霧の中に立つ邪神
私は霧の中に立っている。
此の世で最も愛していた彼女を失くした私は、それ以来心を閉ざしたままだ。と言っても、彼女が死んだ理由が理由なだけに私は復讐者と化した。
それは彼女を殺した忌々しい奴を倒すため、復讐という二文字を胸に秘めて、今の今まで戦ってきた。だが、それも無駄に終わった。当初の私は奴よりも弱く、まるで歯が立たなかった。剣は弾かれ、魔法も全て防がれる。残ったのは拳だけ、そんな拳も奴の右手には敵わない。私の持っている力を全て合わせても奴には勝てなかった。
それから私は闇の道へと走った。奴を倒すためには闇の力を得なければ勝てないと悟ったからだ。それ故に私は神々から堕天使だと蔑まれて住む場所も名誉も剥奪された。だが、もはや私を突き動かしているのは名誉ではない。
奴をこの手で始末する事、そして愛していた彼女を生き返らせる事だ。
闇の力を学んでいた時に奇妙な書物を見つけた。その書物は長らく解読不可能とされていた本だったが何故か私には読めた。理由はどうだっていい。そこに書いてある内容を読み説いていく内に私はそう思っていた。
そしてどうやら、私には闇の力を操る才能があったらしい。他の魔法使いを圧倒する力を手に入れた私はいつしかこう呼ばれるようになった。『恐怖大帝』と。そんな私を唯一神として崇めだす狂人共が現れた。
すっかり強者になった私は彼らのような弱者には興味がなく、しばらく放っていおいた。それが事の好転に繋がるとは誰が予想しただろうか。
次第に私を信仰する狂人共の数が爆発的に増え、最終的には最大宗教の一角として成長していた。これで私の計画が捗りやすくなった。
信頼出来る部下も増え、今の私は以前の私よりもどこか生き生きとしていた。だが、それも長くは続かない。
再び、奴が目の前に現れたのだ。ありとあらゆる小賢しい手を使って、悉く計画を邪魔してくる。やがて焦燥感をつのらせた私は戦争を仕掛けた。
だが、勝敗はつかなかった。
互いに重要な存在が死んでしまい、戦争はそこで打ち切られた。死んだのは私が右腕と慕っていた幹部だった。私は彼の勝利を確信していたが、どうもそれは敵わなかったらしい。
これで彼女を生き返らせる計画は失敗に終わった。しかし私が諦める筈も無い。必ずや彼女を蘇らせるための策を考えだし、もう一度奴と戦い今度こそ勝利を此の手に掴む。
私は霧の中に立っている。
彼女の笑顔が見れるまで、此の雲が晴れることは無いだろう。