ep:4 変化
『俺もお前も同じ、『化け物』なんだよ‼︎』
その言葉を聞いて大輝はめまいがするほどのショックを受けた。それもそのはず、いきなりこんな化け物に襲われ自身が同じように変貌を遂げ、ついには否定出来ない事実を突き詰められたのだ。大輝のギリギリの精神は一気にガラガラと崩れ落ちた。
『そんな…俺は…俺も…』
大輝はそんな絶望に染まった表情のまま自身の両腕を見つめる。そこには相変わらず紫の毛並みに包まれていた。どこをどうみても明らかに人外のものだ。気づけば大輝は全身から冷や汗を吹き出し、その両腕で体を抱くように抱えて震えだした。
『じゃあ…てめえも覚醒したわけだし…もういいよなぁ…』
そんな中、突然犬人は再びその目をギラつかせ、猛獣のように構えた。その姿はまさしく狩りの態勢だった。
一呼吸の後、一気に跳躍して大輝へと襲いかかった。
先ほどまでの大輝ならなにも出来ずに殺されていただろう…しかし今の大輝には絶望とは別の感情が湧き立っていた。
『化け物でもいい………それでも、俺は…生きたい………』
生への執着、それがいつの間にか大輝を動かす源になっていた。そしてその気持ちはある変化をもたらしていた。
それは先ほどまで轟々と渦巻いていたどす黒い声の囁きが収まっていたのだ。
そして体が一部獣化したことにより大輝の身体能力は格段に向上していた。それこそ、目の前にいる犬人と渡り合えるほどに
襲いかかる犬人を寸前で回避し、そのすれ違いざまに肘打ちを背中へと打ち込んだ。
『ガハッ…』
肘打ちを受けた犬人はそのまま地面へと打ちつけられ、短い悲鳴をあげた。その間に大輝も軽く跳んで距離をとった。
『凄い…あいつと互角に戦えてる…待てよ、もしかしてこれなら…』
自身の大きな力に戸惑いつつも感嘆の声をあげる。それほどまでに顕現された力は大きなものだった。心に余裕が出来た大輝は今まで不可能と諦めていた選択肢を再び実現できると確信した。
再びにらみ合う2人は今度は同時に動き出した。そして互いの圏内に入ると鉤爪を振りかざす犬人に対して大輝は咄嗟に屈んで足の脛にローキックを繰り出した。鉤爪を突き出す態勢から軸足を払うようにローキックを食らえばもちろん態勢は崩れる。そして崩れる瞬間に大輝はその場から一目散に離脱した。
『なっ⁉︎まちやが…』
突然の逃亡に犬人は追いかけようとしたが先ほど脛に受けた蹴りが思うように動かせず、ビリビリと痺れていた。足を抑えて唸って視線を上げたが既に大輝の姿はどこにもなかった。獲物をしてやられ、更に仕留め損ねたはずなのだが犬人は意外にも怒号を上げることもせず、口角を上げてニヤリと笑うだけだった。
『いいねぇ、完全覚醒せずともあの身体能力…そしてその曲がりなりにも変貌に順応した精神力…
ククク……はっはっはっはっ…‼︎』
乾いた街に不気味な笑い声が木霊した。
『よっしゃっ‼︎うまくいった‼︎』
そのころ離脱した大輝はいたずらを成功させたような顔で走り続けていた。街中は変わらずの静寂に包まれていたがお構いなしに高笑いしながら走っている。しかしその直後にまた険しい顔つきに豹変した。
大輝が感じたもの…それははなにかの気配だった。
今まで感じたことはなかったが獣化した影響で五感も敏感になっているようだ。
『この先からだ……しかも一つや二つじゃない…少なくても10はいる…それに…』
大輝の顔がみるみる喜びに満ちる。なぜならこの先にあるのは大輝の目的である学校があるからだ。
気配の出処と学校までの距離もだいたい一致している。大きな期待を抱いて大輝は更に速度を上げて学校へと走った。
そこから数分走り続け、最後の角を曲がった。しかしその先の景色を見て大輝は再び足を止めた。
いつも通っていた学校はそこにあった。あるにはあるのだが、明らかに不審な点があった。
まず、ここからでも感じる殺気、それも一つや二つではなくかなりの数だ。そして後者は何者かが暴れたように窓ガラスはほぼ全て割れ、コンクリにも亀裂が走っている箇所もあった。さながらかなり時間のたった廃校舎のようだ。
『まさかここにもあいつみたいな奴が…』
一抹の不安に駆られた大輝は急いで校門を抜けてグラウンドへと踏み込んだ。辺りは静かだが大輝には鳥肌が立つくらいに混じり気のない殺気を感じていた。
ここにいては格好の的だ。瞬時に理解した大輝は即座に校舎の中へと飛び込んだ。そして近くの教室へと転がり込んでドアをこじ開けられないように落ちてたホウキでつっかえさせた。
とりあえず安全を確保すると自然とため息が漏れた。それほどの緊迫感だったのだろう。大輝の顔には少し消耗の色が見えた。
辺りを見渡せば、外が外なら中も中であった。机はひしゃげたり粉砕されたり、窓ガラスはもれなく砕け、見るも無残なものであった。
『誰かいないのか…』
大輝はそんな教室をみて呟く、入る前に感じた気配は全て化け物となってしまったもの達なのだろうか?そう思うと今いるこの場に安全と言える場所はもうどこにもないことに気がついた。しかし…
ガタン‼︎
突然机の動く物音がした。普段なら聞き逃すところだが五感が鋭くなった大輝には確かに物音を捉えた。大輝は物音がした方向に振り向くと視線の先は教卓だった。何者か確かめるためにできるだけ音を消し、静かな足取りで教卓へと近づいた。しかしここで一つの疑問点が浮かんできた。この教室からは自分以外の気配は全く感じられない。現にこれだけ近づいたにもかかわらず、未だに感じとれない。大輝はすこし諦めの表情をしながら教卓の中を覗き込んだ。
『こっ殺さないで!来ないで‼︎』
『うぉぉっ⁉︎』
1人の悲鳴と1人の驚きの声が重なった。比較的衝撃が浅かった大輝は改めて声の正体を見た。教卓の下にいたのは大輝と同じ制服を大輝のように着崩すことなくキッチリと着ていて体を抱えてうずくまり、ビクビクと震えていた大輝と同じぐらいの少年だった。
『お前は…』
『君って…それにその腕…』
少年は大輝の腕を見て再び青ざめた顔に変わった。大輝もその表情をみてしまったと呟いた。大輝があの化け物をみて恐怖した。それはこの少年にとっても同じで、腕だけとはいえ恐怖するには充分だった。
『えっと…これはまぁ後で話すとして、とりあえず俺は正気だ。お前を襲うようなことはしないよ』
『………うん』
少年も大輝の様子をみて一応の安心を感じてくれたのか、ぎこちないながらも頷いてきた。
『俺は和泉大輝、ここの2年生だお前は?』
『僕は小原浩太…3年C組…』
『えっ⁉︎』
小原浩太の自己紹介に大輝は表情を固まらせた。対して浩太は不思議な顔をしている。
『3年…じゃぁ…年上?』
『あっ…まぁそんなに畏まらないでよ、僕もそんなに先輩関係とか苦手だし…気軽に下で呼んでよ 』
そんな他愛のない会話をして2人は少しばかり心が落ち着いた。ふつうに会話をしたのが久方ぶりなのか、自然と笑みがこぼれていた。
『で一体なにがおこったの?なにもかもおかしいし、君のその腕だって…』
『俺もなにがどうなってんのやら…とりあえず尋常じゃない規模で何かが起こっている。それだけは確か……っ⁉︎伏せろっ‼︎』
大輝は言うが早いか、浩太を無理やり押し付けて倒れこんだ。そしてその瞬間とほぼ同時に教卓は粉々に砕かれた。
『なに⁉︎なにがっ⁉︎』
『動くな!』
突然のことで半ば錯乱状態になる浩太を落ち着かせながら大輝は敵襲に備えた。
もうもうと上げるけむりや埃が晴れるとそこには先ほどの犬人と似た牛の化け物が鼻息荒く唸っていた。
『仕方ねぇ…またやるしかないのか…』
両腕に力を込め、やりきれない顔をして大輝は呟きながら臨戦態勢に入った。
……ドクン…
鼓動が、再び大きくなったような気がした。