由紀子をもふもふしたくば。後編
戦場を、闇のエルフたちが駆ける。小さき精霊たちの力を借りて姿を隠し。鋭い弓や短剣を手にして。
敵の指揮官の首を取った彼は叫んだ。
「副官! カゴは、どこだっ!」
「は。ここに」
カゴにぼすんとクビを投げ入れるダークエルフ。彼は、不満げに鼻を鳴らした。
「ここでは魔王様のキスももらえん。戦場とは、つまらぬ場所だな」
◆
「げっこうかめんのおじさんは~♪」
ノーム砦で、洗濯をしている少女がひとり。歌詞を載せるとマズいので割愛。各自、明日までにググッて下さい。
「る~るるーる、るーらーらーら、良い人よー」
ともかく、白覆面とサングラスの全身タイツ男は、良い人であり、疾風のように現れて、しっかりしろよとなぐさめ、電光石火で悪を倒すらしい。
「由紀子」
風鈴の鳴るような美しい声が彼女を呼ぶ。
びくっ! と肩を震わせーー恐る恐る、振り向く由紀子。ーー今朝も、ガイアが腕によりをかけて作ったタマゴ料理を残したのだ。今や、彼女はすっかりベジタリアンである。芋の煮っ転がし大好き。ほうれん草とかマジ好物。アスパラガスとか神だね、あれは。
だが、養母であるガイアの言葉は、意外なものだった。
「お友だちよ」
「オトモダチ?」
その言葉に、由紀子の顔がぱあっと輝く。たっちぃだ! きっとそうだ! 会いにきてくれたんだ!!
玄関に突進し、相手も確認せずに飛びつく。
「たっちぃーー!!! 会いだがっだよーーー!!」
「うぉわッ!!?」
飛びつかれた相手は、小柄な由紀子の頭突きをよけそこね、ミゾオチに食らい、玄関のドアに背中をぶつけた。
「何だ『たっちー』って!!」
「レッシャやニンプと同じく、彼女のオリジナル語彙では」
「……あ。」
残念無念、超ガッカリっていうかー? マジ落胆。
そこにいたのは昨日会った、ダークエルフの少年だった。あと、白いコボルド。
「……たっちぃじゃ、なかった。嘘でいいから、『やあ、俺、たっちぃ。ユキコの大親友さ! 預かったふろふきまんじゅー食っちまった、いやあ、悪い悪い、アハハハハ!』って言ってみて?」
ダークエルフの頬を両手で挟んでじぃっと見つめる小柄な少女。
「『やあ、俺、たっちぃ。ユキコの大親友さ! 預かったふろふきまんじゅー食っちまった、いやあ、悪い悪い、アハハハハ!』なんて言えるか馬鹿。」
ダークエルフの少年は真顔で答えた。
◆
「ホラ、オマエ、第一軍団の『キューギ』を見たがってたじゃん? だから呼びに来たんだよ。なんかカゴとか用意してるし、多分、今日だよ」
「……。」
べつにみたくない。ーーだが、せっかく呼びに来てくれたものを、無碍に断るのも何だ。
「ガイアさん、ちょっと出かけてきます」
「ええ。夕ご飯までには変えるのよ? いいわね?」
「はぁい」
生返事をして、コボルドとダークエルフと共に歩き出す。
塀の上からちょこんと顔だけを出して、向こうをのぞく。
ハニワみたいな土製の人形の頭上にカゴが取り付けられ、地面には、石灰粉でラインが引かれ。
「……カゴは今まで、ニンフさんが持っていたのですけど。」
「デュラハンのおっさんに一刀両断されかければ、さすがに嫌がるよなぁ……」
つぶやくダークエルフ、ギンカ。うんうん、と頷くコボルドのシロ。
「……あっ、見てよ。ウンディーネ様とーー」
「魔王様っ!?」
驚くギンカ。
ふたりの美女はーー何故か水着だった。
ごくり、とノドを鳴らす、少年ふたり。もちろん、ふたりの放つ殺気に、だ。
そして、ウンディーネと魔王は向かい合いーー。
ゆっくりと、ラインの中央に歩いて来たデュラハンの手には、白い『ぼおる』が握られていた。
デュラハンが、真上にぼおるを投げ上げる。それを真剣に見つめる、ふたりの美女ーー。そして、叫ぶ。
「いくら魔王様といえど、ユキコを独占してもふもふしようなどと、言語道断です!」
「この勝負に負けたほうは、生涯、ユキコをもふもふする権利を失うーーそれで良いなッ!!」
「ニンフ族の美貌にかけて、二言はありませんッ」
「「ーーはぁああああッ!!」」
魔王が、ウンディーネが空高く飛び上がる。
ウンディーネの透明な水のてのひらが、白い球体を捕らえる。
「魔王様! ぼおるは頂きました!」
「ーーくっ、負けるわけにはゆかぬ! 見ておれウンディーネ!!」
見ている由紀子たちのほうまでは、会話の声は聞こえない。ただ、裂帛の気合いだけがひしひしと伝わってくる。
丸メガネのコボルドがつぶやいた。
「ーーすごいーーふたりとも、本気だ。」
「ーーあれが、魔王ディーヌスレイト様の本気ーー」
「……、?、??」
自分の頭をもふもふして嬉しそうなふたりを知る由紀子には、どうしてふたりが本気で戦うことになるのか、謎である。
1 on 1、というヤツだ。ウンディーネの放った氷の槍が、魔王に向かう。
「片腹痛いッ! 貴様の由紀子への愛情はその程度かっ!」
ディーヌスレイトが、異界の魔物、オキニイリハズシの力を召喚する。
強大ながっかり感が、ウンディーネを襲った。
「ぐぁああぁあッ」
ニヤリと笑い、ぼおるを奪うディーヌスレイト。だが、どりぶるの仕方が判らない。
ぼおるを手にしたまま、呆然としてしまった。たまらず、由紀子は塀を超えて飛び出す。
「まおうさまっ! ぱす! ぱすですッ! わたしに向かって、ソレを投げて下さい!」
驚くディーヌスレイト。
「由紀子!? ーーだが。そなたに向かってモノを投げつけることなど、私にはできないッ」
かぶりを振る魔王。
「いいのですッ! うんでーね様も大切ですが、魔王様の悲しむ顔も見ていられませんッ」
「そんな……由紀子」
驚愕ーー絶望感が、ウンディーネを包み込む。
「うんでーね様、あとでもふもふさせて差し上げますからッ」
「由紀子ちゃーーんっ!」
由紀子に飛びつく魔将・ウンディーネ。そのまま、モフモフモフモフ。
「あぁっ! この感触!! 由紀子ちゃん大好き! この競技の名前は、あしたから『由紀子ちゃん命!』にしましょう!」
「それはやめてくださいッッ!!?」
呆然とそれを見つめる魔王ディーヌスレイト。オキニイリハズシのチカラが効かない、だと?
ーー。
もふもふされる由紀子。
もふもふするウンディーネ。
それを羨ましそうに眺める魔王ディーヌスレイト。
勝負は終わった。引き分けだ。うやむやだ。無期延長だ。それは、コートに由紀子が駆け込んできた時点で確かなことだった。もふもふは全てに勝る。ーーそう、魔族の命運など、由紀子をもふもふする楽しみに比べれば些細なことだ。
ウンディーネと魔王は見つめ合いーー互いに頷き合った。そうだ、由紀子は誰のものでもない。ただ、彼女をもふもふできれば、それで良いーー。
魔王とウンディーネは互いに握手し、友情を確かめ合った。
好敵手よ。まずはどりぶるの練習からだ。『ぱす』とは何か、明日、異世界の魔王たちに訊いてみよう。
そうして、1対1のシアイは終わった。明日もまたーーバスケットコートではドラマが生まれるのだろう。だが今日のところはーー。
「ふふふ……もふもふもふ」
「うふふふふ……もふもふもふもふ」
左右からふたりの美女に頭を撫でられ、由紀子は困惑顔。ふたりの少年は、見てはいけないものを見たという顔で、できるだけさりげなくその場を去っていった。
ふたりの美女は、日が暮れるまで彼女をもふもふし続けた。仕事も、立場も、人間たちとの戦も、全てを忘れーー。ただ、もふもふしていたのだ。
終
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