はキラーとして生きていくことになった。
*******
次のターゲットの情報を聞いて希望荘を出た。気がつけば、真上にあった太陽ももう西の空に沈もうとしていた。殺るまでにはまだ時間がある。私はアテもなく、街中を歩くことにした。久々に街を歩くと、そこにあったものが無くて、なかったものがあった。私は時々不安になる。世界はこうして変わっていくのに、私は何も変わってないんじゃないか、取り残されてるのではないか、と。だから、日常なんてない、変化し続ける道を選んだ。私はこれで良かったんだ。そう言い聞かせた。
しばらく街を歩いたあと、途中で見つけたラーメン屋で腹ごしらえをして一度家に帰った。そこでパーカーに着替えから、もう一度ターゲットの情報を頭の中に叩き込んだ。それから「蘭丸」を二三回振って感覚を確認する。よし、準備は万端だ。「蘭丸」を懐にしまって、フードを被った。家の中を一度見渡して、家を出発した。
山手線に乗って、新宿に繰り出した。新宿の飲み屋街に歩みを進める。ターゲットの情報を思い出しながら、飲み屋街を歩く。
「飲んだくれってお店によく通っている…… 」
その店を見つけると、近くの物陰を探した。路地とかがあればベストなのだが……とそこに丁度いい物陰を見つけた。そこに隠れてターゲットが出てくるのを待つことにしよう。この時、私のワクワクは最高潮に達していた。
しばらくして、ターゲットが出てくるのを目視した。あとはタイミングだ。私はターゲットが歩いてここの前を通るのをじっと待つ。丁度通った瞬間。私は路地から飛び出して、「蘭丸」を目一杯振りかざした。我ながら、最高のタイミングだと思った。しかし、目の前にいたのはターゲットではなく……
――――バゴン。
どこか聞きなれた音が自分の体の中に響く。自分の体が浮いてるのがわかる。クーラーの室外機に背中をぶつけた時、バキッという大きな音が身体中に響いた。
「いつも言ってるでしょ。やりすぎちゃダメだって」
聞きなれた声が遠くから聞こえる。
「す、すまん」
その二人組は、ゆっくりと私の方へと向かってきた。
「なん……で……」
嗚咽交じりの声で彼らにそう問うた。
「なんでも、なにも。仕事ですから」
ヒョロっとした方がニコニコしながらそうやっていうと、ガタイのいい方は頷いていた。
「それに、殺りごたえのある人を殺りたいって望んだのは君の方じゃないか」
ヒョロっとした方の男は私の顔の前にしゃがんでそう言った。意識が朦朧としてくる。
「僕は忠告したんだけどなぁ……君じゃまだ早いって」
私の耳の近くでそう言うと、ポケットの中から注射器を取り出して、
「それじゃあ、黄泉の国へ行ってらっしゃ〜い」
そう言って私の腕にそれを刺した。
それから、私が目覚めることはなかった。
殺人鬼として利用されていた女の子のお話でした。っと。
当初の予定では「血を舐めるのが好きな殺人鬼」とか「苦しむ顔を楽しむのが好きな殺人鬼」っていう小説を書こうと思って始めたやつです。
それがこんなになってしまうとは...。
続きを書こうかな...。もし、続きを書くことがあったら、もっと設定を練りたいと思ってます。
っていうことでまた次の小説で!