由紀子をもふもふしたくば。中編
「ゾンビマスター様ッ」
「水奈子っ」
「あなたっ」
「我が妻よ!」
「愛していますッ」
「俺もだっ!」
ーーふたりは、本気だった。
「あなたってチョーキモい! 最高!」
「うむ。君は綺麗だ! 水奈子っっ!」
「あなたッ」
「水奈子っ」
ーーふたりは、真剣である。
やがて、何ていうか、ええと、つまりさておき、水棲生物であるところのミセス・セイレーン、水奈子さんは、透明な球体を産んだ。ふにょふにょしていて、今にも崩れそうだが、意外と弾力がある。
ーータマゴである。ふたりの愛の結晶である。そしてそれを、水奈子さんは細い指で掬い取りーー。
「……美味しい。」
口に含んだ。そして、微笑む。
こんなにたくさんあるんだもの。ガイアさんのところにも分けてあげないと。
ーー人間たちの間では幻の珍味と呼ばれるーーセイレーンの卵は、このようにして生産される。
ここ、テストに出すので覚えておくように。
◆◆◆
どすん。ごろごろごろ。
いやだ、弾まない、このボール。
人間の少女ユキコは、絶望感ただようまなざしで、大切な友人であるウンディーネを振り返った。
透き通った水が、人の姿をした女性ーーウンディーネは、優しく微笑む。
「キアイよ、ユキコ。大抵のコトは根性で解決できるわ。どうか弾んでほしいという願いを込めて、渾身のチカラで、敵将のクビを地面に叩きつけるの。それが、『ぼおる』を『どりぶる』するコツよ?」
コツよ? ーーとか言われても。
ユキコさんは、背筋に冷や汗が伝い落ちるのを感じた。魔将ーーウンディーネは、由紀子には優しい。すごく優しい。とてもすてきなお姉さんだ。
美人だし。料理も上手いし。歌も上手だ。麻雀もやらせてみたが、なかなかイケた。ーーだが、コレだけはいただけないーー。
ある日、ウンディーネはゾンビのクビを手渡してこう告げたのだ。
「さあ、ユキコ。これを『どりぶる』してみなさい」ーーと。
ムリである。
人類が月面に立つ日が来ようとも、これだけは不可能である。
前々から思っていたが、何故に生首が弾むのだ。
ウンディーネは、美しい顔を、困惑にゆがめた。
「困ったわねえ……、ユキコ。これでは立派な魔将になれないわ」
(べつにわたしは魔将になんてなりたくはないのです。)
思う由紀子だが、口には出さない。
何故、戦場で生首をドリブルする必要があるのか。それもギモンだが、それも言わない。ただただ黙って、ウンディーネの顔を見つめた。
「いい、ユキコ。人間の脳みそには、知識と経験が詰まっているの。それを摂取することで、ニンフは賢くなれるーー」
「それを確実に入手し、迅速に持ち帰り、兵たちに分け与えるーーそのためには、『どりぶる』を駆使して敵の手をかいくぐり、輸送兵の掲げ持つ『カゴ』に『しゅーと』する。」
今のわたしは妊婦じゃありません。思う由紀子だが、ウンディーネの期待に応えたいと思うのも、また事実ーー。
「それがかかせないの。」
だから、頷いた。
「わかりました。キアイですね、うんでーねさん。わたし、やってみます」
「そう、その意気よ、ユキコ。」
ふたりのおとめは手を取り合い、いつか栄冠を掴むことを誓い合う。ーー美しい瞬間であった。まこと、感動である。
◆
「そいやぁ!」
「きてはぁああああッ!!」
「せいやッ!!」
黒騎士配下の魔物たちが剣技の訓練を行うヨコで、どりぶるの練習に励むユキコ。服は、ゾンビマスター配下の制服である、水兵服を借りてきた。真白い綿の服に、紺色の襟。そして白い半ズボン。
彼女はーー『ぼおる』を、地面に投げつける。
どすん。ごろごろごろ。
「……うう、難しいのです。他の皆さんは、どうやって『どりぶる』なさっているのでしょう……」
がくりと肩を落とす由紀子。
そこへ、顔を出したのがーー
「なんだよオマエ。こんなもんも『どりぶる』できないのか?」
ダークエルフの少年、ギンカと。
「そんなこと言っても、けっこう魔力が要るしーー難しいよね。ね、ユキコさん」
コボルドのシロだ。
ギンカに至っては、指先にぼおるを載せ、器用にくるくると回している。
「うわあ……! すごい! すごいです、ギンカさん!」
「な、なんだよこの位。誰でもできらぁッ」
顔を赤くする少年。その隣で苦笑する、白い毛並みのコボルド。
「……ね、あっちで、みんなで練習しない? 僕もいつか、第一軍団に入るのがユメなんだ。黒騎士様、カッコイイよね。僕もあんな騎士になりたいなあ……」
コボルドの言葉に、ギンカが意地悪そうにわらう。
「無理、無理! コボルドなんて、非力で、剣なんか持てねーじゃん」
「う、うるさいなぁ……! いいじゃないか、別に。憧れるくらい……!」
そのやりとりを見て、ユキコは、小さく、くすりと笑う。
(なんだか、懐かしい感じ。)