ご一緒にポテトはいかが?
……先ほどから、動く度に彼の生足がチラチラしている。そしてその度に、観客の女性陣の黄色い悲鳴が上がる。対面の火の魔将ことサラマンダーはイラついていた。
亜光速で迫り来るゾンビの目玉を、手にしたスプーンで打ち返す。叫ぶ。
「火のっ!! そのふぁんさーびすを今すぐやめろ!! 俺に迷惑だっ!?」
バックスピンがかかって飛来した目玉を、しゃもじで打ち返す風魔将ことシルフィード。
「ふぁんさーびすだと!? 脱げというのかッ!?」
「ああ、そうだ。前々から言おうと思っていた。そのふんどしは何なのだ!! ひらひらひらひらと、鬱陶しいこと甚だしい!! いっそ脱げッ!?」
「脱いだらフルチンではないか!! 貴公は、フルチンで『たっきゅー』をしろというのか!? 魔王様の御前で!?」
「ああ、そうだ。さあ、今すぐ脱げ!!」
「よかろう!! 私のフルチンがそんなに見たいならば脱ごう!!」
打ち返されたゾンビの目玉(これ以降、ピンポン玉と呼称する)が、テーブルのふち、ギリギリのところでバウンドする。
風魔将は、それをしゃもじで迎えうつ。
「風よ吹け、我が必殺のショット、とくと見るがいい!!」
「ゾンビの目玉なぞおそるるに足りん!! 我が炎で、灰にしてくれるッ」
「ぬぅああああ!!!」
「てぃやぁああッッ」
◆
卓球は、最速の球技である。中が宙空のボールを用い、それを卓の上で打ち合う。
動体視力と、それに応対する瞬発力が必要とされる。ーー温泉旅館での暇つぶしにも最適。
ーー風魔将は、脱いだ。そのふんどしに手をかけーー突風が吹き荒れる。
「きゃあああっ!?」
観客の女性陣が、翻るスカートを必死で抑える。
「火の。この私にふんどしを外させるとはな……この姿を見たからには、明日の朝日は拝めないと思え」
「……ふん。ふんどしを外したくらいで、何をえらそうに。温泉宿でより上手く暇を潰せるのはどちらかーーそれを今日こそ思い知らせてやるッ」
「よかろうーー来いっ!!」
火魔将が、ゾンビ目玉をサーブする。パコーン!!
風魔将のしゃもじがそれをはじく。打ち返す火魔将。返す風魔将。さらに打ち返す火魔将。そして返す風魔将。
パコーン! パコーン!! パコーン!!!
ゾンビ目玉は甲高い音を立てて、交互に、しゃもじとスプーンに打たれる。どちらが先に隙を見せるか。どちらが先に注意力を途切れさせるか。どちらが先に、持久力を切らすか。これは、魔王に生み出された魔法生命体同士の、全存在を賭した勝負である。
どっちを作る時に魔王様が手を抜いたのか。それとも、ふたりとも、お洗濯しながら片手間に生み出されたのか。ポテチを食べながら、やる気なさげに混沌の中からつまみ上げられたのか。脱いで丸めた靴下が、異世界転生した結果なのか。ーーそれらすべての答えが、この勝負の行方にかかっている。
ーーオレは、脱いで丸めた靴下なんかじゃない。
ふたりとも、必死であった。
叩き潰したゴキブリの目玉から生まれたのがあなたよ、とか言われたらどうしよう。風呂の残り湯を濾過すること2000回。最後に1000マイクロメートル格子の濾紙の上に残った『かす』があなたよ、とか言われたらどうしよう。
ーーだが、それも今、この相手に勝てば、そうではないことが証明される。そうだ、この勝負には全てがかかってーー
火魔将の頬の横を、ゾンビ目玉が飛んで過ぎた。
それを床に落とすまいと、彼は跳躍する。スプーンを握った手を伸ばす。 しかしーー
カツーン
非常な音を立てて、ゾンビ目玉は床に落ちた。がくりと膝をつく火の魔将。
「あ……、ああ……。俺は」
いらない子なんだ。魔王様は俺なんか好きじゃないんだ。風魔将と『たっきゅー』をして負けるくらいだ。俺は、失敗した折り紙なんだ。崩れたトーフなんだ。踏まれたイモムシなんだ。
「うわあああああん!!!」
火の魔将は走り去った。その場にスプーンだけを残して。
◆
「……うう、ぐすっ。俺なんか、俺なんかッ。……そうだ、ハローワークに行こう。魔将じゃなくても、いい仕事がきっとある……。そうだ、マックで接客するんだ。『いらっしゃいませー!! ご一緒にポテトもいかがですか?』なんて言っちゃったりして。そんでもって、ムネの大きな店長が俺に惚れちゃったりして。『……ああっ、萬田さん(サラマンダー => マンダ)、だめよ。わたしには夫が……!!』『……いいんだ。俺は君を愛している。二番目で構わない。だから君の側にいさせてくれーー』『萬田さん……』『ヨシ子さん……!!』」
そこで一息つく、火の魔将サラマンダー。
「『……あぁっ、だめよ、ダメ……!! パテを焼かないと。ポテトももうすぐ揚がるの……。お客様にお出ししないと……』『いいんだ、そんなもの。俺が食べたいのは君さ、ハニー』『い、いやっ、やめて……こんなところで……!!』『ハニー……』」
「はにー?」
聞こえた涼やかな声は、聞き間違えるはずもない。敬愛する魔王様その人である。
「……い、いや、その! 魔王様! いや、これは……その。」
淡い金の髪をしたエルフ女性の姿ーー魔王ディーヌスレイトは、サラマンダーの傍らに歩いてきた。
魔王に隣に立たれてどぎまぎする火魔将。
やがて、ぽつりと魔王は言った。
「気にするな。風魔将に負けたくらい。ふたりとも、わたしには欠かせない大切な魔将だ」
「……しかし。俺は時々、思うんです。風のやつに劣っているんじゃないか……。ふんどしだけじゃない。俺には勝てないものをアイツは持っているんじゃないか……って」
魔王は、にこりと微笑んだ。
「風のやつも同じことを言っていた。『ばかな所だけじゃない。私には勝てないものをアイツは持っているんじゃないか』ーーとな」
「……!」
呆気に捕られて、ポカンと。
火の魔将サラマンダーは魔王をまじまじと見つめた。そして、気づく。
ーーやはり、魔王様は美しい。人間どもや魔族の価値観はわからない。だが、魔王様はまぎれもなく美しい。
「っ、い、いつまで見ている! 戻るぞ! 明日も忙しいのだ」
「御意」
そして、影のように、魔王様の後ろを歩く。
ーーそうだ。
俺は彼女の武器ーー火の、魔将だ。
ハローワークに行く必要なんかない。
マックの店長と恋をする必要もない。
俺は、火の。
火の、魔将なんだ。
おしまい。
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