第二話 入学式 【後編】
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皆の視線はステージに向いていた。
一人は制服着用を無視したゴスロリ少女。
もう一人は制服をきっちりと着こなす銀髪の少女。
ただ単に変人なだけならそこまで注目されることもなかっただろう。しかしながら、彼女らの圧倒的な美貌、そして突発的な行動という存在がより大きく彼女らを映し出す。
正直言って俺はそこまで目を向ける余裕がありませんでした。はい。
「や、やめないか!」
呆けていた先生の内、最も年老いた男が注意を促す。
だがゴスロリ少女はまるで興味ないのか、銀髪少女と舌戦を交わす。ありえない無礼に男がぐぬぬと歯噛みして拳を握る。
これは初日からやばいのでは、と俺は色々頭が痛くなった。
しかし、結果は呆気なかった。
一人の少女が、三年生の軍団からゆっくりと飛び出して歩み寄る。
「君たち、新入生のようだが……」
「あァん!? 誰だてめぇは!」「貴方は一体誰ですか!?」
「私は現生徒会長の吉備霊歌、もし君たちが暴れるというのなら、それ相応の処置をとらせてもらうよ」
「ざっけんじゃねぇ! 三年だからって調子ぶっこいてっとしばくぞコラァ!」
程度の低い挑発に乗ったゴスロリ少女がライダーキックをかます。
しかし、悠然とした態度のまま、ゆらりと生徒会長は陽炎のように動いた。ただそれだけの動作で、少女の攻撃を躱し、背後に回る。
「あァ!?」
「動くな。動けばどうなるかくらいは分かるだろう」
振り向こうとしたゴスロリ少女の首元に手刀を当てて、突き放すように言い放つ。
さすがのゴスロリ少女も剣呑な雰囲気に飲まれてか、すごすごとステージを後にする。
これには驚かされる。一応魔王と名乗っていたから、かなりの強者だと思っていたが。
「き、吉備君、助かったよ」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「いやいや、流石は校内風紀の統括者だな。立派だ」
先生たちからは美辞麗句が飛び交い、それを薙ぎ払うように礼を一つして着席する。
その時俺は生徒会長である吉備霊歌と目があった。それは偶然で、あくまでも奇跡的に起きた現象であったが、俺は感じた。
この人は、意外とか弱い。
先程の魔王を名乗るゴスロリ少女を倒した強さは天晴れと言わざるを得ない。勿論、こちらには魔力だの魔法だのといった特殊技能に付随する物質なんてのは存在しないから、攻撃手段は物理攻撃に限られるとはいえ、それでもだ。
だが、先程目線を見たとき、その強さは無かった。
まるで、自分を戒めるような、わざわざ苦しめるような、そんな瞳。
生まれて初めて、心の底から「可哀想だな」と感じた。
「(……あの人、大丈夫なのか?)」
まるで胸に何かがつっかえたように、モヤモヤとした何かが蠢く。
ついさっきの乱行ぶりを無視するかのように、粛清された荘厳な空気の中、入学式は開始された。
それでも、俺の思考は、生徒会長である吉備霊歌から離れることはなかった。
◆◆◆
「……であるからにして、物理的手段を用いず、互いを尊重し合い、語り合うことでお互いを知る。それこそがこの学校の目標であり、唯一の信念です」
「(……眠ってたな、確実に)」
先程軽く無視されていた年配の老人がお辞儀をする。
それに合わせて生徒一同、加えて保護者枠として参加している面々が拍手を送る。
そんな中、俺は寝ぼけ眼をこすっていた。
「(眠ってましたね、リュウ)」
「(…わかってたなら起こしてくれよ、アリス)」
「(あまりに気持ちよさそうに寝るものだから、起こし損ねてしまったの。寝顔が可愛いのも、起こし損ねた理由のひとつね)」
「(それは男としてあまり喜べる賛辞ではないんだけどなぁ…)」
コソコソと俺とアリスが会話を交わす。
秘密めかして話し合う中、アリスが時折見せる笑顔は本当に綺麗だった。日本人という見慣れた人種がそばに居るあまり、こういった日本人離れしたルックスの持ち主に会うと、無意識にイメージが美化されるのかもしれない。
そんなひと時の寛ぎが終わり、式は無事閉幕となった。
それから数十分後、俺は所属クラスへと移動した。
番号は一年A組、平凡中の平凡だろう。
俺は早速二階廊下の一番端っこに存在するA組へと向かった。当然ながら、アリスは居ない。式が終わったあとに鎧の男性数名と巫女さんのような軽装の女性数名に囲まれて色々と問答を繰り返していた様子。深く関わるのは避けたいので早々に引き上げてクラスへと移動しているわけだ。
「(前途多難……出来ればあのゴスロリと銀髪にはご勘弁願いたい…。顔見た瞬間に気絶する自信があんぞ。マジで)」
俺はかなり心臓が高鳴っていた。
それは不安や恐怖でもあり、興奮や歓喜でもあった。
ガラリ。俺は扉をスライドさせてクラスへと侵入した。
そして。
「おォーう!? こりゃまた貧弱そうな奴が来たな!」
気絶しかけた。
居てしまったのだ、ゴスロリの魔王少女が。
即座に退散したい俺はささっと壁伝いに教室を移動する。席は黒板に貼り付けてある方眼紙に書かれている。俺はどうやら窓際の一番最後尾らしい。
「(く、くっそ…。初っ端からフラグが回収されやがった……嗚呼、俺のバカ! あの時来るなとか思わなきゃ来なかったかもしれないのに……)」
「チッ! ルシファーめ…! まぁいい、それよりもだ。君」
「え、あ、はい」
俺が机に突っ伏して項垂れていると、ぶつくさ文句言いながら話しかける声が聞こえた。
振り向くとそこにはもう一人の危険人物、銀髪少女がいた。近くで見ると顔立ちは端正に整っており、色々と残念な人だと感じてしまった。世に言う残念系美少女という奴の典型だな、こいつは。そして無遠慮にも全身を眺めた俺は、彼女が貧乳であることに気づいた。これは言わない方が身の為だろうな。
なんてことは心中にしまい込む。初対面でそんな発言はできない。
そんな葛藤らしき何かを行う俺に対して、軽やかな調子で少女は語りかける。
「私はジャンヌ、先程はルシファーの奴が迷惑を掛けた。同国の者として謝罪する。すまなかった」
「あ、いえ、別に大丈夫です」
「それと、よければ君の名前を教えて欲しい。私としてはクラスメイトとは仲良くしていきたいからな」
前言撤回、こいつ滅茶苦茶いいやつじゃねえか。
どうやら先程の行為は救済処置らしき何かだったのだろう。あのルシファーとかいうゴスロリ少女の暴走を抑える為の必要な犠牲。自己犠牲の精神は常人にはできない、さすがは勇者様。と言っても魔王と敵対関係っぽいから俺が勝手に思い込んでるだけなのかもしれないけど。
「分かりました、俺は川崎龍司、リュウとか龍司とか呼んでください」
「そうか、龍司だな。私のことはジャンヌで構わない」
「はい」
「それでは、これからよろしく頼む」
差し出された右手が握手の意を示していると気づくのに二秒ほどかかった。
俺はその意図にきづいて即座に手を差し出す。びっくりした、かなり出来る人間だな、こいつ。
普通コミュニケーション能力、通称コミュ力とは鍛えにくいものである。例を挙げれば、根暗な人間が快活で明るい人間になるには必要以上の努力と研鑽、及び周囲との関係を維持しなければならない。その努力すべき対象であり、研鑽されるべき能力がコミュ力である。
コミュ力の高さは一瞬で分かる。無意識に名前を聞き出したり、ジャンヌのように手を差し伸べて握手を求める人間はかなりの高さを誇るだろう。日本人は基本的に根暗な人種だと思われがちだが、あながち間違いではない。ある意味で日本人は色々と悟ってしまっているわけだが、周囲からして根暗ならばそれは根暗に違いない。俺のように「声をかけられる側」を総称して低コミュ力者と呼ぶ。
ま、そう呼んでるの俺だけだけどな。
要はジャンヌは才色兼備のコミュ力フルパワーマックスであるということだ。
やばい、要約したら一行で終わるとか、俺の御高説はどんだけ無駄なんだって話。
そんな無駄思考のゲシュタルト崩壊が突き進む俺をジャンヌは微笑みながら見つめている。
俺は意識を何とか現実に向きなおして、軽く照れ笑いをする。
「いや、ごめん。俺すぐに考え込む癖あってさ、人付き合いとか下手なんだ」
「いいではないか。ユニークだぞ、その癖は。人間個性を失っては終わりだ」
ジャンヌは羨ましそうに、軽く微笑んだ。
そしてぼそりと。
「そう、私のように失っては終わりだ」
何かを呟いた。
本当に小声で小さく呟かれた言葉は俺の耳が拾うことなく、儚く消えていった。
すぐにその場を立ち去ったジャンヌには、何故か声を掛けるのが憚られた。
「(……なんなんだ、一体。確か生徒会長もあんな感じだったよな。色々あるのかねぇ……確かに異世界とこっちじゃ根本からして違うんだろうけどさ。俺が言えたもんじゃないけど、あんな小さい年頃から背負い込みすぎるのは悪いことだと思うけど)」
俺はまたも思考会話モードに突入。
だが、それは一瞬で途切れた。
ドン、と俺の椅子に何者かが座る。それと同時にふわっと、柔らかい何かが頬を掠めた。
視線を上げると、悪戯を目論む子供のように無邪気な笑みを湛えた少女がそこにいた。
「よいっす、ウチはルシファー! さっきジャンヌのアホたれが来たけど気にすんな! それよかさ、お前現地人なんだよな? ここの住人なんだろ?」
「う、う……ちょい、襟首掴んで揺らすな…」
「質問に答えろよー」
「わーった、わーった!! 一回離してくれ!」
「ほいほい」
「ふぅ……。で、えっと……あぁ、そうそう。その通り、俺はこっちの住人だ。名前は川崎龍司、龍司とかリュウとかで構わない」
「そっかそっか、やっぱりかぁ! 学園内には新入生のウチら通して三名しか居ないって聞いてさ、一年に居るかもって思ったわけよ! いやー助かった、てなわけで明日からでも詳しくこの世界のことを教えてくれよな」
「あ、あぁ、別にいいよ。よろしくな、ルシファー」
「おうよ」
快活に笑い飛ばすルシファーはジャンヌとは正反対の意味で美少女だ。
世にも珍しい薄桃色のツインテールと白黒のゴスロリ衣装はぴったり似合っている。運動系が万能な女子の典型だろう。笑う姿はまるで幼い子供のように邪気がない。
なんだ、こいつもなんだかんだで普通の女の子じゃないか。
だから俺は不躾にも質問をしてみた。当然先程のステージパフォーマンス的なアレについてだ。
「なぁ、お前さっきステージでわんやわんや言ってたけどさ」
「あぁ、あれね。宣戦布告っちゅーやつだな。ちょいとさ、ウチがここ来たのにも色々理由があってな。そいつに喧嘩売りにわざわざやったってだけ。それにここのボスになるには、さっきの生徒会長、吉備霊歌…だっけか、アイツは当然、今からやってくるであろうとある男と、そしてジャンヌ。最終的には喧嘩を買ったであろうアイツを叩きのめさなきゃ夢のまた夢だ」
「……ボスになるつもりか?」
「当然。ウチは魔王なの。勇者如きにどうこうされるより、この学園のトップに君臨して見下す方が好きなんだ。魔眼も魔法も黒脈術も使えねぇ世界じゃ戦いようがねえかんな」
「色々ツッコミたいとこはあるが、まぁ詳しくは明日だな」
「おうよ、んじゃ、よろしくな、ドラゴン!」
「ど、ドラゴン?」
「龍司だろ? 龍はドラゴンじゃねえか」
「だろ?」と言わんばかりに目で問うルシファーに「そうでございます」と肩をすくめてジェスチャー。
なんだかんだで打ち解け合っている自分が居る、そのことに俺は気づいた。
結局、何もなく平穏で静かで並行な世界よりかは、こっちの方が好きだったってわけだ。
「あ、リュウ!」
「え、アリスっ!? なんで…?」
扉から入ってきた少女の存在に俺は驚きを隠せなかった。
アリスだった。つい先程バラけてからは姿を見かけもしなかった。俺はてっきり別々のクラスになったものだと思っていたのだが。
「私もA組なんですよ? ちゃんと座席表の名前見てくれた?」
「あ、ホントだ……って俺の隣じゃんか」
「えへへ、良かったです。リュウが居なかったら友達作りも難しくなったかもしれないから」
「俺も良かったよ、気の知れた人がいてくれて」
座席表の俺の隣にはアリスの名が刻まれていた。
それにしてもこれは幸運だろうか。入学式初日に友達三名、それも全員女子。かなりキテる感じがするのだが気のせいですか? 気のせいですね、わかってます。
その通り、これは青春という名のトラウマ製造期間による巧妙な罠だ。大抵初日に話しかけてくる女子というのは「コミュ力の高さ」に定評がある。つまり、ここで「あれ、俺のこと好きなんじゃね」とか勘違いしてしまったら最後、リア充ライフなど何処吹く風、汚名と無念を背負って悲しく辛い学園生活を送らねばならない。
だからこそ、油断大敵だ。
アリスは良い奴だ。美人だし天真爛漫で話していて面白い。だが、それは俺だけに向けられたものではない。全国共通の「会話」でしかない。俺に対して特別な意識があるわけじゃない、そこをしっかりと踏まえた上で、友達として良い関係を築くのが無難だ。当然、ジャンヌやルシファーでもそれは変わらない。
「(ふっ。この程度、【恋愛三振】の異名を持つ俺にとっては造作もない……。っつか、もう思い出したくないわ。マジでトラウマです、あれ)」
中学に経験した苦い思い出よ、去り行け! てな感じで心機一転。
幾つものルート分岐が登場する学園生活において、最も無難で危険性のないコースを選ぶ。
それこそが人生の楽園期である「高校生活」をより良くする為の唯一の手立て。
そんな感じで今後の予定を組み上げていると。
ガラリ。
扉が開かれた。そして現れたのは。
「おや……皆さんお集まりのようですね。ルシちゃんも、ジャンヌも」
超絶美少年だった。
これまた世にも珍しい赤髪のメンズミディアム。碧眼と女性のような白い肌、ほっそりと華奢でありながらも脆弱さを感じさせない雰囲気。同性の俺ですら一瞬心ときめいたぞ。嘘です、冗談です。けどほんの少しだけ心が揺らぎました。
「やっと来たかよ、セラフィム!」「待ちくたびれました」
「おやおや、すいません。僕も色々あるものでね……っと、君は…」
机にどかっと腰掛けて語るルシファーと壁にもたれ掛かってため息をつくジャンヌを無視。
そしてズケズケと男は近づいてくる。
「君は、現地人ですね?」
「えっと……はい」
「これはこれは…。僕はセラフィム、一応全世界共通の天使という役柄を全うさせてもらっています。熾天使という形で、ですが」
「は、はぁ……。俺は川崎龍司です、呼び方は何でも構いません」
「そうですか……。では、リュウちゃんとお呼びしてもいいでしょうか?」
「へ?」
思わず気の抜けた声が飛び出た。
今こいつなんて言った? リュウ「ちゃん」? おいおいふざけるのも大概にしなよ兄ちゃん。ルシファーのドラゴンの方がまだマシだぜ。俺は女じゃないんだ、ちゃん付はマジで控えてくれよな。えっとその、マジでお願いします。超恥ずかしいです、はい。
そんな感情が表へ出たのか、美少年セラフィムはくすりと笑った。
「ダメですか? 僕は…」
「?」
「貴方が結構タイプなんですよ? リュウちゃん」
おい、おい……。
俺は目の前が黒く染まっていく感覚を覚えた。
おかしいだろう、いやおかしくないはずがない。なんでよりによって、アリスやジャンヌやルシファーという美少女揃いのこの教室で、美少年であるコイツに告られなきゃいけないんだ…?
絶望という感覚を俺は初めて味わった。
「(終わった、俺の学園生活……)」
俺はまるで意識を失ったかのように、その後のやりとりを綺麗さっぱり忘れていた。
もうダメだ。家帰ろう。